IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

インフラに生じた不具合の責任 東京地判平18.1.23平13ワ26217号

ダウンサイジングの切り替え時及び切り替え後に生じたトラブルの責任について争われた事例。

事案の概要

流通VAN*1事業者であるXが,それまで利用していた自己のVANシステム(NECACOS)をダウンサイジングすることを意思決定し,平成5年11月に,Yからの提案を受けた。Xは,旧システムのアプリの移行,開発を行い,Yはインフラの構築を担当することとなった。その後,旧システムからの移行が行われ,新VANシステムは稼働を開始した。


Xは,稼働後に多数のトラブルが生じたことから,Yの債務不履行を理由に,約5億円の損害賠償を請求する一方で,Yは,未払い報酬約3000万円を請求した。

ここで取り上げる争点

YのXに対する債務不履行ないし不法行為の存否。特に,Xの指摘する15のトラブルについての帰責性について。

裁判所の判断

旧システムからのダウンサイジングであり,Yが旧システムの開発を担当していたわけでもなく,Yはインフラ,Xはアプリを担当するという役割分担から,

本件契約においては,XY間で一定の役割分担がなされ,Xは,Xが新システムにおいて業務に使用するAPソフトのコンバージョンや新たに必要となるAPソフトの作成,改造等を主体的に行い,Yは,Xの各種要求を受けて,その要求を満たすのに必要なインフラ部分(略)の開発を行うこととされており,本件契約はこのようなXY相互の協力義務を前提として成り立っていたものと認めるのが相当である。

相互の協力が前提とされた。


まず,稼働直後に通信系がスローダウン,ないし完全にダウンした等のトラブルについては,

Xは,新システムについて,総合テストを経ていない段階で,同年10月30日の本番稼働を決定したこと,トラブル?の後,YがXに対して過負荷テストの必要性を説明したにもかかわらず,Xは,これに応じず,平成7年1月29日を切替日と決定したことが認められ,

といったように,Yからの提案,説明に応じなかったことが不具合の原因だとして,Yの協力義務違反を認めなかった。


また,その他のトラブルについても,

コンピューターシステムにおいては,多数のハードウェア,ソフトウェアを使用してシステムを構築する関係上,作成したプログラムに一定の不具合が混入することが避けられない場合があり,そのような不具合については,通常はユーザーとメーカーとの間で保守契約が結ばれることによって対応されるものであるところ,そうでない場合であっても,コンピューターシステム構築契約が請負契約としての側面を有していることにかんがみれば,請負契約における瑕疵修補義務と同様,ユーザーから不具合の指摘を受けた後,メーカーにおいて遅滞なく補修を行えば,その契約上の義務を果たしたものと認めるのが相当であり,したがって,本件契約において,被告が,原告から上記のような不具合の指摘を受けた後,遅滞なくこれを補修すれば,その義務を履行したものとして,債務不履行の責任を問われないものというべきである。

と,他の判決でも言われるような「不具合の指摘を受けて,遅滞なく補修を行えば債務不履行はない」という一般論を立てて,いずれも不具合とは言えない,とか,Xの使用方法が間違っていた,とか,遅滞なく補修した,としてYの債務不履行は認めなかった。


例えば,オラクルの不具合についてXが,オラクルを採用したYが責任を負うべき,としたことに対し,

ラクルは,UNIXをOSとして採用する新システムにおいて必要なデータベースソフトウェアであり,信頼性が特段劣るものとも認め難いし,上記バグは,極めてまれなタイミングで発生したものであり,Yは,Xから不具合の指摘を受けた後,オラクル社と連絡を取り,ソフトウェアを交換する方法によって,遅滞なく不具合を補修したものと認められる。
したがって,トラブル?については,Yがオラクルを採用したこと自体が債務不履行とは認め難いし,Yは,バグの指摘を受けた後,遅滞なく不具合を補修しており,Yに債務不履行があったものとも認められない

としている。結果として,Xの請求はすべて棄却され,Yの請求はすべて認容された。

若干のコメント

本件は,発注者であるXが旧システムのアプリケーションをコンバージョンするという役割を担い,Yがオープンシステムのインフラを提供するという役割分担になっていたので,一般にいう「すべて丸投げ」型の開発よりも,より一層,共同プロジェクト的な要素が強かったでしょう。


とはいえ,特に真新しい判断があったというものではなく,トラブルの内容をひとつひとつ丁寧に検討しながら債務不履行の有無について判断したといえます。

*1:企業間で受発注データをコンピュータネットワークを介して収受する仕組み,ネットワーク。