IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

個人への業務委託と著作権譲渡の合意 東京地判令5.5.31(令3ワ13311)

フリーランスとの契約に基づいて制作された動画の著作権が譲渡されたか否かが争われた事例。

事案の概要

平成14年ころ:原告(X、個人)が、契約社員として被告(Y)に入社し、ゲームソフトの開発に従事

平成21年5月31日:XがYを退職し、フリーランスとして本件業務委託契約を締結(内容は下記)

その後:XがYの委託を受けて、ゲームソフト(本件ソフト)の開発に従事し、本件各動画を製作

平成22年12月:XYの合意により、本件業務委託契約の解約

その後:Yは、本件ソフト及び本件各派生ソフトを開発し、Zらに納入。

平成24年12月:Zが本件ソフトの販売開始

Xは、本件各動画の著作権者であると主張し、Yらが本件各動画を使用して本件ソフトらを販売したことにより、Xの著作権(頒布権)を侵害したとして、民法709条に基づき損害賠償を請求した。

本件業務委託契約の主な内容

第5条(納入)
(1)乙は、甲からそのつど個別に発行される発注書の定める納期に本件業務の成果物を甲の指定する場所に納入する。

第7条(著作権及び著作者人格権
(1)成果物(成果物がコンピューターソフトのプログラムである場合にはソースコード及びオブジェクトコードを含む)並びにその関連資料とテスト結果報告書の著作権著作権法第27条及び第28条に規定する権利を含む)その他一切の知的財産権及び成果物の所有権は、第5条に規定する成果物の引渡完了をもって乙から甲へ移転する。
(2)甲は、譲り受けた著作権その他の権利に基づき成果物の複製、販売、ライセンス、他機種への移植その他成果物に関する一切の利用を独占的になし得る。
(3)乙は、成果物の著作者人格権を甲及び甲の指定する第三者に対する関係で放棄し、甲による本件プログラムの著作権の行使及び甲の著作権に基づく第三者による権利の行使に対し、著作者人格権を含む一切の権利を主張しない。

ここで取り上げる争点

本件各動画に係る著作権がYに帰属したといえるか

(その他、映画の著作物の著作権に関する規定(29条1項)の適否に関する論点などもありましたが、割愛します)

裁判所の判断

上記第5条の「納入」の対象物は「成果物(…)並びにその関連資料」と規定され、本件業務委託契約において、その対象物の意義を限定的に解釈すべきことをうかがわせる規定もないことから、受託した業務の完成、未完成に関わらず、Xが同契約に基づいて発注を受けて製作したもの全てを意味すると解するのが合理的である。そうすると、製作途中のデータや資料についても同契約第7条の「成果物(…)並びにその関連資料」に含まれると解するのが相当である。

また、本件業務委託契約第5条においては、「成果物を甲の指定する場所に納入する。」とのみ規定され、具体的な納入場所は規定されていないところ、弁論の全趣旨によれば、Yにおいては、成果物の納入場所はデータ共有サーバと指定されていたものの、未完成の成果物をYが貸与したパソコンに収納したままの状態でパソコンの返却を受けることも許容されていたと認められるから、成果物に係るデータをデータ共有サーバにアップロード又はパソコン内に格納して同パソコンをYに引き渡すことも、同契約第7条の「第5条に規定する成果物の引渡」に含まれると解するのが相当である。

そして、Xの主張によれば、Xは、本件業務委託契約を解消する際、本件各動画又はその一部のデータを含む、自身が作業をして製作したデータ等を、自身が使用していたパソコン内に格納して、同パソコンをYに引き渡し、又は開発スタッフの作業用のデータ共有サーバに保管したというのであるから、本件各動画については、XからYに対する、「第5条に規定する成果物の引渡」がされたと解するのが相当である。

以上によれば、本件各動画の著作権は、本件業務委託契約の効力により、Yに帰属したと認められる。 

裁判所はこのように述べ、Xの主張(本件業務委託契約とは別途の発注に基づく作業であったことや、本件各動画は引渡し前だったこと)についてすべて退けた。

Xはその他の主張もしていたが、すべて退けられ、Xの請求はすべて棄却された。

若干のコメント

こうして、事案も判決文も要点だけを取り出して紹介すると、個人に対する業務委託の際、契約で知的財産権は発注者に移転(帰属)するということを定め、著作者人格権不行使や、著作権法61条2項の特掲も定めてあるのだから、何ら迷うポイントがないような事案に思えてしまいます。

しかし、本件業務委託契約で権利移転の対象(7条)も、納入の対象物(5条)も、基本は「成果物」となっている一方で、「本件各動画」が成果物であるということは実務上明確になっていませんでした。また、デジタルデータの場合「納入」や「引渡し」が観念しづらく、これらの規定の存在を前提にしても、本件各動画の著作権が一見して明らかにYに移転したとは言えない事案でした。そのため、開発・制作を伴う業務委託の場合、納入の対象、権利移転の対象を具体的に明確に定めておくことが重要だろうと思います。

また、本件は平成22年(2010年)には本件業務委託契約も解消され、提訴されたのが2021年ですが、なぜ10年以上も経ってから訴訟に至ったのか、判決文からは窺い知ることができません。時間が経ってからトラブルになった際には、口約束の立証はほぼ不可能であり、職務著作(著作権法15条)が成立しない限り、Xに権利が帰属したと認定された可能性も十分あります。そう考えると、シンプルな事案ながらも、契約書の作成・保存の重要性が改めて認識させられる事案です。