IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

サービス期間途中での解約 東京地判平26.11.5金商1460-44

サービス期間中での解約における残期間分の料金支払義務の存否のほか,金額等の明示的な合意がない場合における業務委託契約の成否等が問題となった事例

事案の概要

ベンダXは,ユーザYとの間で,サーバをレンタルする等,Xの有するコンピュータ資源を提供する契約(契約期間は平成24年2月から平成26年2月まで)を締結した。XY間の基本契約における解約条項には,3か月前の解約予告によって解約ができるとしつつも,ベンダの帰責事由がない場合にユーザが中途解約した場合には,契約期間満了までのサービス料金を支払う旨が定められていた。


ところが,サーバが故障して外部との通信が不可能になるなどの障害が発生したこともあり,Yは,平成24年7月に,Xのサービスが不十分であるとして,上記契約を9月末を以って解約する旨の通知をしたが,Xは,この解約は,「Xの責によらない解約」であるとして,契約において定められた期間満了までのサービス料金の支払い等(1か月あたり43.5万円×17か月分+消費税。本件債権1)を求めた。


また,上記のほか,Xは,Yからレプリケーション構築,クラスター構築に関する業務委託契約が締結され,Xは業務を遂行したにもかかわらず,Yが代金を支払わないとして,業務委託料(約1080万円。本件債権2)も併せて請求した。

ここで取り上げる争点

(1)Yによる解約は,Xの責に帰すべき事由によらない解約か
(2)XY間でレプリケーション構築・クラスター構築に関する契約が締結されたか
(3)上記(2)の代金相当額

裁判所の判断

争点(1)について。

裁判所は,次のように述べて,Xの責に帰すべき事由による解約ではないとした。

Yは,本件解約予告において,本件解約に至った理由として,Yのビジネス拡大により急激に増えているシステム及びデータのトラフィック量とトランザクション量に対応するためであり,他社に決めた理由として,[1]仮想サーバーの品質・拡張性・費用の点,[2]独自キャリアとのセットによる提供(1G回線で静岡を含む4拠点を結ぶ)であった点を挙げたことが認められるところ,上記解約理由は,いずれもXの責めに帰すべき事由によるものとはいえない。

Yは,Xの対応に問題があったなどと主張したが,それは契約締結時以前のものであったりするのであって,解約の理由ではないとして退けた。


さらに,Yは,ネットワーク障害が解約の原因になっていると主張していたが,この点についてもYの主張を退けた。

Yは,本件個別契約2別紙2「システム運用の対応責任範囲について」によれば,要求仕様を満たすサーバー等ハードウェアの安定稼働及び要求仕様を満たすネットワークの安定稼働もXの対応責任範囲であったから,本件ネットワーク障害の発生及びその後のXの対応は,本件個別契約2で定められたXの上記債務を果たしていないものであった旨主張する。しかし,本件基本契約1条及び本件個別契約2の内容に照らせば,本件個別契約2によって,Xが対応すべき責任を負うのは,同契約別紙1によりXがYに対して提供しているハードウェア及びネットワークについてであると解され,Y社内に設置され,かつ,保守・管理の責任のない本件売却サーバーの故障について,Xは,調査・報告又は修繕その他の対応をすべき義務を負っていなかったというべきであり,このことは,Yが,自ら本件ネットワーク障害の復旧に対応し,Xに対し,上記業務を果たすことを求めた形跡がないことや,Xも,本件ネットワーク障害について,本件売却サーバーに関するYからの問い合わせに回答したに止まり,それ以上積極的に対応した形跡がないこととも一致する。
よって,Yの前記主張は採用できず,本件解約は,Xの責めに帰すべき事由によらない解約であると認められる。


また,Yは,中途解約の際に,残存期間中のサービス料全額について支払い義務が生じるという解約条項の解釈を争ったが(Yは,予告期間中のみであると主張した),裁判所は,その点も次のように述べて合理性があるとした。

本件個別契約1を締結するに際し,Xが,本件初期費用等を負担したことは容易に想定できるところ,本件個別契約1では,契約締結時に支払われる前金の支払条項が設けられていないため,Xは,負担した本件初期費用等を本件継続費用等に加えて契約期間中にYから支払われるサービス料金によって回収を図ることになるが,本件個別契約1が途中で解約された場合には,Xは,Yから支払われるサービス料金によって支出した本件初期費用の回収が不可能となるから,Xが,Yに対し,本件初期リスクを考慮して本件解約条項2文を設けることを要求したことには合理性がある。

争点(2)について

本件債権2(レプリケーション構築委託に関する委託料)については,書面による合意がないため,Yは契約締結の事実を争った。

Yは,本件各構築契約については,具体的な給付内容,納期,代金額等が不明であり,特定性を欠いているから,契約として有効に成立していない旨主張する。
しかし,本件レプリケーション構築業務については,Xは,Cに対し,本件メール1に添付した「レプリケーションテスト環境」と題する図面によって構築するレプリケーションの内容を具体的に提案し,本件メール3において,上記図面どおりの内容で本件レプリケーションを構築する業務を受注したことは明らかであるし,納期についても,同メールでは,物理サーバー1号機の環境構築は月曜日(本件メール3が送信された金曜日から2日後の平成22年3月14日),同2号機については1週間後(同月19日)と指定されていること,代金額については,請負契約又は準委任契約において,具体的な金額を定めることは,必ずしも契約成立要件として必須の要件ではなく,目的物の完成又は委託された事務の完了後に定められることも少なくないことに照らせば,本件レプリケーション契約について,特定性を欠いているといえないことは明らかである。

上記のように,契約の成立を認めた。

争点(3)について

裁判所は,具体的な金額についての合意がなかったものの,商法512条に基づいて相当報酬を請求できるとした。その額は,Xの工数,単価から算定した。

XとYは,本件各構築契約を締結した際,各業務の代金額について具体的な金額を定めていなかったことが認められるものの,Xは,コンピュータシステムの企画,開発,販売,保守及びこれらに関するコンサルタント等を業とする会社であり,XがYのために行った本件各構築業務は,いずれもその営業の範囲内において他人のためにした行為であるから,商法512条により,Xは,Yに対し,上記各業務についての相当な報酬を請求することができる。

そして,証拠によれば,Xは,同社が行った本件レプリケーション構築業務につき1.5人月(1人月は,技術者1人が1か月間働いた場合の業務量),本件クラスター構築業務につき12.6人月の業務量と評価し,Xにおける1人月の単価が80万円(税抜き)であることから,前者の業務の相当代金額を120万円(1.5人月×80万円,税抜き),後者の業務の相当代金を1008万円(12.6人月×80万円,税抜き)と見積りをしていることが認められ,本件レプリケーション構築業務及び本件レプリケーション構築業務の発注から納期までの期間が短かったこと,同じ業務についての他社の見積もり(甲22,甲23)と比較しても,Xの上記見積もりは控えめな内容であることに照らせば,Xが見積もった上記業務量及び単価については,いずれも相当と認められる。


また,Yは,本件債権2について消滅時効(民173条2号により2年間の短期消滅時効)を主張した。これについて,Xは,時機に遅れた攻撃防御方法(民訴157条)による却下を求めたが,否定された。

本件訴訟における審理経過及びYが,正当な理由なく,争点及び証拠調べが終了し,結審が予定されていた口頭弁論期日の前日夜に提出した最終準備書面において,それまで主張していなかった本件債権2の消滅時効を初めて主張したことに照らせば,Yの上記主張については,民事訴訟において当事者に求められる信義則(民事訴訟法2条)に違反し,故意又は重大な過失により時機に後れて提出した攻撃防御方法といわざるを得ない。しかし,Yの主張及びXの反論のいずれについても,新たな主張整理及び証拠調べを行う必要がなく,Yの準備書面が提出された次回の口頭弁論期日においてXの反論がなされ,同期日に結審することができたことを考慮すれば,Yによる時機に後れた攻撃防御方法の提出により,訴訟の完結を遅延させたとまでは認められない。

したがって,民事訴訟法157条に基づく攻撃防御方法の却下を求めるXの申立てを採用することはできない。

もっとも,消滅時効の起算点が異なる認定がなされ,裁判所は,短期消滅時効は成立していないとした。


結局,Xの請求どおりの額が認容された。

若干のコメント

一般に,クラウドサービスなどは,汎用的なサービスであるものの,初期導入費用を抑えられることや短期間で導入できることがウリだとされています。他方で,本件におけるコンピュータ資源提供サービスなどのように,特定の顧客に向けにカスタマイズされたサービスであっても,長期間の利用を前提に初期導入費用を抑えるということが行われています。この種のサービスにおける月々の利用料は,分割払いとしての性質があり,途中で解約された場合には,サービス提供者としては,ほかに流用できないサービスであれば,残期間分の利用料の支払いを求めたくなります。本件における解約条項の解釈においては,裁判所はそういった事情を考慮して,残期間分の利用料全額の支払義務が生じることについて合理性があるとしました。


また,解約事由がベンダであるXにあるのかという点については,「対応責任範囲について」という書面において役割分担が定められていたことにより,Xに帰責性はないとされました。責任分界点などを可能な限り明確に合意しておくことにより,この種の紛争の解決を容易にすると思われます。


システム構築の場面でよく起きる問題として,契約の成否があります。本件でも,クラスター構築等について,具体的な金額の合意もないことから,契約の成否が争われました。しかし,交渉と並行して作業を進めた結果,合意に至らなかった,というような「頓挫事例」ではなく,最後まで作業を終えて実装が完了していたという場合においては,契約の成立を否定することは難しいでしょう。