IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

ネットオークションの契約成立時 横浜地判令4.6.17判時2540-43

ヤフオクにおける契約成立時期のほか、錯誤(+重過失)の有無や、逸失利益の額等の多くの争点が含まれる事例。

事案の概要

Xは、ヤフーオークションにて、Yが出品した腕時計(本件時計)を落札したが、Yが正当な理由なく取引を中止したことについて債務不履行に基づく損害賠償として、逸失利益(約10万円)と、YがXに非があるかのような評価をしたことについて、不法行為に基づく損害賠償として慰謝料(3万円)の請求を行った。

一審(横浜地裁保土ヶ谷簡裁令3.10.28(令3ハ281)では、②についてのみ認容したところ、Xが控訴した。

本件時計の入札・落札の経緯は少々複雑だった(日付はいずれも令和3年4月26日)。

  • 20:07 Xが本件時計について、92,000円で入札。
  • 21:23 Xより高い価格で入札した者が2名おり、最高額で入札した者が落札者に決定(以下、高い価格を入れた順に「第1落札者」「第2落札者」)。
  • 21:37 Yは、第1落札者を、落札者削除の方法で取り消しし、第2落札者が繰り上がった。
  • 21:42 Yは、第2落札者も、落札者削除の方法で取り消しし、Xが補欠落札者として繰り上がった。
  • 21:52 Xは落札に同意するか確認されて、同意した。
  • 21:57 Xは落札価格(92,000円)と送料を支払って、取引ナビからYに対し「よろしくお願いいたします。」とメッセージを送った。
  • 22:04 YがXに対し、「この価格では売れません。」などと連絡した。

その後、Yは、Xの都合によるキャンセルだとして、Xを落札者から削除した。

ここで取り上げる争点

Xの請求①は、本件時計に関する売買契約が成立していることを前提として、債務不履行を主張しているため、

争点(1)売買契約の成立の有無

争点(2)錯誤の有無

争点(3)重過失の有無

争点(4)損害発生

が問題となった。

裁判所の判断

争点(1)売買契約の成立の有無

まず次のような一般論を述べた。

インターネット・オークションにおいて商品が落札された場合、出品者と落札者は、売買契約を締結することになる。そして、売買契約は、売主と買主の申込みと承諾の意思表示が合致した時点で成立するところ、取引のどの過程のどの段階で契約が成立するかについては、個々の取引の規定、態様、経過等を考慮して当事者の合理的意思解釈をする必要がある。

そして、本件の経緯に照らし、次のように判断した。

確かに、落札後、落札者から支払方法や商品の受取方法の連絡が来るのを待って、落札者と出品者との間で条件を交渉することが予定されている場合もあり(乙1)、そのような場合には、落札により直ちに売買契約が成立するのではなく、交渉の結果合意に達した時点で売買契約が成立すると解する余地もある。
しかしながら、証拠(甲1、2、乙1)によれば、Yは、本件時計を出品した時点で、送料は落札者負担、送料は全国一律520円、支払手続から1~2日で発送する旨提示していたこと、本件時計の落札者は、「Yahoo!かんたん決済」など複数の方法から自ら選択して、落札金額に上記送料を足した額を即時に支払うことが可能であったことが認められる。したがって、Yと本件時計の落札者との間で、落札後に取引条件について交渉することは予定されていなかった。
そして、前記前提事実のとおり、Yは、本件時計を出品し、入札可能期間が終了するまで、その出品を取り消さず、さらに、「補欠を繰り上げる」が選択されている状態で、第1落札者と第2落札者の入札を落札者削除の方法により取り消し、Xを補欠落札者として繰り上げたことから、補欠落札者となったXは、本件時計の落札に同意した。
以上の事実関係に鑑みれば、遅くとも、Yが、Xが落札者に繰り上げる旨の操作をした時点で、YからXに対し売買契約の申込みの意思表示があったと解することができ、Xが落札に同意したことで売買契約に承諾する意思表示があり、XとYとの間で、売買契約が成立したものと認めるのが相当である。

すなわち、Xが繰り上がったことに同意した時点で売買契約の成立を認めた。Yからは売買の合意はしていないと主張していたが、裁判所はヤフーオークションにおいても取引態様はさまざまであり、本件では交渉は予定されていなかったとして退けた。

争点(2)錯誤の有無

錯誤による取消しができるかどうかが争われていた。

(錯誤)
第九十五条 意思表示は、次に掲げる錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは、取り消すことができる。
 意思表示に対応する意思を欠く錯誤

裁判所は、次のように述べて錯誤(95条1項1号)を認定した。

前記前提事実によれば、Yは、Xより高い価格で落札した第1落札者及び第2落札者の入札を取り消していること、Xにより支払完了の連絡があるや否や、即座にXによる落札価格では売れない旨連絡したことが認められるから、Yが「補欠を繰り上げる」が選択されている状態で第2落札者を削除する旨の操作をした時点において、Yには、Xに対して落札価格9万2000円で本件時計を売る意思はなかったことが推認される。
したがって、Yの意思表示には対応する意思がなく、当該意思表示は、錯誤(民法95条1項1号)に基づくものと認められる。
また、上記錯誤は、法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであると認められる。

争点(3)重過失の有無

もっとも、同条3項では、表意者に重過失がある場合には取消しができないため、重過失の有無が争われた。

 錯誤が表意者の重大な過失によるものであった場合には、次に掲げる場合を除き、第一項の規定による意思表示の取消しをすることができない。

裁判所は次のように述べて取り消すことができない(重過失あり)とした。

Yは、第2落札者を削除する操作をするに当たって、2度、明確に、補欠落札者が繰り上がることを示されていながら、これを看過したことになる。

 また、前記前提事実のとおり、Yは、Xを補欠落札者として繰り上げる前にも、「補欠を繰り上げる」が選択されている状態で第1落札者を削除し、第2落札者を繰り上げていた。

以上の経過に加え、Yが、多数の取引経験を有し、本件取引以前の複数回の取引において、落札後に落札者を削除していたと認められること(甲14)を併せ考えると、Yは、「補欠を繰り上げる」の選択を解除しないで落札者を削除すると、補欠落札者が繰り上がり、次点の落札者に権利が移転することを容易に認識し得たといえ、上記2の錯誤は、Yの重大な過失によるものであったと認められる。

争点(4)損害発生

Xは、20万円相当の時計を、92,000円で取得することができたはずが、できなかったとして、その差額(約10万円)を逸失利益だと主張していた。この点について、裁判所は次のように述べて逸失利益を認めた。

Xが本件時計を落札した時点で、当該時計が20万円相当であったことを裏付ける的確な証拠はない。他方、Yは、原審で提出した答弁書において、最低でも15万円で売却しようと思っていた旨主張しており、本件時計が上記時点で15万円相当の価値を有することを認めている。したがって、Xは、Yが本件取引を履行していれば、15万円相当の本件時計を取得できたはずであるから、Xには、Yの債務不履行により、15万円から控訴人が支払うはずであった9万2520円を控除した残額5万7480円の損害が発生したと認めるのが相当である。

(注:もともとXが支払った代金は返金されていて損害として主張されていません。また、原審で認容された慰謝料は、控訴審での対象になっていません。)

若干のコメント

ヤフオフでの契約成立時期については、詐欺事件が起きたことについてヤフーの責任が問われた名古屋高判平20.11.11(当ブログ未掲載)が有名で、

落札されても,出品者も落札者もその後の交渉から離脱することが制度上認められており,必ず落札商品の引渡し及び代金の支払をしなくてはならない立場に立つわけではない。そうすると,落札により,出品者と落札者との間で売買契約が成立したと認めることはできず,上記交渉の結果合意が成立して初めて売買契約が成立したものと認めるのが相当である。 

と述べており、落札したことで売買契約が成立するのではなく、その後の交渉を経て合意した段階で成立すると解されてきていました(電子商取引及び情報材取引における準則においても、そのことが紹介されていました。)。

しかし、本件では、ヤフオクだからといって一律に判断するのではなく、落札者削除による繰上りという経緯からして、落札者削除と、その後に繰上り者が同意した段階で成立するとしています。本件では個別の交渉を経ていないところで契約成立を認めていますが、事案も異なることから前記名古屋高判とも両立すると考えられます。

争点(2)、(3)にあげた錯誤に関しては、そもそも認められることが珍しい上に、改正民法後の条文が適用された例として注目に値します*1

さらに争点(4)では、履行利益が認められています。債務不履行による損害賠償であれば、確かに信頼利益に限らず、履行利益も請求できるということになりますが、「本来〇万円のものを、▲万円で取得できるはずだったのにできなかった。(〇ー▲)円が損害だ」という主張は、本来の「〇万円」の価値認定が容易ではないため、現実に認められることは少なそうです。しかし、本件では、Yの答弁書で「15万円以下で売るつもりはなかった」との主張からそれを認定しており、やや不意打ちの感もあります(当事者の主張欄にはありませんでした。)*2

*1:旧法下では錯誤があった場合には無効で、重過失がある表意者は無効を主張できない、という規定でした。

*2:本件はいずれも本人訴訟