競合するソフトウェアの販売行為について、商品形態模倣(不競法)または一般不法行為の成否が問題となった事例。
事案の概要
原告(X)は、教育現場で使われるロイロノートスクールというアプリケーション(Xソフトウェア)を開発し、開発・販売していた。
被告(Y)も同様にオクリンクというアプリケーション(Yアプリケーション)を開発・販売していた。
Xは、Yソフトウェアは、Xソフトウェアの形態を模倣した商品であり、その販売は不正競争防止法2条1項3号の不正競争にあたる、または一般不法行為(民法709条)にあたるとして、逸失利益1600万円の損害賠償を求めた。
ここで取り上げる争点
(1)不競法2条1項3号の不正競争該当性
Xは、無体物であっても同号の「他人の商品」に該当し、各画面は「商品の形態」に該当し、XソフトウェアとYソフトウェアの両ソフトウェアは実質的同一であると主張していた。
以下は少々見にくいが、カードが表示される画面である。
Xソフトウェアの画面
Yソフトウェアの画面
(2)不法行為該当性
Xは、仮に不正競争に該当しないとしても、模倣ソフトウェアを販売することは不法行為に該当すると主張していた。
裁判所の判断
争点(1)不競法2条1項3号の不正競争該当性
まず、ソフトウェアの画面といえども「商品の形態」に該当し得るとした。
不競法2条1項3号の「商品の形態」とは,「需要者が通常の用法に従った使用に際して知覚によって認識することができる商品の外部及び内部の形状並びにその形状に結合した模様,色彩,光沢及び質感」をいうところ(同条4項),Xソフトウェアは,タブレットとは別個に経済的価値を有し,独立して取引の対象となるものであることから「商品」ということができ,また,これを起動する際にタブレットに表示される画面や各機能を使用する際に表示される画面の形状,模様,色彩等は「形態」に該当し得るというべきである。
その上で、両者の一致点、相違点について以下のように述べた(一部の判断について改行位置等を修正した上で引用する。)。
Xは,XソフトウェアとYソフトウェアは,フィールド領域に作成されたカード及び連結したカードが表示される点で一致し(一致点①),この一致点はXソフトウェアの本質的部分に関するものであると主張する。
しかし,学校において黒板等に貼り付けられていたカードをタブレット上で表現し,複数のカードをプレゼンテーションの順序等に応じて連結することは,抽象的な特徴又はアイデアにすぎず,不競法2条1項3号の「商品の形態」に該当するものではない。
Xソフトウェア及びYソフトウェアにおけるカード及び連結されたカードの具体的な画面表示を比較すると(略),
①Xソフトウェアには,カード右上に円で囲まれた黄色の矢印が表示されるのに対し,Yソフトウェアにはそのような表示はない,
②連結されたカードは,Xソフトウェアにおいては,フィールド領域各所に配置されたカードが曲線又は直線の矢印で連結されるのに対し,Yソフトウェアにおいては,フィールド領域に平行かつ一直線の形で各カードが直線で連結される(相違点④),
③Xソフトウェアは,黄色の細い曲線等によりカードを結び,各カードを結んでいる線はそれぞれ独立し同一の線ではないのに対し,Yソフトウェアは黒色の太い一つの直線でカード間を結んでいる,
④Xソフトウェアは連結されたカードを2行で表示することもできるのに対し,Yソフトウェアでは,複数のカードを複数行で表示することはできない,
⑤Xソフトウェアではプレゼンテーション時に最初に表示されるカードの左横に黄色の丸で囲まれた「-」の表示があるのに対し,Yソフトウェアでは黒色の○に白抜きで「start」と表示されている,
⑥Xソフトウェアではプレゼンテーションにおいて最後に表示されるカードの右上に黄色の丸で囲まれた矢印が表示されているのに対し,Yソフトウェアでは黒色の丸に白抜きで「-」の表示がされている
などの点で相違し,全体的な印象も類似していないということができる。
以上によれば,Xソフトウェア及びYソフトウェアでは,カード及び連結されたカードの画面表示が実質的に同一であるということはできず,むしろ相当程度異なると認めるのが相当である。
そのほか一致点②から一致点⑦についても同様の判断がなされ、「Xが主張する一致点は,いずれもアイデア,抽象的な特徴又は機能面での一致にすぎず,具体的な画面表示においても,XソフトウェアとYソフトウェアは異なるか又はありふれた表現において一致するにすぎないということができる。」として、不正競争該当性を否定した。
争点(2)不法行為該当性
以下のように北朝鮮事件最判を引用し、特段の事情がない限り不法行為を構成しないとした上で、特段の事情もないとした。
不競法2条1項各号の規定は,特定の行為を不正競争として限定列挙するものであるから,同条各号所定の不正競争に該当しない行為は,同法が規律の対象とする社会全体の公正な競争秩序の維持等の利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り,不法行為を構成するものではないと解するのが相当である(最高裁平成21年(受)第602号,同第603号同23年12月8日第一小法廷判決・民集65巻9号3275頁参照)。
Xが主張するYの行為が不競法2条1項3号の不正競争行為に当たると認められないのは前記のとおりであるところ,Yが,同法が規律の対象とする社会全体の公正な競争秩序の維持等の利益とは異なる法的に保護された利益を侵害したなどの特段の事情は認められない。
若干のコメント
XソフトウェアとYソフトウェアは、市場において競合するものであるとしても、実際の画面等から受ける印象や、細部の仕様などは大きく異なるため、著作権侵害には当たらないことはもちろん、不正競争(商品形態模倣)にも当たらないとされた判断は妥当でしょう。
こうした「知的財産権侵害には当たらない模倣行為」について、予備的に不法行為に当たるという主張がなされることがしばしばありますが、この点については、北朝鮮事件最判(最判平23.12.8)が出た以降は、著作物(あるいは著作物に類似する表現)のみならず知的財産権全般(商品の形態や表示など)について、異なる法的利益の侵害がない限りは不法行為を構成しないとして、事実上、不法行為が成立する余地が極めて狭くなりました。
Xは、競合品を販売して、Xのシェアを奪い、営業活動上の利益を侵害した、と主張しましたが、特段、自由競争の範囲を逸脱するような事情は窺われず、特段の事情も存在しないとされました。
北朝鮮事件以前は、わずかに不法行為を認める事例がありましたが(当ブログで取り上げたものとして、データベースに関する東京地中間判13.5.25)、その後は、多くの事件で予備的に不法行為を主張したものの、ことごとく退けられてきました。ところが、最近、バンドスコア事件控訴審判決(東京高判令6.6.19(令3ネ4643))で、大量のバンドスコアを模倣する行為が不法行為に該当するという判断が示され、注目されています。