IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

納期変更合意の内容やシステムの不具合、損害の範囲等 東京地判平29.1.20(平25ワ15660)

カジノシステムの開発委託が頓挫し、納期変更合意の内容やシステムの不具合、損害の範囲等が問題となった事例。

事案の概要

被告は、会社やその役員・従業員も含まれているなど、当事者や請求の内容が複雑なので、ここで取り上げる争点に必要なレベルで簡略化する。

Xは、Yに対し、オンラインカジノゲームのシステム(本件システム)の開発の見積を依頼した。Yは、Xに対し、見積を提示し、請負金額を1600万円とするすることに合意した(本件請負契約)。その後、合意により1910万円へと変更された。

フェーズごとにリリースされることが予定されており、フェーズ1のローンチは2011年12月20日とされた。

しかし、Yは数度に渡って延長した納期までに本件システムを完成することができず、履行遅滞および履行不能になったとして、Xは、本件請負契約を解除し、Yに対し、5000万円(開発費用の既払金800万円と、サーバ等の機器代約470万円含む)の損害賠償を請求した。なお、XY間の契約書には、「現実に被った通常かつ直接の損害に限り,個別契約に定める委託料を超えない損害賠償を請求することができる」という条項があった。

ここで取り上げる争点

(1)履行期変更の合意があったか

(2)システムが完成していなかったことが、Yの責に帰することができない事由によるものか

(3)損害の範囲

裁判所の判断

争点(1)履行期変更の合意があったか

履行期の変更について、当初の2011年12月20日から26日へと変更されたことについては、大きな争いとなっていなかったが、さらなる延期については争いがあった。この点について、裁判所は次のように述べて、Yから延期した日程を提示し、Xから「期限厳守」との返信があったことにより、延期を認めたと認定した。

さらに,平成23年12月26日を過ぎた平成24年1月25日に,XのAと,Y1とが面談し,同日,Y1が,同年3月11日をロンチ日とする最短のスケジュールをAに提示し,Aが,同年1月27日に,Y1のスケジュールは「ワーストスケジュール」であるが,「期限厳守」の「必達」を願うとの返信をしているから,Xは,これにより,Yに対し,平成23年12月26日であったロンチ期限について,平成24年3月11日にロンチされることを絶対の条件として,ロンチ期限の同日への延期を認め,期限の猶予を与えたものと評価すべきである。また,Y1は,これに対して異議を述べていないから,Yにおいても,同日が最短の場合のロンチ日ではなく,同日がロンチの絶対の期限となることを黙示に了承したというべきである。

争点(2)システムが完成していなかったことが、Yの責に帰することができない事由によるものか

延期後のローンチ期限にも間に合わなかったことには争いがないが、その履行遅滞がYの責に帰することができない事由によるものかが問題となった。その点を明らかにするために、Xが出していた「瑕疵等一覧表」に沿って内容が審理された。項目が多数に渡るため、一部のみを紹介する。

  • ゲームの演算処理がユーザの端末上のFLASHで行われていることが、GLI*1の基準を満たしておらず、その点はYの開発思想の問題であるとされた
  • ネットワークがダウンすると前回分までしかゲームの結果が記録されないという点については、「オンラインカジノゲームの性質上,ユーザの端末でゲームの結果が出たのにそれがサーバ上に書き込まれないとか,ポイントを移動する処理を行ったのに,減算処理のみが行われ加算処理が行われないということは起こってはならないことであり,ゲーム結果の生成がユーザの端末側で行われていることにより,サーバ内でゲーム結果が生成される場合に比べて,端末とサーバの間の通信に障害が発生したりユーザが通信を意図的に途絶させたりする可能性が高い」として瑕疵にあたるとされた
  • ブラウザの戻るボタンを押すと、チップが戻るという不具合は、瑕疵に当たるとされた
  • ソーシャル機能が組み込まれていなかったことについては、仕様に含まれているか否かが争いとなったが、「要件定義書2においてフェーズ1のロンチまでに搭載すべきものと定められている機能であり,これをロンチまでに実装しないということは,本件請負契約の変更にあたるところ,(略)現に,XとYの間の定例会議やメーリングリストにおいてもソーシャル機能の実装の延期について協議された形跡はない」として、仕様を満たしていないとされた

以上のような認定を経て、本件請負契約は、目的を達することができない状態になっており、Yの責に帰すことのできない事由によるものではないとし、Xによる本件請負契約の解除の意思表示も有効だとした。

争点(3)損害の範囲

本件システムの開発費用として支払われた800万円は、本件請負契約の債務不履行と相当因果関係がある損害であると認めた。

これに加え、サーバ等の代金約470万円については、

これは,本件請負契約とは別個の,サーバ等売買契約にもとづく代金の支払いであるが,これらのサーバ等は,本件システムを搭載して本件サイトをロンチさせるためのものであり,本件請負契約が債務不履行となって本件サイトがロンチしなければ当然に意味を持たなくなるものであるから,本件請負契約の債務不履行と相当因果関係のある損害であると認められる。

さらに、本件システムのライセンス付与のために支払われた弁護士費用約120万円について、

フィリピンにおいて,CEZAおよびFCLRCの付与するライセンスを取得するためのサポートに必要な費用で,本件システムの開発を被告会社に依頼することとなった直後である平成23年8月17日に支出されたものであり,Yが本件請負契約を履行する前提として本件サイトをロンチするために支出された費用であるといえるから,本件請負契約の債務不履行と相当因果関係のある損害であると認められる。

その他、コンサルティング費用は、実質的には人件費であって、本件請負契約とは無関係であるとされたり、解除のシステム開発の費用については、「これを損害賠償の対象に含めれば,Xは,本件請負契約の不履行にもとづく直接の損害の賠償を受けたうえで,さらにYの負担において新たなシステム開発を行うことができることになってしまい,相当ではない。」などとして否定した。

その他、細かな費用について、一部の損害については相当因果関係があるとして、合計で約1600万円の賠償を認めた。

若干のコメント

本件では特筆すべき大きな争点があったというわけではありませんが、ここでは①「納期変更の合意」と、②開発頓挫におけるサーバ等代金の損害について取り上げてみたいと思います。

①納期変更の合意

実務上、計画された納期・稼働時期に間に合わないということは珍しくありません。そして、その時期に遅れたとしても、直ちに契約解除したりするのではなく、普通は、「リスケ」をして開発業務自体は続行されます。しかし、そういったリスケが何度も行われながら、結局完成しなかったという場合、ベンダの履行遅滞はいつから生じるのかという問題があります。請負契約の場合、通常は履行期(納期)が定められているものの、リスケは現場のみで行われ、契約書の変更などは行われていないことが多いため、契約書で明記された履行期から遅滞の責を負うのか、実務で定まっていた(リスケ後の)履行期から遅滞の責を負うのかが問題となります*2

本件では、ベンダがリスケ後のスケジュールを提出し、それに対し、ユーザが「期間厳守」「必達」を願うという返信をしたことから、納期変更を黙示的に了承した(リスケ後の期限が履行期となった)と認定しました。しかし、この種の事案では、常にそのような認定がされるとは限らず、東京地判平22.5.21では、「遅延したスケジュールを前提として自己の作業を進めたりしたからといって,Yにおいて,納期の延長を積極的に承諾する意思があったものと認めることはできない」と述べており、実務上のスケジュールが変更されたからといって、履行期が変更されたものではないとしています*3

実務上は、スケジュール変更後もプロジェクトを続行する際には、ユーザとしては遅延の責任追及を放棄するものではないこと、逆にベンダとしては、変更後のスケジュールに合意してもらうことを何らかの形で残しておきたいものです。

②開発頓挫におけるサーバ等代金の損害

開発契約が解除されたことによる損害の範囲の問題です。Aという契約が債務不履行で解除された場合に、それと関連するBという契約について(債務不履行がないとしても)解除できるかという問題設定がなされることがあります。この点については有名な最高裁判例がありますが(最判平8.11.12民集50-10-2673)、システム開発の場面でも、東京地判平28.11.30東京地判平18.6.30がサーバ売買契約の解除をも認めています。

本件は、サーバ等の売買契約の解除の可否が問題となっておらず、代金相当額の損害が問題となっています。この点については、東京地判平30.3.6がPC代を損害として認めています。

これらが損害として認められるか否かは、個別の事案によるとしかいえませんが、頓挫したシステムとの関係や、再利用可能性などが考慮されることになるのでしょう。

*1:GLI Asia Limited. ギャンブルのライセンスを得るためのゲームのソフトウェア審査機関

*2:特に、実務上の履行期が解除の時期よりも先に設定されていた場合、ベンダからはそもそも「履行遅滞ですらない」という反論が出されることもあります。

*3:東京地判平26.4.7も同様の判断です。なお、松尾=西村『紛争解決のためのシステム開発法務』(法律文化社, 2022)189頁以下も参照。