IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

誤表示された価格に基づいて申し込まれた旅行契約の成否 東京地判平23.12.1判時2146-69

ツアー料金について,誤った価格表示についてなされた契約の成否/錯誤が問題となった事例。

事案の概要

Xは,旅行会社Yのサイトを通じて,イタリア旅行8日間のツアー(本件ツアー)の申込をした(本件ツアーを含むいくつかのツアーでは料金が間違って表示されていた。)。

基本旅行代金 6万9900円(大人1人あたり)
ホテル 2・1名1室
オプション ベニス市内徒歩観光
現地空港税/空港使用料
代金合計 8万0150円
参加者 Xを含む4名

YはXに対し,自動送信メールに続いて,料金データが間違って表示されていたが,誤表示金額のとおりの予約が成立した旨のメールが送付された。


しかし,その後,料金データが誤って表示されていたため,旅行代金を1人あたり35万7000円とするのであれば,契約を締結するが,Xが申し込んだ時点での料金では契約できない旨の通知をした。そのため,Xは,旅行に参加させる義務を怠ったなどとして,Yに対し,旅行契約の債務不履行に基づく損害賠償及び不適切な対応による精神的損害を被ったとして,合計で約85万円の損害賠償を請求した。


Yは,予約契約・本契約は成立していない,あるいは承諾の意思表示は,錯誤により無効であると主張していた。

ここで取り上げる争点

(1)予約契約の成否(錯誤の有無)
(2)本契約の成否

裁判所の判断

争点(1)について


裁判所は,次のように述べて,XY間には予約契約が成立しており,Yによる錯誤はないとした。

(1)  標準約款6条及び本件約款2条2項によれば,Yは,本件ツアーのような募集型企画旅行について,(略)予約の申込みを受け付ける場合には,その時点では契約は成立せず,Yが予約の承諾の旨を通知した後,顧客が旅行業者に申込書と申込金を提出するか,またはクレジットカード情報等を通知した時点で,本契約が成立するものとされており,このうち,顧客からの申込みに対してYが予約の承諾の旨を通知した時点で,Yと顧客との間では,予約契約(民法559条,556条)が成立するものと解される。

(2)  前記前提事実のとおり,平成21年4月27日午前10時29分ころ,Xは,Yに対し,本件ツアーについて,Yのウェブサイトから基本旅行料金(大人1人あたり)6万9900円,代金合計(1人当たり)8万0150円で申込みをしたこと,同日午後8時12分頃,YマルチネットセンターからXに対し本件メールによって,YからXに対して予約を承諾する旨の意思表示があったことが認められる。

(3)  これに対して,Yは,本件メールによる意思表示は,YがXは誤表示の旅行代金を過失なく正当な旅行代金と信じた上で予約を行い,既に旅行代金をクレジットカードで支払っているものと誤信し,契約が成立している以上,予約の承諾を通知しなければならないとの錯誤によるものであって,無効である旨主張する。

しかしながら,Yの主張のうち,Xが誤表示の旅行代金を過失なく正当な旅行代金と信じた上で予約を行ったと誤信したと主張する点については,仮にその点に錯誤があったとしても,動機の錯誤であって,Yはこれを表示していない(略)から,要素の錯誤にはあたらない。

(略)
仮に,Yが述べるような錯誤があったとしても,Yが旅行業者であって,ウェブサイトを利用しての旅行契約の予約受付を日常業務として行っていること,甲2のメールによれば,「ご予約内容の詳細確認等は,弊社担当箇所より翌営業日までに」連絡することになっているのであるからYとしてさほど慌てて対応する必要もなかったと考えられることや上記に指摘した点に照らすと,錯誤についてYには重大な過失があったというべきであり,Yは,Xに対して,本件メールによる意思表示が錯誤であったとの主張をすることはできない。

このように,Yには錯誤はない,あったとしても重大な過失があった(民法95条但書)として,予約契約が成立していたとした。


争点(2)について

本件で使用されていた旅行約款では,予約が成立した後,顧客がクレジットカード番号等を通知した後で本契約が成立するとされていた。すなわち,顧客に予約完結権が与えられていた。裁判所は,Xは,Yに対し,クレジットカード番号を提供しており,予約完結権が行使されたと認め,本契約も成立したとした。


なお,Yからの反論について,規約に定めるような承諾を拒絶する事情*1は認められず,他の顧客との著しい不平等を理由とする「業務上の理由等」(約款23条6項)などによる承諾の拒絶もできないとした。


また,極端に低額なツアー金額について予約完結権を行使することは権利濫用であるとの主張もされていたが,Yは誤表示であることを気づきながら予約契約を成立させたのであるから,Xが誤表示代金で旅行できることについて期待したことも当然であって権利濫用ではないとした。


その結果,Xらが本件ツアーに参加できなかったのは,Yの債務不履行であるとして,Xが代わりに参加した同等の旅行代金との差額約27万円は,Yの債務不履行によってXが被った損害であると認めた。


ただし,Xが主張していたその後の対応の問題による不法行為については認めなかった。

若干のコメント

本件は,ネット上の商品・サービスの誤表示(特に価格)の問題について判断した事例です。ただし,通常の誤表示のケースでは,サービス提供者が,価格表示自体を錯誤であるという主張がなされ,その誤表示自体に重過失があるかという点が問題となるのに対し,本件では,申込と承諾によって予約契約(民法556条)が成立し,顧客側に与えられた予約完結権の行使によって旅行契約が成立するという構成にしていたため,錯誤の対象が,誤表示そのものではなく,Yが「クレジットカードによる決済がすでに終わっている」と誤信したという点にありました。そのため,法的構成が少々わかりにくくなっています。


事実の観点からみた特徴としては,サービス提供者であるYが,誤表示であることを認めたうえで,予約契約を承諾するメールを送付していたところにあります。ここで送られた承諾メールは,いわゆる自動送信メールではなく,一定期間を置いて,担当者が確認した後に送られたメールであることが重視されているため,やや特殊な事例であるといえるでしょう。単純な価格誤表示で,自動送信メールの後で担当者が気づいて,承諾を拒絶したという事例であれば,契約の不成立あるいは錯誤の主張は可能だったように思われます。


なお,平成26年8月版「電子商取引及び情報財取引等に関する準則」*2のI-2-2によれば,自動送信メールについて次のような記載があります。

売主からのメールが自動返信メールなどであり、承諾通知が別途なされることが明記されている場合には、受信の事実を通知したにすぎず、そもそも承諾通知に該当しないと考えられる。

*1:「会員の有するクレジットカードが無効等により,旅行代金等が提携会社のカード会員規約に従って決済できないとき」などクレジットカードでの支払が確実になされない危険があるような場合などに承諾を拒絶できるとしている。

*2:http://www.meti.go.jp/policy/it_policy/ec/140808_junsoku.pdf なお,平成27年4月に改訂される予定だが,本件に関する記載は影響がない模様。