IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

ライセンス違反利用の損害額 東京地判平13.5.16判時1749-19

違法コピーによるソフトウェア利用の損害賠償額をどのように算定するかが問題となった事件。


事案の概要

司法試験予備校で有名なLECが,ソフトウェアメーカーであるアドビ,マイクロソフト,アップル3社から正規ライセンスを購入せずに,各社のソフトウェア*1をインストールして複製したとして,差止と損害賠償を請求されたという事件。LECは,訴訟係属中に違法にインストールしたソフトウェアを削除し,市場で正規品を購入してインストールしている。

ここで取り上げる争点

LECは,正規品を購入したことで,過去の無許諾で使用した分もカバーされ,損害は発生していないと主張したが,損害をどのように算定するべきかが問題となった。なお,著作権法114条2項では,「侵害した者が侵害行為により利益を受けている場合には,当該利益の額を持って損害の額と推定する」という旨の規定がある。

裁判所の判断

裁判所は次のように判断した(当事者名を置き換えている)。

顧客が正規品に示された販売代金を支払い、正規品を購入することによって、プログラムの正規複製品をインストールして複製した上、それを使用することができる地位を獲得する契約態様が採用されている場合においては、原告らの受けた損害額は、著作権法114条1項又は2項により、正規品小売価格と同額と解するのが最も妥当である

被告の上記行為(注:正規品を購入してインストールしたこと)は、不法行為と別個独立して評価されるべき利用者としての自由意思に基づく行動にすぎないのであって、これによって、既に確定的に発生した原告らの被告に対する損害賠償請求権が消滅すると解することは到底できない

顧客は、価格相当額(許諾料相当額)を支払うことにより当該正規品(シリアル番号が付された特定のプログラムの複製品)を将来にわたり使用することができる地位を獲得するが、その行為(当該正規品についての所定の条件の下での使用許諾申込みを承諾する行為)により発生した法律関係が、顧客と著作権者らとの間において既に成立した権利義務関係(損害賠償請求権の存否又は多寡)に影響を及ぼすものではない


として,後から正規品を買ったからといって,賠償義務をまぬかれる(すなわち損害が発生しない)ことにはならない,とし,合計で約8400万円の賠償を命じた。すなわち,LECは訴訟係属中に購入したライセンス費用を二回分支払うことになった。

若干のコメント

法的に厳密に考えると,上記判決のとおりだといえるが,やはり一般的な感覚からすると,二重払いすることが本当に妥当なのかは疑問が残る。というのも,LECとしては,訴訟提起後に遵法意識に目覚めて正規品を買ったことが却ってアダとなったように思えるからだ(シラを切り続けたほうが得だったようにも思えてしまう)。


しかし,やはり最後までシラを切ったところで,差止は認められ,正規品相当額の損害賠償は認められ,そのうえ,使用を継続するには,やはり正規品を購入しなければならなくなる。損害賠償を支払ったところで,上記論理に照らせば,正規品を購入したことと同様の地位にはならない。やはり,はじめからちゃんと正規品を購入しなければならない。


本判決では,「証拠保全」という手続によって,違法にインストールされている実態が明らかになった。しかし,時間的制約により,LECの西校舎の一部しか検証が行われなかった。そのため,西校舎のその他の部分については,「違法にインストールされている」という推定が及んだものの,他の校舎についてまでは推定が及んでいない。最近では,監査法人系の調査部門が「フォレンジックサービス」を立ち上げて,不正調査なども行っている。この種のサービスのアウトプットを証拠として利用することも考えられる。


また,本件では,「正規品小売価格と同額」が損害だといいきっているが,本来の商流からすると,実際にソフトウェアメーカーに直接落ちるお金ではないので,過大な額が認められたように思える。この点は減額材料として作用させられたのではないかと思われる。


なお,この事件は,控訴審係属中に平成14年12月11日に和解した(和解の内容は明らかではない)。

(記 2009/12/29)

*1:PageMaker, Illustrator, Office, MacDraw等