IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

消費者契約法9条1号の平均的な損害 大阪高判平25.3.29判時2219-64

携帯電話の通信契約の解約金条項の有効性が問題となった事例(KDDI事件)。

事案の概要

適格消費者団体Xが,携帯電話会社Yに対し,携帯電話の通信サービス契約時に使用される約款中の規定(2年間の期間途中の解約には解約金が発生する条項。)は,消費者契約法9条1号,10条により無効であるとして,同法12条3項に基づいて同解約条項を内容とする意思表示の差止めを求めた事例(現に解約金を支払った他の原告らによる請求については,ここでは省略)である。


Yが提示していた約款には,2年間の定期契約を途中解約した場合,契約者は,9975円支払わなければならないという条項(本件解約金条項)があった。Xは,この解約金が,消費者契約法9条1号(下記)に定める「事業者に生ずべき平均的な損害の額を超える」として,本件解約金条項が無効であると主張していた。

第九条  次の各号に掲げる消費者契約の条項は、当該各号に定める部分について、無効とする。
一  当該消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項であって、これらを合算した額が、当該条項において設定された解除の事由、時期等の区分に応じ、当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超えるもの 当該超える部分
二 略


一審(京都地判平24.7.19)では,本件解約金条項は,22か月目の末日までに解約がされた場合に解決金の支払義務があることを定める部分は有効であるが,23か月目以降に解約した場合については,一定部分について無効であるとして,Xらの請求を一部認めた。

ここで取り上げる争点

本件解約金条項の有効性(消費者契約法9条1号における「平均的な損害」の意義。)。

裁判所の判断

裁判所は,次のように述べて「平均的な損害」とは,民法416条にいう「通常生ずべき損害」であり,逸失利益を含むとした。

法9条1号が,解除に伴う損害賠償の予定等を定める条項につき,解除に伴い事業者に生ずべき平均的な損害の額を超過する損害賠償の約定を無効としたのは,事業者が消費者契約において,契約の解除等に伴い高額な損害賠償等を請求することを予定し,消費者に不当な金銭的負担を強いることを許さない趣旨である。

事業者は,契約の相手方の債務不履行があった場合,民法416条により,損害の賠償を求めることができるが,この場合損害の発生及びそれが賠償範囲にあること(因果関係)を立証しなければならず,その証明の負担を回避するために,民法420条は,事業者があらかじめ損害賠償額を予定することを認める。法9条1号は,この予定額が本来認められる損害額に近いものであることを要請し,定型的な基準として「平均的な損害の額」を超える違約金等の定めを許さない。

このように,法9条1号は,債務不履行の際の損害賠償請求権の範囲を定める民法416条を前提とし,その内容を定型化するという意義を有するから,同号の損害は,民法416条にいう「通常生ずべき損害」であり,逸失利益を含むと解すべきである。なお,本件解約金条項が定めるのは,消費者に留保された解約権の行使に伴う損害賠償の予定であり,債務不履行による損害賠償の予定ではない。しかし,このような消費者の約定解除(解約)権行使に伴う損害賠償の範囲も,契約が履行された場合に事業者が得られる利益の賠償と解され,結局民法416条が規定する相当因果関係の範囲内の損害と同様であると解される。


そこで,裁判所は,平均的な損害は「中途解約されることなく契約が期間満了時まで継続していればYが得られたであろう通信料収入等(解約に伴う逸失利益)を基礎とすべきである。」「本件定期契約の解約に伴う逸失利益は,本件定期契約のARPU*1を基礎として,その月額を算定し,これに一般に解約がされた場合の本件定期契約の平均残期間を乗ずる方法により行うのが相当である」とした。


その上で,1か月あたりの解約に伴う平均的な4000円だと認定し,平均解約期間が約12か月であるから,解約金の額(9975円)は「平均的な損害」を上回らないとして,Xの請求をいずれも棄却した。

若干のコメント

従来,「平均的な損害」には,逸失利益を含まないとしていた地裁判決があったのに対し,本件では,逸失利益が含まれることを明示しました。また,原審のように,9条1号の「区分」に解約時期を考慮して,解約時期ごとに解約金の当否を判断するのではなく,平均的な解約時期を考慮して一律に判断しました。


本件は,携帯電話の通信契約ですが,BtoCのインターネットサービス全般にも妥当すると考えられます。ARPUと平均残存期間からコストを割り引いた額が「平均的な損害」になるとし,それが,解約金を上回らなければ消費者契約法9条1号によって無効になるわけではないとしたのが本件ですが,仮に9条1号に触れないとしても10条による無効の可能性もありますし,上告受理申立て中であって,今後判断が変わる可能性もあるため,引き続き注目しておきたいところです。

*1:Average Revenue Per User。1契約あたりの平均売上。