IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

アジャイル型開発における未完成の責任 東京地判令3.11.25(平30ワ25117)

アジャイル型でアプリ開発を進めたところ、完成に至らなかったことについて、ベンダの不完全履行、プロジェクトマネジメント義務違反等が主張されたが、いずれも否定された事例。

事案の概要

eスポーツ事業の企画・運営等を行う原告(X)は、ゲーマー向けソーシャルアプリの開発を構想し、開発ベンダである被告(Y)との間で、平成28年8月18日に、ゲームに参加する人をマッチングし、参加者同士がコミュニティを形成するソーシャルメディア機能を有するソフトウェア(本件ソフトウェア)を開発する契約(本件契約)を締結した。対価の額合計は、2450万円。その支払は1000万円、1000万円、450万円の3回にわけて行われることとされ、最後の450万円は、納品物を納入後に支払うこととなっていた。

本件契約の締結前には、Xは、検収に合格しなかったら、支払済みの代金を返金する条項を設けることを求めたが、Yは「返金を想定しておりません。請負契約というよりは準委任契約をイメージしております。」と答え、Xは「2017年2月までに完成することが担保されていれば返金対応はなくても問題ない」と答えたが、Yは

「準委任契約は業務の遂行そのものが目的ありますので、貴社の意向に沿って開発は行いますが,返金対応は致しかねます。スケジュール通りの進行の為には,インフラ担当,デザイン関連の貴社側担当部分等の進捗によっても影響が出てくる部分となりますので,弊社側のみで担保しきれない部分があることもご了承下さい。

「値引きを行うからには,スケジュールや仕様の面で融通を効かせて頂けるとありがたい。開発を進めた部分のお金が頂けないという事は無しでお願いしたい。」

と返信した。

こうしたやり取りを経て、本件契約には、3回目の支払い分を除き、Yの労務提供に対する対価であって、Yは,いかなる場合でもXから受領した業務対価は、これを返金しない旨の条項(本件条項)が定められた。

本件契約に基づいて、XからYに対して2回に分けて合計2000万円が支払われた。

当初の予定された期限を過ぎても本件ソフトウェアは完成せず、作業は続けられた。2017年8月にはYからは、

「現状の機能で一旦リリースはちょっと厳しい」

「(リリースするのは)ブラッシュアップフェーズを設けてからにしたい」

「以前打ち合わせでもお話にあった,全体的に,何やるためのもの?って感じはあります」

「アプリとして破綻しているって感じです」

といったメッセージも送られていたが、同年9月には、いったん仕掛品が納品され、Yからは、「ブラッシュアップフェーズを設けた上で、追加開発の予算を設ける必要があることから、Xにおいて本件仕掛品を操作してみた上で今後の相談がしたい」旨のメッセージが送られ、Xからは「形になってきたこと、大変うれしく思います。」「改めてご相談できればと考えております。」と返信した。

同年10月には、Yから今後の方針が固まらないことには作業はできないので、10月中にはチームを解散したい旨を連絡し、その後も12月まではやり取りがあったが、結局開発は頓挫した。

Xは、Yが開発した本件ソフトウェアの開発が不十分で納期も大幅に遅延したことから、不完全履行及び履行遅滞により本件契約を解除したと主張し、既払い金(2000万円+税)について不当利得返還請求、解除に伴う損害賠償請求又はプロジェクトマネジメント義務違反の不法行為による損害賠償請求を行った。

ここで取り上げる争点

(1)不完全履行の有無

(2)履行遅滞の有無

(3)プロジェクトマネジメント義務違反の有無

裁判所の判断

争点(1)不完全履行の有無

Yもシステムが完成していないことについては争っていなかったが、その未完成についてYに帰責性があるか否かが問題となった。

最初に、本件ソフトウェアの仕様について次のように認定した。

本件契約締結前に作成した前記1(3)の見積書(乙3)の各項目は,幅のある内容であり,予算等に応じて契約締結後に具体化するものであったと(注:Yの代表者は)供述するところ,かかる供述は,上記のとおりの本件契約締結の経緯に照らし十分に信用することができる。そうすると,本件ソフトウェアは,いわゆるアジャイル型の開発が企図されていたのであり,本件契約の締結に当たり,本件ソフトウェアの仕様が予め確定していたわけではないと認められる。

(中略)

XとYが,業務対価については合意する一方,本件ソフトウェアの仕様については確定しないまま本件契約を締結していることからすれば,その後の本件ソフトウェアの仕様の確定に当たっては,実装作業に伴う費用が業務対価に見合うよう,仕様または追加の業務対価を調整する必要があることが予め想定されていたというべきであり,単にXがその希望する仕様をYに伝達すれば,それをもって本件ソフトウェアの仕様が確定するというものであったとは認め難い

すなわち、契約締結時点は、金額は固まっていても、仕様が明確になっていないというアジャイル型の開発においては、対価に見合うように調整が予定されていたのであって、開発期間中にユーザが要望すれば直ちに確定した仕様になるわけではないとした。

その上で、

本件ソフトウェアが完成していなかったのは,Xが本件契約に係る業務対価の範囲内で本件ソフトウェアの機能を絞ることをせず,本件ソフトウェアの仕様を確定させなかったことが主要な要因であると認められ,Yの責めに帰することのできない事由があったと認められる。

本件ソフトウェアが未完成になったのは、機能の絞り込みの意思決定ができなかったことが理由だから、ベンダには帰責性がないとした。

争点(2)履行遅滞の有無

本件契約には、本件ソフトウェアの納品期限は2017年1月31日と定められていたが、これを大きく超過して開発が続けられていたことについては争いがない。

もっとも,前記1認定事実によれば,本件ソフトウェアの開発はアジャイル型の開発が企図され,本件契約の締結に当たっては,本件ソフトウェアの完成時期はX担当部分の進捗によって影響を受ける旨が確認されていたのであり(前記1(4)),また,Yが,同年9月20日にXに本件仕掛品を送信した際も,未実装や不具合もある前提であったものの,Xとして,かかる状態の本件仕掛品を途中経過として容認した上で受領していることが認められる(前記1(9))。そして,その頃までに,Yとしては,ブラッシュアップフェーズを設け,追加開発の予算を設けた上で,本件ソフトウェアの開発を進める必要がある旨をXに伝達していたものと認められる(前記1(7)から(9)まで)。

このような事実経過によれば,同日の時点で,本件ソフトウェアの納品期限は当初の同年1月31日からは変更されていたと認められ,追加開発の予算を設けた上で改めて設定されるものであったと認められる。そして,証拠及び弁論の全趣旨によっても,その後,本件ソフトウェアの納品期限が改めて設定されたことを認めるに足りる証拠はない。

このように、現場のやり取りから、当初の納期は変更されており、履行遅滞はないとした。

争点(3)プロジェクトマネジメント義務違反の有無

Xは、Yにはベンダとしてプロジェクトマネジメントを適切に行う義務があるにもかかわらず、単に追加費用を主張するなどしたのみで、適切なプロジェクトマネジメントを行わなかったと主張していた。

裁判所は、まずは、各種裁判例で示されているような一般論を述べた。

ソフトウェアの開発に係る契約である本件契約の特質に鑑みると,ソフトウェア開発を担うベンダであるYは,本件ソフトウェアの開発に当たり,ユーザーであるXに対し,ベンダとして通常求められる専門的知見をもって本件ソフトウェアの開発を進め,得られた情報を集約・分析して原告に必要な説明を行い,その了解を得ながら必要な修正及び調整等を行いつつ,本件ソフトウェアの完成に向けた作業を適切に行うべき義務(プロジェクトマネジメント義務)を負っていたものと認められる。

しかし、以下のようにYに義務違反はないとした。

(Yは)本件ソフトウェアに機能を盛り込みすぎであり,現状の予算で作製することは困難であるとの懸念を示し,機能を絞った上でブラッシュアップフェーズを設けて作製すべきであるとの意見を述べた上で,Xに対して本件仕掛品を送信して具体的な検討を促しており(前記1(7),(8)),前記2において説示したとおり,かかる懸念及び意見はもっともなものであったと認められる。すなわち,Yは,本件ソフトウェアの仕様の作成はXの役割であるとして,漫然と放置していたわけではなく,打合せを基に本件ソフトウェアの開発を進め,本件仕掛品を基にXに必要な助言を行った上で,本件ソフトウェアの完成に向けた提案を行っていたと認められるのであり,プロジェクトマネジメント義務を果たしていたものと認められる。

以上より、Xの請求はすべて棄却された。

若干のコメント

業務アプリケーションなどと違って、エンタメ関係や、情報系システム(AI関連開発等も含む。)では、契約締結段階で仕様が決まっておらず、「アジャイル型」と称して開発を進めることが多くなってきました。しかし、発注者であるユーザは、「いつかできればよい、いくらかかっても構わない」と思っていることはなく、合理的期間内、合理的予算内で完成することを期待しているため、その期待に沿わないとトラブルになりがちです。

本件でのベンダ(Y)は、このリスクを契約締結前から把握し、準委任契約としたり、代金を先に支払ってもらって返還しないという条項を定めたり、仕様の確定等についてストレートに意見を伝えるなどした結果、ユーザ(X)の請求を退けることができました。これらの契約締結前のやり取り等は実務においても望ましいプラクティス例になると思われます。

しかしながら、当初の契約期間を大幅に延長しながらも追加料金の請求はできなかったと思われますし、何より応訴の負担も生じたことを考えると、アジャイル型開発、準委任契約であっも、一応適切と言える対応をしても、このようなトラブルに発展するリスクが内在していることに留意すべきでしょう。