IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

ユーザの協力義務違反による頓挫 東京地判平23.10.20(平20ワ25855)

ユーザに協力義務違反があって中途で作業が終了した場合におけるベンダからの請求額の考え方(民法536条2項の適用)。

事案の概要

語学学校を経営するZは,ベンダYに対し,イーラーニングシステムの開発を委託することを内容とする基本契約,個別契約を締結した。その後,Zは,契約関係を継続できないとして,成果物を納入するよう催告し,納入がない場合には解除する旨の意思表示をした(本訴弁論準備中に,民法641条に基づく解除の意思表示もした。)。他方で,Yは,Zに対し,要求仕様の決定とコンテンツの提供を求め,2週間以内にこれが提供されない場合には契約を解除する旨の意思表示をした。


なお,本訴の原告となったXは,Zの破産管財人である。Xは,Yの債務不履行による解除(予備的に民法641条及び破産法53条に基づく解除)をし,原状回復請求及び損害賠償請求として約2800万円の支払いを求めた。


他方,Yは,Zは請負契約に基づく協力義務に違反したとして報酬の残額支払請求,損害賠償請求について破産債権の確定を求める反訴を提起した。

ここで取り上げる争点

協力義務違反の有無と,ベンダに生じた損害の額

(Yの履行遅滞による解除については否定されているが,この点については割愛する)

裁判所の判断

裁判所は,Zが,Yとの信頼関係が損なわれたことを理由に,その後は,必要なシステム仕様の確定作業等を行わず,資料の開示・提供義務を一切履行しなかったことを認めた。そして,YZ間の請負契約は,発注者であるZの責に帰すべき事由によって履行不能になったとした。


その場合の,Yからの報酬請求等については次のように述べた。

ところで,請負契約においては,仕事が完成しない間に,注文者の責めに帰すべき事由によりその完成が不能となった場合に,請負人は,自己の残債務を免れるが,民法536条2項によって,注文者に請負代金全額を請求することができ,ただ,自己の債務を免れたことによる利益を注文者に償還すべき義務を負うに過ぎないものと言うべきである(最高裁昭和52年2月22日判決・民集31巻1号79頁参照)。

そうである以上,Yは,前記履行不能によって,本件各開発契約における自己の残債務を免れ,民法536条2項によって,Zに対して請負代金全額を請求できるものと解されるから,結局,本件開発契約1及び2によってZから受領した委託料についてはYによる相殺の意思表示により返還義務を負わないほか,本件開発契約3についても,請負代金全額を請求できるものと解される。

つまり,民法536条2項(危険負担)により,Yは反対給付を受ける権利を失わず,請負代金全額の支払いを受けられるとした(報酬の残額が請求できる)。


続いて,裁判所は次のように述べて,報酬残額の一部について減額した。

もっとも,このように解されるとしても,Yは,自己の債務を免れたことによる利益を注文者に償還すべき義務を負うものと解されるので,この点について検討するに,(略)本件開発契約3については,Yにおいて,パイロット版を製作していたことが認められるが,総合英語システム開発や,LMシステム開発が優先された上に,事実上その開発が中断していた経過が認められ,Yが作成した開発の進捗状況に関する証拠(乙20)及び弁論の全趣旨によれば,同契約の委託料280万3500円のうち5割である140万1750円の範囲で,Yが債務を免れたことによる利益があったと認めるのが相当であり,同額を超える利益が被告に生じたことを認めるに足る証拠はない。


結局,Xからの請求はすべて棄却し,Yからの反訴請求のうち半額について認められた。

若干のコメント

本件は,システムの発注者であるユーザが,情報の提供や仕様の確定を怠ったことによって開発が頓挫した場合における後処理について判断した事例です。


システム開発は,ベンダ,ユーザの共同作業であることから,ユーザ側も情報の提供や仕様の確定をすべき義務(協力義務)を負っているとされており,これを怠ったことによって履行不能になった場合には,危険負担の規定(民法536条2項)によって,報酬請求ができるとされています(以下の規定における「債務」とはシステムを開発して納品する「債務」を指し,「債務者」はベンダを指します。「反対給付を受ける権利」とは報酬の支払いを受ける権利を指します。)。

民法536条2項
債権者の責に帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは,債務者は反対給付を受ける権利を失わない。この場合において,自己の債務を免れたことによって利益を得たときは,これを債権者に償還しなければならない。

この論法は,ユーザ都合によってプロジェクトが破たんした場合において,ベンダから報酬全額を請求する局面でよく用いられています。


もっとも,536条2項の第2文にあるように,途中で頓挫したことによってベンダが利益を得た場合(後工程の履行をしなくてもよくなったことにより,エンジニアが作業から解放されて別案件に従事しうる状況になった等)には,「償還しなければならない」となっており,常に報酬全額が請求されるということにはなりません。


本件では,詳細は割愛しましたが,個別契約1,2については,ベンダYには「利益」はないとしつつ,個別契約3に相当する部分は50%しか進捗していないとして,報酬の半額相当においてのみ破産債権を認めました。