IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

本番稼働しなかった場合におけるベンダの債務不履行の有無 東京地判平24.5.30(平21ワ19098号)

システムは本番稼働しなかったが,個別契約に債務不履行はなく,ユーザからの既払い金返還請求が否定された事例。

事案の概要

Xは,エレクトロニクス事業部門の販売・生産管理を一元管理するシステムの開発を計画し,RFPを複数社のベンダに提示し,平成17年12月に開発ベンダYのパッケージソフト「EXPLANNER/J」を使用するシステムの提案を採用した。その後,XY間では,平成18年2月以降,順次個別契約を締結し,それぞれ納品,支払がなされていった。


ここで締結された個別契約とその経過の概要は以下のとおりであり,多くの契約が締結され,順次,XからYに代金が支払われた。
契約1(1) 企画フェーズ技術支援契約(平成18年5月30日納品)
契約1(2) 生産支援システム仕様化フェーズ設計委託契約(同年9月29日納品)
契約1(3) 生産支援システム仕様化フェーズシステム設計委託契約(同年12月27日納品)
契約1(4) 原価管理システム仕様化フェーズシステム設計委託契約(同日納品)
契約1(5) 生産支援システムソフトウェア開発委託契約(平成19年3月7日納品)
契約1(6) ACOS連携ソフトウェア設計開発委託契約(同年8月27日納品)
契約1(7) 原価管理システムソフトウェア開発委託契約(同日納品)
契約1(8) 生産支援システム機能追加要件対応設計開発委託契約(同年7月31日納品)
契約1(9) 生産支援システム10月度追加設計開発委託契約(同年11月27日納品)
契約1(10) 生産支援システム1月度追加設計開発委託契約(平成20年3月25日納品)
契約1(11) 生産支援システム移行・運用支援契約(平成19年8月27日納品)
契約1(12) 生産支援システム移行・運用支援契約(同年7月31日納品)
契約1(13) 生産支援システム移行・運用支援契約(同年11月27日納品)
契約1(14) 生産支援システム移行・運用支援契約(平成20年3月25日納品)
契約1(15) 生産支援システム移行・運用支援契約(平成20年4月25日納品)
契約2(1)ないし(3) EXPLANNER/J及びミドルウェアの売買契約


以上の経過を経て,総合テストで多数の課題が見つかりつつも,平成19年10月にはXにて本番稼働に着手したが,さまざまな障害があり,まもなく稼働を中止した。その後も,XY間はシステムの移行計画検討を続けたが,Xは平成20年6月にシステム構築の開発中止を決定した。


XY間の契約1(1)から(15)には,YがXに対して損害賠償債務を負担する場合には,受領したそう合計金額を限度とする旨が定められており,損害賠償請求権は検収完了日から6か月以内に行う必要があるとされていた。


Xは,YがXのビジネスモデルに合わせて調査し構築するという基本方針に従わないでシステムを構築せず,本番稼働に至らなかったことは各個別契約の債務不履行にあたるとして,開発契約関連の既払い金合計の約1.5億円と,ミドルウェアの購入代金約3500万円(こちらは不当利得)の返還を求めた。

ここで取り上げる争点

(1)Xのシステム構築の基本方針
Xは基本方針に合致したシステムを開発しなかったことが債務不履行にあたるとしていたため,その基本方針とは何かが問題となった。

(2)各個別契約における債務不履行の有無

裁判所の判断

争点(1) Xのシステム構築の基本方針

Xは,自己の業務に適合するようなシステムの開発を委託したと主張したのに対し,Yは,パッケージを提案している以上,パッケージに適合させることが方針になっていたと主張した。この点について,裁判所は,契約1(1)締結直後の平成18年2月14日に開催された生産支援システム構築キックオフ大会において,Xの事業部長が「(当社の)業務フローと標準パッケージが合わない部分は,我々の業務をパッケージに合わせる」旨の資料を配布して宣言したとして,パッケージに合わせる方針であったと認定した。


このあたりは,裁判所はXの主張に丁寧に付き合って,Yが説明義務を果たしていなかったという主張に対しても,次のように退けた。

Xは,Yにおいて本件新システム構築の基本方針について説明すべき義務を負うのに,Yは口頭説明をせず,フィッティング型についての説明書や,本件パッケージの標準機能で実現できる業務フローの交付もなく,契約書,スケジュール表,分担表のいずれについても,Yの主張するような基本方針,役割分担は記載されていないとし,これらをもってYの示した基本方針はカスタマイズ型であると主張する。しかし,Xの指摘するような事情があるとしても,これらをもって,Yがカスタマイズ型の基本方針を提示したなどいうことはできない。むしろ,Yの最終提案書は,その記載内容からみて,本件新システム構築の基本方針をフィッティング型とするものであることは明らかであり,これにより本件新システム構築の基本方針の説明義務を尽くしているというべきである。

争点(2) 債務不履行の有無

そして,以後は,個別契約1(1)以下について,それぞれ債務不履行があったかどうか認定した。例えば,契約1(1)のフィットアンドギャップ分析については,

XとYは,本件契約1(1)後にフィットアンドギャップのやり方について協議をし,協議内容については議事録を作成し,これにXのHやCが承認の押印をしたこと,具体的には,第1回から第4回までの打合せで,本件パッケージの標準機能に関する説明を効果的に進めるために,Yは,Xが本件パッケージを適用したいと考えているシステム化範囲のヒアリングを行ったこと,その上で,第3回と第4回の打合せで,本件パッケージの標準機能の概略説明を行い,第5回ないし第9回の打合せで,本件パッケージの標準機能の個別説明を行ったこと,第10回と第11回の打合せで「フィットアンドギャップ」の結果の検討を行ったこと,Yによるフィットアンドギャップ分析の結果,本件パッケージとXの現状業務とのフィット率は78.9%であったこと,これは,他社の事例と比較してもフィット率は良好であって,Xの採用した本件基本方針を充たすものであったことは前記1認定のとおりである。

などとして,約定どおりにフィットアンドギャップが履行されたと認めた。


また,契約1(5)のマスタ整備支援については,

Xの上記主張は,マスタ整備支援についての具体的な役割分担の内容を明らかにしておらず,Yが具体的にいかなる点でマスタ整備の支援を行わなかったのかについても明らかでなく,Yの債務の内容及び債務不履行の内容があいまいであるといわざるを得ない。

などと,債務不履行を認めていない。


さらに,契約1(11)以下の移行・運用支援に債務不履行があったために本番稼働ができなかったという点については,少々長いが,以下のように述べて,Xの準備不足が原因であると断じた。

上記のデータ移行や,Xの従業員に対する教育段階(移行フェーズ)へのYの技術支援は,X側の受け入れ態勢が整わなければ実施できないものであった。しかるに,X側の上記受け入れ準備が整わず,平成19年1月にリ・スケジュールが実施され,同年6月以降本番稼働に向けて移行・運用支援フェーズに入った。Yは同年6月29日から同年9月28日までの間に本番稼働移行判定会議を開催し,Xのために移行と運用支援を行った。同年6月11日からXにより実施された総合テストで442項目の問題や課題が見つかったが,データ移行などはX側の作業が予定どおりに進んでいなかった。

しかし,Xは本番稼働の延期は許されないとして,同年10月9日に本番稼働を開始したが,種々の障害が生じたため,Xは同月22日に本番稼働を中止した。
(略)
本番稼働の中止後,XがYとの間で,移行・運用支援フェーズの追加契約(本件契約1(14)(15))を締結し,YはX側の作業の支援を行ってきたが,Xの作業が進まず,Xは平成20年6月に自らの判断で本件新システム構築の中断を決断した。

本件パッケージは市販ソフトウェアである上,Xの採用した本件基本方針の下で行ったアドオンやカスタマイズの内容や範囲は限定的なものであり,本件パッケージの基本的な部分に変更を加える性質のものではないから,稼働しないことは考え難い。

以上認定の事実のとおり,本番稼働が中止となり,ひいては本件新システム構築が開発中止に至ったのは,Xのデータ移行等の準備不足等によるものである。したがって,本番稼働が中止となったり本件新システム構築が開発中止になったりしたことをもって,Yがデータ移行等の支援をしなかったと推認されるものではなく,Xの上記主張は採用することができない。

結局,契約1(1)から(15)についての債務不履行はなかったとして,この部分のXの請求は否定した。


また,ソフトウェア,ミドルウェアの購入契約(契約2)について,本番システムの稼働が契約の要素になっており,要素の錯誤があったから無効であるというXの主張については,契約後に生じた開発中止という事情によって錯誤があったとはいえないとして,その部分についての不当利得返還請求を認めていない。

若干のコメント

約20個もの個別契約の締結,納品,検収,支払が繰り返されたものの,結局,本番稼働できなかったという事案において,すべての契約について債務不履行が否定されました。本番稼働ができなかったのは,ユーザのデータ移行の不備にあったというのが主な原因であり,ベンダに起因するものではないという判断がなされています。


結局Xは,2億円近い資金を社外に投下しても,方針がYとの間で十分にすり合わせられず,データ移行が間に合わなかったという理由で本番稼働できず,無駄な投資に終わってしまいました。


判決文を見る限り,多数の個別契約はあったものの,全体を通してみた基本合意のようなものは存在しなかったようです。スルガvsIBM事件でも見られたように,全体金額,スケジュールをユーザ・ベンダ間で握れていたかどうかは,結論に大きく影響しますので,本件のような「個別契約に書かれている義務はそれぞれ果たしている。債務不履行なし。」という事態を避けるには,全体方針を契約書レベルに落とし込んでおくべきだということになります。