IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

システム未完成の原因がユーザにあるとされた事例 東京地判平21.5.29(平18ワ16280)

ユーザの担当者の交代などもあって,システムの追加,変更要望が従前の注文内容を超えたものであって,本件システムの未完成は,ベンダの債務不履行によるものではないとされた事例。

事案の概要

飲料製造販売業Xは,平成16年9月30日に,ベンダZに生産,在庫,出荷管理システム(本件システム)の開発を委託し,Zは,開発をベンダYに再委託した(実際には順次下請けが繰り返されたので曾孫請)。概算予算は2000万円とされていた。Yが請け負ったときには代金は600万円と聞かされていた(その後,XZ間の請負契約のZの契約上の地位は,Yに承継された。)。


要件は細部まで固まっていなかったことなどから,本件システムは,順次制作,納品をするという方法がとられた。しかしながら,X側の担当者が業務に精通していない,意思疎通が取れていないなどの問題点もあり,プロジェクトは難航した。


Xは,Zに対し,本件システムの開発代金として約2500万円を支払った。しかし,納入されたシステムは運用に耐えないとして,Yに対し,既払金の返還,損害賠償等,合計で約3000万円の支払いを求めた。なお,Yは,Zあるいは直接の発注者から受け取った代金は25万円のみであった。

ここで取り上げる争点

本件システムが完成しなかったことは,Yの債務不履行にあたるか。

裁判所の判断

断片的で長くなるが,裁判所の認定した事実のうち,ユーザ側の問題点を抜粋する。

(生産管理課長Gと,生産技術課長Fに加えて)本社のD次長,E課長とともに,4名が,本件システム開発の原告における責任者となった。

しかし,D次長やE課長は,工場側の業務について精通していなかった上,Xにおける本件システム開発のプロジェクトメンバー相互間の連絡調整システムが決められておらず,例えば,F課長が気づいたことがあっても,本社のD次長やE課長との意思疎通が十分行われず,直接,Yに対して意見を述べたり,注文をつけたりしており,証人Fは,本社のことは分からないと供述する状況であって,発注者側であるxにおける認識の共通化,意思の統一が図られないまま,特にプロジェクトメンバーは4人に限られているにもかかわらず,ブライト側で求めていた窓口の一本化がされず,Xとしての共通認識,統一見解が形成されないまま,本件システム開発が進行していった。

「マイナス在庫」がXとして必要不可欠の業務内容であることは本件システム構築の当初からZに告げてあったことである旨の記載があるが,証人Fは,同人は,「マイナス在庫」なるものの意味や必要性は分からないと証言するところであり(略)

工場側の勘定科目の補助科目と本社側のそれとに食い違いがあることもあり,本件システム構築のためには,X内部における補助科目の用語統一等すらも必要な作業であった。しかし,X社内には,当時,上記各業務全般にわたって詳細に精通した者がおらず,本件システム開発が進むにつれて,順次,問題点が浮かび上がる状況であった。

会議の方法そのものが,事前に,X社内で十分検討,整理した上で,開発者側であるZに伝えるのではなく,上記4人のプロジェクトメンバーのほかに関係部署の者がその都度出席して,その場で思いついたことを発言する状況であり,本社側の要望と工場側の要望とには食い違いがあることもあり(略)どのような機能を持つシステムとするかについて,X側の考えにつき最終調整を図った上で,受注者であるZに示すべきであったのに,これが行われなかった

X側窓口が一本化されていなかったため,X側の者が個別的に意見を述べる状況が続き,Y代表者は,その都度,必要と思われる修正をしていったが,Y代表者が話を聞いた中でも,受注担当者と経理担当のE課長との間ですら意思統一がされておらず,前記会議においても,X社員同士で議論になってしまう状況もあった。

このような状況の中で,Zは平成17年3月2日に「基本設計書兼詳細設計書第一フェーズ」をXに提出した。その設計書は,最終的に17回の改訂が行われており,

・・と新規追加,削除,修正が繰り返された結果が追記されているものであり,要するに,本件システムの発注内容がこの段階でもなお変動し続けていたことが明らかである。


さらに,Xに痛い事実が指摘されている。

本件システム開発途中において,D次長から,どのようなシステムかが素人目にも分かり易くなるように,プレゼンテーション用のソフトを作ることを求められ,Yがこれを制作してCD−ROMで提供したことがあるが,F課長も,G課長も,上記CD−ROMを本件システムそのものと誤解しており,G課長は,F課長から受け取ったCD−RONをパソコンに入れて,操作してみたが,入力画面にならないとか,入力することができないなどと直接Zに述べたりしていた。Zからは,試しのものであるから当然であると言われたが,このような誤解が発生していることの理由について本社に問い合わせたりすることもなく,単に,試しでも動かないソフトでは意味がないと内部で話したりしたにとどまった。

その後,逐次納品が完了し,代金支払は完了し,E課長が退職,D次長も平成17年5月,8月にそれぞれ退職した。後任のHには十分な引継がなされなかった。


以上のような経緯を踏まえて裁判所は次のようにまとめている。

本件システム開発についての請負契約である原契約の内容は,原契約締結の時点では,本件システムの内容,すなわちZが履行すべき債務の内容も,その対価たるべき代金額も,概要,概算が合意されたにすぎなかったものであり,原契約締結後,概算予算を維持しつつ,その範囲内で制作し得るシステムの内容について,D次長を中心とするX側担当者と開発側であるZらとの間において,順次,具体的内容が確定されていき,これに沿って制作が行われ,逐次納品の方法により納品がされ,一旦全体の納品が済んだ段階で,代金が完済され,後は,バクの修正を残すのみとなっていたものであるが,その後,X側の担当者であったE課長,D次長がXを退職してしまい,従前の契約内容の確定経過を知らないHが,D次長らから殆ど引継ぎを受けないまま,本件システムのあるべき姿を自ら独自に検討して,従前の注文内容を超えた,あるいは従前の注文内容と異なる別個の内容の注文,要請を繰り返し,Yが,Hの上記注文,要請に応えようとして,本件システムに追加,変更を加えていった結果,バグの修正どころか,本件システム全体が完成しなくなってしまったものである。

資金繰りに窮したZに代わって,請負人の地位を承継したYへの配慮を示しつつも,次のように述べている。

しかしながら,XとZとの間の原契約上のZの債務内容は,平成17年3月初めまでの間に,「基本設計書兼詳細設計書第一フェーズ」(乙第1号証)によって確定されたのであるから,本件合意により,Zの請負人の地位を承継したYが負担する債務も,確定されていた上記債務内容にとどまるといわなければならない。その後,Hが,Xに入社した後,Xにとってあるべきシステムの姿を新たに見直し,構想して,Yに指示した内容は,原契約における約定内容を大幅に超える内容のものであったというほかなく,Hが自ら新たに構想したあるべきシステムの内容を実現しようとするのであれば,原契約の締結,その後の債務内容の確定経過を具体的,詳細にわたって理解した上で,これを超える内容のものについて,追加,変更契約を締結して,本件システム開発を進めるべきであったというべきである。

Xは,Xに納品されている本件システムについて,様々な不具合があると主張するが,本件システム開発打ち切り時点で,バグがなお残っていたことは認められるものの,その原因は,前記のとおり,一旦,原契約に基づく債務の履行を終え,バグの修正を残すのみとなっていたのに,新たにXに採用されたHが,既に確定され,履行された原契約に基づく従前の注文内容を超えた,あるいは従前の注文内容と異なる別個の内容の注文,要請を繰り返すに至り,Yが,Hの上記注文,要請に応えようとして,本件システムに追加,変更を加えていったことにあるのであり,これをもって,原契約上の債務の不履行ということはできない。

として,Xは「従前の注文内容を超えた要請を繰り返したもの」としてYに債務不履行はないとされた。

若干のコメント

ユーザ側のプロジェクト担当者の意見がまとまらず,さらには途中でキーパーソンが退職し,後任に引き継がれないまま「あるべき姿」の見直しからやり直しをするという恐ろしい状況があった事例です。


被告となったYは不幸・不運としかいいようがなく,実質的な開発業務をすべて負担しながらも,元請けとなったZが開発代金を受領したまま支払われることはなく,未完成の責任までも危うくとらされるところでした。とはいえ,Yとしても,うまくXをリードするなどして,要求を打ち切るような手筈を早めにとる余地はあったと考えられます。


ユーザの要望がまとまらない,変遷する,迷走するという様子は,主に証言から認定されていますが,審理に3年間を要したことから,かなり手間取ったものと思われます。