IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

ゲームソフトの納期遅延による逸失利益請求 東京地判平19.4.25(平16ワ20848号,平17ワ10347号)

ベンダからの開発業務の追加委託料請求と,ユーザからの債務不履行解除に基づく原状回復請求が問題となった事例。

事案の概要

平成15年5月以降,数度に分けてコンピュータソフトウェアの研究開発業であるXは,パチンコ機械器具の研究開発・製造販売業のYから,パチスロ機の液晶映像制作業務,液晶映像制御プログラム設計,楽曲制作業務に関する業務を受託した。その後,両契約に関する追加費用として,合計1596万円を支払う旨の合意がなされた。


上記とは別に,Xは,Yからプレイステーション2向けソフトウェア(本件ソフト)の開発を受託した(対価の総額2625万円)。発売は,平成16年7月を予定していたが,進捗状況が芳しくなく,納品が遅れた。この間,XからYに対し,納品が遅延したことに関する顛末書等を添付した謝罪書面が提出されるなどの経緯を経て,YからXに対し,解除の意思表示がなされた。


Xは,Yに対し,上記の追加費用支払合意に基づいて1596万円の支払いを求め,Yは,PS2向けソフトの開発遅延により同ソフトの開発委託契約を解除したとして,既払いの1050万円の返還請求のほか,逸失利益等の約1.7億円の支払いを求める反訴を提起した。


結局,他の開発業者が担当して開発し,当初の販売予定から5カ月ほど遅れて本件ソフトは発売開始された。

ここで取り上げる争点

本件では主に反訴請求を取り上げる。
(1)Xの本件ソフト開発に関する債務不履行の有無。
(2)Yの損害の額

裁判所の判断

争点(1)Xの債務不履行について


裁判所は,次の事情から,Xの債務不履行を認め,Yによる解除は有効だとした(適宜改行挿入)。

納期である5月6日当日に突然,原告から被告に対し,同日中にファーストマスターを納品するのは不可能になったとの連絡があり,AがBに対し,R社のプログラマーが作業を中断してしまったことやファーストマスターを一応完成させるまでには約1か月を要することなどを説明したこと,
被告は,善後策を書面で報告するよう原告に要求するとともに,原告から作成途中のソフトの引渡しを受けてその完成度合の調査をPに依頼したところ,Pからは製品化できる内容ではないとの回答があったこと,
そこで,被告は,原告に本件ソフトの開発をこのまま委ねて良いものか否かを検討するため,今後の開発計画につき詳細な説明を記載した書面を提出するよう原告に要求したこと,
原告がこれに応じて提出した本件文書には,ルモン社において作成していたソフトは品質に問題があり,完成させるのは困難であると判断したので,本件ソフトをαバージョンから作成し直し,同年9月13日にファーストマスターを提出する(11月には発売が可能であるとする。)新たな開発計画について許可を得たい旨記載されていたこと
が認められるのであり,前記事実によれば,原告には,ファーストマスターの納期を遵守しなかったという債務不履行があるものと認められる。

さらに,Xからの反論に対して,

(Xから提出された本件文書には)「納期日延長を認めていただけますようよろしくお願い申しあげます」とした上で,顛末書の総括として,R社において作成していたソフトには品質に問題があることが発覚し,この状態で完成まで到着することは困難と判断したので,修正計画書等にある計画での再スタートの許可を賜りたいとしている

などの事実を重く見て,新たな開発計画に関する合意が存在したとするXの主張を採用しなかった。


争点(2)Yの損害額について

結局,Xの開発が遅延したことにより,本件ソフトの発売開始が遅れたという因果関係があるから,裁判所は以下の損害を認めた。


まず,業界雑誌に「7月発売」などという広告を製作して掲載したこと等の費用として約240万円。


YにおけるXとの交渉,協議の工数は544万円と主張されたが,その「控えめに算出して」その5割である272万円。


最終的に本件ソフトの発売は約5か月遅延しているが,その間の販売機会の喪失について,パチスロ機のゲームソフトという特殊性をとらえて,実機の投入時期からソフト発売までの期間がソフトの販売本数に影響を与えるとしつつも,損害額の立証は困難であるとして,民訴法248条を適用した。


具体的には,家庭用ゲーム機のソフトウェア業界における市場調査,コンサルティングにおいて実績のあるメディアクリエイトの提出した損害算定書を証拠として採用し,「損失販売本数」を同算定書が算定した96,741本の4割の38,696本だと認定した。


そして,その平均利益の額を,1843.72円として,逸失利益の合計額として7134万4589円とした。


なお,Xからの本訴請求については,その存在を認めたうえで,Yによる相殺の意思表示により消滅したとされて,その差額についてYの反訴請求を認容した。

若干のコメント

一般に,システム開発が遅延あるいは中止した場合においては,その逸失利益が認められることはありません。なぜなら,当該システムは社内の業務で利用するためのものであり,仮にそのシステムがなかったとしても,その業務は旧システムあるいはシステムを使わない方法によって実施されていたと考えられるため,逸失利益が観念しにくいからです。確かに,新システムの導入によって「下がるべきコスト」が下がらなかった,という主張は考えられますが,それを立証するのは極めて困難でしょう。


他方,本件のように発売時期が明確であったゲームソフトについては,販売が遅れたことによって,売り損なったソフトの本数に相当する利益は損害として観念できます。しかし,7月に発売する予定だったソフトが,12月にずれたとして,何本売り損なったのかは容易に判明しません。


この点は,市場調査会社のレポート等(内容は判決書からは明らかになっていません。)を駆使して立証を試み,裁判所は,出された数値から民訴法248条を適用しつつ,慎重な判断をしています(なぜ4割に減じたのか,理由は明らかではありません。)。


この種の逸失利益の算定が難しいことを示す事例です。