顧客からのクレームに納得できず、SES契約の期間途中に(ほかの案件も含めて)要員を撤収させたこと適否が問題となった事例。
事案の概要
X社は、下記の図のとおり、A社、B社、C社からそれぞれシステム開発に関する業務を受託し、それぞれの案件に対応する要員a、b、cを、Y社から調達し、その業務を担当させていた。1カ月当たりの単価を定め、比較的短期間(1カ月から3カ月)の契約期間が定められ、必要に応じて延長、更新が行われていたので、いわゆるSES契約といえる形態だったといえる。
このうち、A社にアサインされたaに関し、A社からパフォーマンスが低いとのクレームを受けたXは、2020年5月8日、Yに対し、A社は契約途中の5月22日を以て解除を希望していることなどを伝えた。
クレームの内容が、「GitやRailsのコマンドがわからないレベルだ」などというものであったが、Yは「現場レベルでの作法の話だろうし、コマンドの質問をしたくらいでは支障が出るとは思えない」などと、これに納得せず、また、契約上、解除は1カ月前に通知することが合意されていることなどを指摘した。
XとYとの間のやり取りが次第にヒートアップし、Yの代表者は、5月18日に、
貴殿のメールの文面や電話のやりとりから,非常に失礼かと思われますので,御社にお世話になっている要員は5月末にて,全員撤退させていただきます。
とのメールをXに対して送付した。Xは、A社のa以外の件は関係ない話だと反論したが、aだけでなくC社にアサインされていたcも、契約期間途中で撤収し、残期間の業務を履行しなかった(B社にアサインされていたbは期間満了まで業務を履行した。)。
そこで、Xは、Yに対し、債務不履行による損害賠償として逸失利益等を請求したのに対し(本訴)、Yは、Xに対し、1カ月の猶予期間を設けない解除の申し出を行ったことが債務不履行にあたるなどとして損害賠償を請求した(反訴)。
ここで取り上げる争点
XおよびYの債務不履行の有無
裁判所の判断
裁判所は、次のように述べて、Xからのクレームの連絡は個別契約1の解約の申し出であったとは認められず、Xの債務不履行はなく、Yが個別契約1および3の履行を行わなかったことが債務不履行に当たるとした(下記引用部分は、当事者・関係者の名称・記号等を修正している。)。
上記XからYに対する同月8日付けのメールは,A社からの苦情及び契約解除の要請に対し考えられる対応として「・事実関係確認・勝てるロジック作り・ロジック無い場合,5/22(金)で許容の旨の返信」を上げたものであって,本件個別契約1の解約の申し出を行ったものとはいえない。また,(略)XがYに対し「ロジック無い場合,5/22(金)で許容の旨の返信→こちらは,弊社としても伸ばせるように圧力をかけていきます。」との記載のあるメールを送付するなど,同月11日から同月18日までの間にXとYの間でA社からの苦情にどのように回答するかを検討し,同社との業務委託契約の継続を図るためのやり取りをしていることが認められ,このような事情からしても,Xが,Yに対し,本件個別契約1の解約の申し出を行ったとは認められない。
その他、Yは、基本契約において法令順守の規定が定められていたところ、Xの行為は、下請法違反や、偽装請負に当たる違法なものであったから債務不履行にあたるとの指摘もしたが、裁判所はこの点については深く判示することなくYの主張を退けた。
その結果、Yの債務不履行によってXに生じた損害として、個別契約1および3の残期間分の業務委託料によって得られる利益相当額(合計で約14万円)の賠償を認めた。金額が小さいのは、契約期間が短く設定されており、残期間が少なく、元の取引金額も大きくないためである(1カ月あたり80万円等)。
他方で、Xは、顧客(A社、B社、C社)からの契約は、更新・延長が約束されていたとして、逸失利益の算定にあたって、より広い期間分を算定すべきであると主張していたが、更新の予定があったとまでは認められないなどとして退けた。
若干のコメント
ビジネスモデルの適法性(偽装請負の関係等)についてはこの場では触れませんが、エンジニアらを調達して、客先に送り込むモデルは、プロジェクトベースで業務が発生するIT業界では非常によく行われており、多重下請け構造を生んでいます。
また、上位層からクレームを受けた際に、クレームを受けた側も、当該エンジニアを直接監督していないことから(ビジネスモデルの適法性には触れません)、どうしても右から左へと、下請けにクレームを伝えることになりがちです(本件がそうであったかどうかはわかりません)。
そのため、クレームを受けた下請けは、クレームが発生した状況を把握することが困難で(当然、自社のエンジニアに状況を聞けば「自分は悪くないのに」という答えが返ってくるでしょう)、トラブルに発展することも少なくありません。
本件では、そこで、下請けだったYが、クレーム受けた案件以外の取引についても、「全員撤収だ」とやってしまったため、紛争になりました。当然ながら、理由のない業務の放棄は、債務不履行となるため、未経過分の報酬は得られないだけでなく、損害賠償の対象になります。
仮に、個別契約1においてXに債務不履行があった場合には、Yから損害賠償請求が認められた可能性はありますが、それでも別の契約(個別契約3など)に関して損害賠償請求が認められた可能性は低く、途中で撤収したことについてのYの責任は問われることになっただろうと思われます。