IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

履行の提供が認められて履行遅滞の責任が否定された事例 東京地判令3.3.17(平27ワ23788)

契約上の納期に遅延したものの、納期の変更が合意されたと評価したうえ、変更後の納期にベンダが成果物を提示したことが、有効な弁済の提供にあたるとして、履行遅滞の責任が否定された事例(民法492条)。

事案の概要

原告Kは有名寝具メーカーの代理店であり、原告Fは、原告Kの再委託先である。

原告Kと原告Fは、代理店受発注業務に使うシステム(本件システム)の開発を被告に委託することにし、原告Fと被告との間で平成25年10月26日、ソフトウェア開発業務委託基本契約(本件基本契約)と、業務委託個別契約」(本件個別契約)を締結した(両者を合わせて「本件契約」)。

本件個別契約には、主に下記の項目が記載されていた

本件システムの開発は難航した。原告Fは既存システムの設計書を保有しておらず、具体的な仕様の説明を受けられなかったため、被告は、既存システムを動かしてもらいながら説明を受けたり帳票を確認して設計・開発作業を進めた。被告は、設計書を原告Fに提示しても、実際に動かしてもらわなければ分からないなどとして内容の確認をしてもらえないことがあった。

途中でEDI部分の追加開発依頼があり(追加部分については契約書はない)、納期は平成26年4月30日へと変更された。

その後も開発は難航し、本件システムの納入期限は、被告の申入れにより、3度に渡って延期され、平成26年8月31日とされ、9月1日から本番稼働する予定だったが、予定どおりに本番稼働することはできなかった。

同年9月30日に、被告は本件システムが完成したとしてプログラムをインストールして確認を求めたが、原告らは、本件システムから出力される各帳票の確認をしないとプログラムが完成しているか分からないとして、プログラムを起動させなかった。被告は、別途、帳票を出力し、原告らに郵送した。

原告らは、被告が本件システムを完成させなかったと主張し、債務不履行を理由とする損害賠償請求権に基づき、原告Kにおいて約9600万円、原告Fにおいて約6800万円を請求した。

ここで取り上げる争点

被告の債務不履行の成否

裁判所の判断

裁判所は、履行遅滞(納期の遅延)と、システムの完成に分けて以下のように述べた。

(1)履行遅滞について

確かに、本件契約に当初定められた納期を遵守できていないとしつつ、

  • 納期が遅延した原因は、当初の開発対象に含まれていないEDI受注機能が含まれたものの、原告らからの追加契約もなく、被告はやむなく開発を始めたこと
  • 原告らが既存システムの設計書を所持していないなど、仕様の把握が困難であったことや、事後的な仕様の指摘、矛盾した指摘があったこと

などから、遅延の原因は原告らの要因が多いとした上で、一度は8月31日に延期され、さらに9月1日の稼働も延期された後は、明確な納期の定めがないまま作業が続き、9月30日には納品物が提供された。その後、原告らが運用テストを求めたが、被告は原告らの対応に嫌気がさして操作説明書等を読んで自ら運用テストを行うよう告げた。

これらの事実認定を踏まえ、裁判所は、次のように述べて9月30日以降の遅滞について債務不履行責任はないとした。

オ 本件審理に関与した専門委員の説明(第27回弁論準備手続期日調書別添)によれば,コンピュータ・システムの開発請負契約におけるテストには,①単体テスト(一つ一つのプログラムのテスト),②結合テスト(関係するプログラムを結合して行うテスト),③総合テスト(システム全体を通したテスト),④運用テスト(実際の運用をにらんだテスト)及び⑤受入テスト(①ないし④のテスト通じて判明した問題に対する解決策ないし回避策を施した納入物に対して行われる最終テスト)があり,①ないし③はベンダ(システム開発者)が主体となり,一般的にはテスト環境で行われ,④及び⑤はユーザが主体となり,一般的には本番環境で行われる。①ないし⑤のテストはいずれもベンダとユーザが協力することが肝要であり,ユーザが主体となってテストする場合,ベンダに支援を仰ぐためにテスト支援契約を締結することがあるとの事実が認められる。
カ 以上からすると,本件でも,④運用テスト及び⑤受入テストを行うためには,債権者である原告Fの環境において,原告Fが主体となって行うべきであるところ,当初は被告も,原告Fが主体となって行う運用テストに協力しようとしていたが,9月30日に原告Fを訪れた際にも,原告らが本件システムから出力される本件各帳票によるテストにこだわっていたことにより,債務者である被告は,原告Fに対し,弁済の準備をしたことを通知してその受領の催告をすることにより,有効な弁済の提供をなし得る状況にあったと解される(民法493条後段)。
キ そして,被告が,原告Fとの間で最終納期として定められた9月30日,本件システムを完成させたとして,本件プログラム等を原告Fの事務所に持ち込み,原告らによる運用テストが可能な状況においたことは,正に,弁済の提供に当たるものと認めることができ,少なくとも,被告は,9月30日以降の遅滞に関する限り,債務不履行責任を負うことはないと解される(民法492条)。

(2)完成義務の懈怠について

裁判所は、下記のように述べて、原告らが指摘する欠陥については瑕疵担保の問題に過ぎない等として、完成義務の懈怠を否定した。少々長いが引用する。

ア 原告らは,本件各送付帳票から,本件プログラムには,別紙2のとおり本件欠陥1ないし50の欠陥(本件各欠陥)があったと主張している。

イ この点,前記(1)キのとおり,被告が原告Fに弁済の提供をした本件プログラムは,本来,原告らが主体となって行うべき④運用テスト及び⑤受入テストをしないまま推移しており,被告としては,本件契約で被告がすべきものとして想定される工程を全て履行していると評価することができるから,そもそも,本件システムは完成しており,本件各欠陥は瑕疵担保の問題にすぎないと解される。

ウ もっとも,仮に原告らが主張する本件各欠陥が重大なものであって,およそ本件システムが完成していると評価し得ないものであれば,本件システムが完成したとは評価し難い。また,原告らは明確に訴訟物として主張していないものの,瑕疵担保に基づく解除の問題にもなり得るところである。さらには,本件システムについては,④運用テスト及び⑤受入テストという引渡しのための通常の検収工程が終了していないから,仮に本件プログラムに原告らが主張する本件各欠陥が重大なものであった場合には,被告は,本件システムの完成義務を怠ったものとして,債務不履行責任を負う余地があるとも解される。

エ しかし,別紙3のとおり,本件各送付帳票について個別に判断しても,本件各欠陥に関する原告らの主張は,いずれも立証がないといわざるを得ず,本件全証拠によっても,本件プログラムに欠陥があったとは認め難いし,いくつかの点において本件各欠陥の存在が認められたとしても,短時間での修正が可能なものであるから,およそ本件システムが未完成であると評価せざるを得ないような重大な欠陥があるとは認め難い

オ なお,別紙3のとおり,本件各欠陥について立証がないとした理由の多くは,原告らの本件各欠陥の主張が,実際に原告らの実施環境で本件システムを稼働させた際の状況に基づくものではなく,被告のテスト環境において被告担当者のオペレーションにより出力した帳票(本件各送付帳票)に基づいていることが原因となっている。確かに,本件各欠陥の中には,原告らの実施環境で実際に本件システムを稼働させた際にも,生ずる可能性があるものがあることは否定しきれない。しかし,弁論の全趣旨によれば,原告らと京都西川との取引が中止された今日,原告らの実施環境において,実際に本件システムを稼働させることは不可能であるから,本件における原告らによる本件各欠陥の立証をすることも不可能である。

カ なお,前記認定事実(13)及び(14)のとおり,原告らは,被告が8月以降,何度も原告Fの元を訪れ,最新の本件プログラムをインストールし,原告らの実施環境で実際に本件システムを稼働させ,運用テストに協力しようとしていたにもかかわらず,原告らが本件システムから出力される本件各帳票によって正確性を確認することにこだわり,被告の協力のもとで運用テストを行う機会を自ら失ったことにより,受領遅滞に陥ったものである。以上の状況の下では,本件において,原告らによる本件各欠陥の立証に困難を伴うこと自体は,それはやむを得ないものとして原告らにおいて甘受するほかないものと解され,かく解することが当事者間の公平にかなうものというべきである。

つまり、被告が実施すべき工程はすべて履行されているため、そもそも完成したと扱うべきで、欠陥があるとの主張は、完成を前提とする瑕疵担保責任の主張に過ぎない*1としつつ、完成したとは評価できないほどの重大な欠陥があれば完成を否定することも考えられるが、そのような立証もないとした。さらには、原告らは自ら受領遅滞に陥ったのであって、立証が困難になったのもやむを得ない(=自業自得である)とした。

以上より、被告の債務不履行はなく、請求はすべて棄却された。

若干のコメント

既存システムの仕様が明らかでないために、要件・仕様の確定が困難だった、などという話はよくありますが、本件で重要だと感じたポイントは、①納期を延期した際の取扱いと、②ベンダから成果物を納入された際の取扱いです。

実務上、契約で定められた納期を延長し、リスケジュールしたうえで作業を進めるということはしばしば発生していますが、変更契約の締結をしていない場合、債務不履行履行遅滞)状態が続くのか、事実上変更の合意があったといえるのか、悩ましいことが多いです。

例えば、東京地判平29.1.20では、実務上のやり取りにより、延期が黙示的に合意されたとされており、本件も同様の扱いがなされています。他方で、東京地判平22.5.21では、遅延したスケジュールを前提として作業をしていたからといって、納期延長を承諾したとは認められないとしたケースもあります(東京地判平26.4.7も同様)。

そのため、合意による変更と言えるか(遅延の責任を問わないこととするか)は、事後的に揉めやすいため、できればはっきりとスケジュール変更の責任の所在を明らかにしておきたいところです(そもそもリスケジュールする段階で、そのようなやり取りが現実的には困難であることは承知していますが)。

また、次に、ベンダから成果物を納入された際、定められた手順に従った検査をせず、独自の判断で別の要求(本件では帳票の出力結果を要求すること)をすることはユーザにとって極めてリスクの大きいことです。いわゆる「みなし検収」の規定により、一定期間経過後に報酬支払義務が生じることにもなりますし、完成を否定したり、契約不適合責任(瑕疵担保責任)を問う際にその具体的な欠陥を立証することができなくなってしまいます。

確かに、明らかに品質が整っていない成果物を、早く代金を回収したいがために投げ込むように提出するベンダもいないわけではありません。だからといって、そのような場合に中身も見ずに送り返したりするのではなく、明確な理由を添えて「不合格通知」を出すようにすべきでしょう。

 

*1:2020年改正前民法のもとでは、請負契約において目的物の完成が認められれば報酬支払義務が発生し、その目的物に欠陥がある場合には、完成後の瑕疵担保責任の問題だとして別に扱われていた。