IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

重大な不具合と仕事の完成 東京地判平16.6.23(平12ワ23214号)

実務上必要な機能が実装されておらず,不具合があった場合における報酬請求,契約解除の可否について。

事案の概要

旅行業者Yは,ベンダXに対し,平成11年3月25日,Yのサイトに航空券の申し込み,決済の機能を追加することを目的とする開発を委託した(本件開発契約)。代金は,ステップ1,2の合計で約3400万円だった。Yは,Xに対し,平成11年12月までに,ステップ1の全額とステップ2の一部である合計約2600万円を支払った。


上記のほか,YはXに対し,サーバ構築を目的とする業務を約24万円で委託し,同じくサイトの運用保守管理業務を委託した(本件運用保守契約)。Xは,平成12年4月から8月まで運用保守管理業務を実施したが,これに対する報酬は支払われていない。


Yは,Xに対し,開発対象となっているはずの遠隔操作機能が実現されていないとして,平成11年11月に本件開発契約を,平成12年8月に本件運用保守契約を解除する旨の意思表示を行った。


Xは,開発が完了しているとして,開発代金の残額と,運用保守代金の合計約1100万円を請求したのに対し,Yは反訴として,本件開発契約,本件運用保守契約を解除したことによる原状回復請求として,既払代金の合計約3000万円の返還を求めた。

ここで取り上げる争点

(1)Xの仕事は完成したか。
(2)本件開発契約,本件運用保守契約の解除によりXに原状回復義務が生じるか。

裁判所の判断

争点(1)(仕事の完成)について。

そもそも「遠隔操作機能」の実現が契約の内容となっているかどうかが問題となっていた。次のように述べて口頭での仕様追加が認められている。

本件ソフト開発契約の仕様書には、遠隔操作機能について記載されていない。しかし、もともとソフトウエアの仕様書は複雑なものであり、専門家でなければ容易にわかり得ないものであるから、仕様書に記載がないからといって、契約の内容になっていないということはできない。証拠によれば、旅行業界においては、例えば航空券の場合、時期によって料金が異なったり、料金が変更されたりするため、その都度これを原告に依頼して行うのではなく、遠隔操作機能によって、被告が直接サーバーのデータを変更することが不可欠とされていること、被告も、そのような観点から、契約締結に先立ち、原告との打ち合わせの過程で、そのことを原告に伝え、原告の了解を得ていたこと、その結果、原告が作成した構成図には、「リモートメンテ機」として、遠隔操作機能を示す記載がされていること、(略)以上の事実が認められる。
 上記認定の事実によれば、遠隔操作機能については、本件ソフト開発契約の仕様書には記載がないものの、原告は、被告から、口頭で、遠隔操作機能の開発依頼も受けたものというべきである。

そして,完成していたかどうかについては,次のように述べて完成を否定し,残代金の請求を認めなかった,

次に、原告が本件ソフトを完成させたか否かについて検討するに、証拠によれば、被告は、本件ソフトによって、ウェブ上で旅行商品を販売し、決済まで完結できるシステムの構築を目的としていたこと、したがって、被告にとって、個々のプログラムはできていても、決済まで完結するものでなければ、ウェブからの申込みが完結しないため、意味のないものであったこと、そのことは、被告との打ち合わせの過程で原告も承知していたこと、ところが、本件ソフトは、複数の代金決済が集中すると待ち時間が発生し、ついには固まってしまうという不具合が頻発したこと、その割合は、(略)決済成功率は32.5%にすぎないこと、その上、本件ソフトには、遠隔操作機能がなく、これを追加する拡張性もないことが判明したこと、原告担当者も、このような本件ソフトの欠陥を認め、「原告で開発したソフトには問題があり、またこれを改修することは原告では無理と思われるので、他のソフト会社を探してほしい」旨の発言をしたこと、そこで、被告は、原告に本件ソフトの開発を依頼することを断念し、他のソフト開発会社に依頼することにしたこと、以上の事実が認められる。
 上記認定の事実によれば、被告にとって、本件ソフトは、決済機能が十分に機能し、かつ、遠隔操作できるものでなければ意味のないものであったところ、本件ソフトは、このような決済機能が十分に作動せず、遠隔操作もできないものであったものであるから、そのようなソフトによっては、被告は、契約の目的を達したことにはならず、本件ソフトは、被告にとって欠陥が著しいものであり、未だ完成したものとはいえないというべきである。


Xは,みなし検収合格の規定を援用したが,検収に必要な協力作業がなかったとして,みなし検収の適用を認めなかった。


争点(2)(原状回復請求の範囲)について

仕事の未完成を認めた以上,反訴請求であるYからの本件開発契約に基づく既払い金約2570万円について,返還義務を認めた。


他方で,本件運用保守契約の既払い金については,

(本件運用保守契約)は、準委任契約(民法656条)であり、継続的契約に当たるから、その契約の解除は、将来に向かってのみ効力が生じ(民法652条)、過去に遡って効力が生じるものではない。したがって、被告が、平成12年8月22日に本件業務委託契約2を解除したからといって、それまでに被告が同契約に関し原告に支払った452万0303円の返還を求めることができるものではない。

と,履行期間中の報酬返還は認めなかった。

若干のコメント

本判決で一番注目したのは,仕様書にはない「遠隔操作機能」が,仕事の目的となっていたか,という点です。「当裁判所の判断」の冒頭部分で,システム開発は複雑だから,仕様書に記載されていないからといって契約の内容になっていないとはいえない,と,契約法務を否定するような表現から始まっています。一般には,契約書に記載のない範囲について,口頭による仕様への取り込みが認められにくいように思われるのですが,業界の一般常識や,担当者間のやり取りや,開発期間中に作成された書面の内容に基づいて,仕様の一部に取り込まれていることを認めています。本件では,ユーザであるYの立証活動が奏功したといえますが,やはり,重要な機能については,契約書からリファレンスが取れる形で記載しておきたいものです。


また,本件では,仕事の未完成を理由に解除を認めていますが,裁判所に認定された事実からすると,代金決済が集中すると待ち時間が長くなるとか,決済データの成功率が低い,といったことから,実際に本番稼働にはたどり着いたように思われます。最近の裁判例では,そのようなケースでは仕事の完成は認めたうえで,瑕疵担保責任の問題として処理している場合が多いように思いますが,仕事の完成と瑕疵担保責任が混同されているような印象を受けました(どちらも債務不履行だということには違いがないですが)。