IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

分割検収があった場合の解除の効力 東京地判平25.7.18(平24ワ5587)

開発を委託したシステムが開発しなかったとして,契約解除した場合において,分割検収の方法により,検収済,支払済の既払い金について返還を求められるかどうかが問題となった事例。

事案の概要

靴,カバン等の製造販売業Xは,基幹システムの刷新を検討しており,ソフトウェア開発業Yに対し,見積を委託した。


Yの平成22年5月の提案によれば,クラウド対応のパッケージソフトが,Xの業務への適合率が80%以上と見込めることから,これをカスタマイズして導入することによりコスト削減が見込まれるというものだった。


そこで,XはYに対し,同年7月に,基幹システム(本件システム)の開発を委託した(本件請負契約)。業務内容は,以下から構成され,報酬は8400万円で,最終の検収時期は平成23年1月31日とされた。


報酬支払条件は,基本設計,詳細設計・制作,テストという3つの工程に分けて分割して検収し,それぞれ1050万円,2100万円,5250万円を支払うこととされた。


Yは,第1回,第2回の検収を終えて,Xは,平成22年12月末日までに合計で3150万円を支払った。しかし,Xへの最終納品が遅滞していたことから,Xは,報酬残額の半額である2625万円のみを平成23年3月末に支払い,残額については,仕事が完成した時点で支払うことが合意された。


しかし,本件システムの導入は延期された同年5月1日にも間に合わず,再度,同年9月1日に延期された。一部の機能については本番稼働が開始していたが,さらなる調整が必要な状態が続いていたことから,XはYに対して同年12月29日に本件請負契約を解除する意思表示をし,既払金の合計5775万円の返還を求めた。


Xは,その後完全に本件システムから旧システムに戻した。

ここで取り上げる争点

(1)Yに債務不履行があったか
(2)Xは検収済みの工程を含めた本件請負契約全体を解除できるか

裁判所の判断

争点(1)について

裁判所は次のように述べて,本件システムの導入目的等に照らしてYに債務不履行があったとした。

本件請負契約の目的は,当時原告に導入されていた○○システムが受注及び出荷のみを管理するシステムだったところ,KITの開発した本件システムをカスタマイズして原告に導入することによって,原告の商品物流に関し,商品管理,販売管理,在庫管理,債権債務管理,会計管理,統計分析等の機能を一元的に管理し,データを連動させて,データ入力作業,出荷作業,棚卸作業等を簡素化し,在庫管理を行って,コストの削減や経営の合理化を目指すことにあったにもかかわらず,被告は,原告との合意によって数度にわたって延期された最終の納入期限である同年10月1日の時点における受注・出荷機能に限っても,それまで○○システムによって実現されていたと同程度の機能を果たすために10名程度のエンジニアを無償で派遣して手作業によるサポートに当たらせていたのであり,その状態は,同年12月29日の本件解除の時点でも解消されなかったことが認められる。その時点で,当初の納入期限である平成23年1月31日からみれば約11箇月遅延していたことも併せ考慮すると,本件解除の時点で,本件請負契約の当初目的を達成することは既に不能となっており,したがって,被告に本件請負契約上の債務不履行履行不能)があったと認めるのが相当である。


争点(2)について

裁判所は次のように述べて,各工程で定めた納品物をそれぞれ検収して対価を支払うということを定めていた場合には,各工程の納品物が完成し,検収を受けている場合には,解除の効力が及ばないとした。

本件請負契約においては,報酬支払期限は分割検収と定められ,各工程であらかじめ定められた納品物の対価として,納品物の検収の翌月末日までに,各工程に応じた報酬を支払うものと定められていたことが認められる。そうすると,各工程の納品物(目的物)が完成し,検収を受けて引き渡されている以上は,その工程に関しては,原則として,本件解除の効力は及ばず,また,そうでなくても,解除時点で既に完成し引き渡された部分に関しては,解除の効力は及ばないと解するのが相当である。

そこで,第1回,第2回分の検収に基づいて支払われた3150万円については,原状回復として返還を求めることができないとした。


第3回分の5250万円のうち,半額の2625万円が支払われているが,この点については暫定的,折衷的に前払したものだとした。

(ウ)制作・テスト工程については,本件請負契約で定められた納品物は,[3]操作運用マニュアルとされている。しかしながら,本件請負契約においても,その検収月は,本件請負契約に基づく最終の納品物である実行モジュール一式の納入期限と同日とされ,この工程の検収によって,本件請負契約における報酬総額を支払うことになるのであるから,この工程の報酬5250万円が,[3]操作運用マニュアルとのみ対価関係にあると認めることはできず,(ウ)制作・テスト工程の報酬5250万円は,本件請負契約に基づく最終的な仕事の完成,すなわち本件システム全体の完成及び稼働と対価関係にあるとみるべきである。
(略)
さらに,原告は,平成23年3月30日,(ウ)制作・テスト工程の報酬の半額に相当する2625万円を被告に支払っている。しかしながら,上記1の認定事実を総合すれば,この原告の支払は,本件システムの開発遅延への対応を原告と被告らで協議する中で,いわば暫定的,折衷的に前払をしたものと認められ,同年1月6日に検収した[3]操作運用マニュアルの対価であるとはいえないし,その支払をもって,その額に相当する仕事が完成し原告に引き渡されたとみることもできないというべきである。


そして,一部の機能が本番運用まで供されていたという点について,「本件解除までに完成・引渡しをされたのは,制作・テスト工程で予定されていた仕事のうち5割には到底満たず,3割にとどまる」として,報酬残額5250万円のうち,3割相当の1575万円について解除の効力は及ばないとした。


結局,報酬残額のうち,XがYにすでに2625万円支払っているから,その差額の1050万円についてのみ返還を認めた。

若干のコメント

ある程度の規模のシステムになると,開発期間が長期間に及ぶことから,本件のように工程に応じて多段階に検収,支払が行われます。本件では,契約の個数としては1個と見るべきでしょうが,基本契約+個別契約の形式で多段階での契約が締結されることも多いです。


本件では,分割検収が行われた場合において,最終的な本番稼働に至らなかったとしても,解除の効力には検収済みの工程には及ばないこと,さらに解除の時点で完成・引渡しされたとみられる出来高部分については及ばないということを判断しました。


ユーザにとってみれば,結局,一部完成していたとしても,本件におけるXのように旧システムを使い続けなければならず,全体が完成しない限り,遡及的に解除の効力を及ぼすべきで,分割検収の合意などしなければよかった,ということになるでしょう。


ただし,本件は,システムが未完成のままプロジェクトを終えた場合の一般論まで述べたものではなく,部分的とはいえ本番稼働していたという事情を汲んで判断したものと思われます。納品行為が行われることなく完全にプロジェクトが頓挫したという事例では,スルガ銀行vsIBM事件が有名ですが,不法行為責任を追及したこともあり,本件とは異なる判断枠組みが用いられています。