IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

レベニューシェア型取引における説明・情報提供義務 東京地判令4.4.22(平30ワ33066)

期待したレベニューシェアが得られなかったという場合において、一方当事者による事前の情報提供、説明義務違反が問題となった事例。

本事例は、Business Lawyersに寄稿した解説記事を、了解を得て当ブログに転載したものです。

www.businesslawyers.jp

事案の概要

 セキュリティーソフトの頒布許諾、収益分配をめぐり、PC製造販売業者・サードウェーブ(原告)と、ソフトウェア販売業者・マカフィー(被告)との間で生じた紛争について、2022年4月22日に東京地方裁判所で判決が出されました。IT業界では、あらかじめ確定した代金等が支払われる単純な売買契約やライセンス契約と異なり、契約締結後の売上や利益に応じて、両当事者で収益を分配するといういわゆるレベニューシェア型の取引が行われることがあります。本件は、原被告間で締結されたレベニューシェアに関する合意締結の過程において、被告が原告に対して行った説明等の行為が不法行為に当たるかが争われたものです。
 原被告間の取引の概要について見ていきましょう。原告は、購入者がパーツやソフトウェアを選定してからPCを製造販売するという、いわゆるBTO(Build To Order)型ゲーミングPCの「GALLERIA(ガレリア)」などで有名なPC販売業者です。被告は、セキュリティーソフトの開発・販売業者の日本法人で、「マカフィー」のアンチウィルスソフト(被告製品)は、購入したPCにプリインストールされていることもあるため、多くの読者もご存じのことと思います。
 原告と被告は、2009年から、原告が販売するPCに有効期間付きの本件製品をプリインストールし、購入者(ユーザ)が代金を支払った上で有効期間を延長したり、追加購入(以下、まとめて「更新」とします)したりした場合には、被告から分配金を支払うという取引をしていました。ユーザは、プリインストールされた状態の有効期間内に限って本件製品を使用する場合には、ライセンス料を支払う必要はなかったのですが、その初期有効期間中のライセンス料は原告が被告に対して負担していました(単独で購入する際と比べてだいぶ割安にはなっています)。すなわち、ユーザが更新しない場合には、原告は被告に対してライセンス料の負担だけが生じますので、どれだけの割合のユーザが更新するか(更新率)が取引のカギでした。

詳細は割愛しますが、レベニューシェアの仕組みや有効期間、分配比率などは、途中で何度か変遷しました。本件訴訟においては、2014年4月から始まった新モデル契約が争いの対象になっていましたが、この契約では、反対の意思を表示した場合を除きすべてのユーザにセキュリティーソフト(MIS)15カ月版を初期搭載し、原告は、被告に対して、そのライセンス料600円を負担しつつ、更新料の50%のレベニューシェアを受けるという内容でした。
 原告の主張によれば、被告の担当者が、新モデル契約締結に際して、更新率(PC購入者が被告製品の有効期限切れの際に、有償で更新する人の割合)が、40%であると見込まれ、それによってレベニューシェアの額も3年で約6.4億円に達するとの説明をしていたものの、実際には、7.5%にとどまっており、負担したライセンス料に見合うレベニューシェアを受けられていませんでした。
 原告は、この新モデル契約の締結に際し、被告が故意または過失により誤った収益の見込みを示して締結させた不法行為により、支払済みライセンス料相当額および逸失利益の合計約16億円の損害を被ったとして、損害賠償を請求していました(予備的請求については割愛します)。

争点

不法行為の成否

 原被告間で締結された契約において、更新率等を保証していたものではなく、分配金の計算方法などが争われたわけでもないため、債務不履行が争われたものではありません。契約締結段階に被告が原告に対して行った説明等が、故意または過失による不法行為に該当するかが争われました。

損害の額について

 仮に不法行為が認められた場合における、被告が賠償すべき損害の額が争われました。


裁判所の判断

不法行為の成否について

 裁判所は交渉過程における情報提供に関して、次のように述べました。

経営判断は、判断者が認識する前提事実に誤りがある場合には適正が担保されないから、取引相手等が経営判断の前提事実につき誤った情報を提供した場合、経営判断に不当な影響を及ぼすことは明らかであり、経営判断に不当な影響を及ぼす誤った事実を伝えることは信義則上許容し得ないものと解するのが相当である。よって、被告には、新モデル契約の締結において、信義則上、原告に更新率の見込みを示すのであれば達成可能性のある見込みを示し、他社の実績値を示すのであれば正しい数値を示し、原告の経営判断に不当な影響を及ぼさないようにする義務があった。

 被告は、提示した資料に書かれていた「更新率40%」については、単なるたたき台だった、あるいは、他社の実績値も参考値に過ぎないなどと述べていましたが、裁判所は次のように判示して、仮にそうであったとしても義務を否定することにはならないなどと、被告の主張を退けました。

被告は、本件資料は、今後の協議のたたき台、担当者間のディスカッション用資料にすぎなかった旨主張するが、仮にそうであったとしても誤った情報を提供した場合に原告の経営判断に不当な影響を与えることに変わりはなく、義務を否定する事情とはならない。
被告は、他社の実績値はせいぜい参考値、目標値にできるものにすぎない旨主張するが、他社の実績値として誤った数値を示した場合には、参考値、目標値にさえできないから、原告の経営判断に不当な影響を与えることに変わりはない。 被告は、企業間のビジネスでは原則として一方当事者は他方当事者に情報提供義務を負わない旨主張するが、仮に積極的に情報を提供する義務がないとしても、誤った情報を提供し、経営判断に不当な影響を与えることまでも許容されることを意味するものではない。

 そして、裁判所は、新モデルにおける更新率は、被告が提示した40%をおよそ達成できる見込みもなかったと認定しました。被告が他社との取引における実績値は虚偽ではないと主張しましたが、それを裏付ける証拠等は出されませんでした。その結果、次のように述べて過失による不法行為を認めました。

このように、a(注:被告の担当者)は、本件資料において、BTO①取引(注:新モデルと同様の取引)では更新率が40パーセントに達することが見込める、同様の取引をしているB(注:大手のPC製造販売会社)の実績値として更新率40パーセントが達成されているという事実に反する説明をし、さらに、本件訪問時資料において、全数搭載取引でも更新率40パーセントが見込めるという事実に反する説明を繰り返した。aがこれらの誤りを含む説明をしたことは、単に提案時の見込みが外れたというものではなく、他社の実績値に関して誤った情報を提供し、およそ達成し得ない更新率の見込みを示して、原告の経営判断に不当な影響を与え、(略)結果としてこれを誤らせたものであり、過失による不法行為と認められる。

 他方で、aに故意があったとまでは認めず、故意による不法行為の成立は否定しました。

損害の額

 このように、誤った情報を提供したことによって、経営判断を誤らせたという不法行為が認められた場合、実務的には損害の額がどのように算定されるのかが気になるところです。原告は、①支払ったライセンス相当額と、②逸失レベニューシェア相当額の合計約16億円を請求していました。
 このうち、①支払ったライセンス相当額については、原則として因果関係が認められるとしつつも、原告が、新モデル契約の最初の契約更新時期(2017年3月末)には、取引が赤字になっていて、被告が説明した更新率には到底達しないことを知りながらも契約更新を拒絶せず、更新したということで、それ以降に発生したライセンス料の支払いについては因果関係を否定しました(2014年4月から2017年3月末までに出荷された製品のライセンス料相当額である約2.5億円のみ認定)。なお、被告は途中で契約を終了させることもできたはずだと主張していましたが、任意解約の条項もないことから退けられています。
 また、②逸失レベニューシェア相当額については、被告が更新率40%という説明をしていなければ原告は契約を締結していなかったはずであるから、得べかりしレベニューシェアは損害にならないとされました。
 さらには、①のライセンス相当額から、被告から支払われたレベニューシェア相当額の約2.2億円が損益相殺として控除され、原告においても更新率40%という数値がおよそ相当ではないということが予想し得たなど、相当の不注意があったとして、4割を過失相殺し、被告の責任額は約2300万円とされました。

本判決の意義

 形態はさまざまですが「レベニューシェア」と呼ばれる取引はいろいろな業種で行われています。この種の取引では、将来の不確定な事実、結果によって売上や収益の分配方法を決定することになるため、結果次第では一方当事者が得をするが、他方当事者は損失を被るということも当然生じ得ます。ビジネスなので、当然一定の損失が生じ得ることを承知してリスクを取って取引に入ることもありますが、本判決では、その前提となる相手方の説明が、およそ正しくない情報を提供し、それをもとに契約締結に向けた判断が行われた場合には不法行為になり得ることを示しました。
 判断の前提となる情報が正しくなければ不法行為になるというのは、重すぎる説明義務、情報提供義務を課すことになるのではないかと思われる方がいるかもしれませんが、判決はそこまでは述べていません。被告は、他社の取引事例として具体的社名を挙げて更新率40%が実現された例があるという説明をしていましたが、その正しさについて結局最後まで明らかになりませんでした。取引の形態として、ユーザがオプションでソフトウェアを選択するという形式(積極型)と、デフォルトで搭載されているという形式(受動型)とがあり、更新率はユーザの意思によってソフトウェアを追加した積極型が高くなるものと推測されるところ、そこを混同した説明をしていたことが伺われるなど、単に将来の結果が期待に達しなかったというレベルにとどまらず、適切な情報提供ではなかったとの評価がなされたことが不法行為の成立に繋がっています。
 被告は他社とも類似の取引をしていたので、他社事例を提示するのであれば、同じ前提であるものを示すか、違いがあるとすればその差異について説明すべきでしたので、不法行為の成立を回避することは十分に可能だったといえます。
 他方で、原告も、このときが最初の被告との取引ではなく、被告が説明するような更新率の実現は不可能であろうことも予想し得たことや、更新のタイミングで終了したりすることもできたといった事情から、損害の範囲が大きく縮減されています。
 被告は、自社のセキュリティーソフトがどれだけ利用されているか、更新されるかという情報を得やすい立場にある一方で、原告はそういった情報を得ることがないというように、本件では両当事者間に明らかな情報の非対称性がありました。一般に、情報の非対称性がある当事者間の取引では、情報量において優位な立場にある当事者には適切な情報提供義務、説明義務が生じやすく、本件でも裁判所が「経営判断に不当な影響を及ぼす誤った事実を伝えることは信義則上許容し得ない」と述べたのはそういった考え方が根底にあると思われます。本判決は、あくまでこの事案の判断にとどまるため一般化することはできませんが、レベニューシェア型の取引を行う際の情報提供義務違反が認められた事例として実務的に参考になるといえるでしょう。

(追記) 本稿執筆時点において、被告は控訴を取り下げたという報道がありましたので*1、本判決の内容で確定したようです。