IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

システム未完成の責任と損害賠償の範囲 東京地判平22.5.21(平20ワ6825号)

システム完成前に契約を解除されたとするベンダが,ユーザに損害賠償を請求し,ユーザは,解除の原因は,ベンダの履行遅滞にあるとして,損害賠償の反訴を提起した事例。

事案の概要

ベンダXと,キャラクタ商品企画会社Yとは,Yの基幹システム(本件システム)の開発請負契約(本件契約)を締結した(請負代金約2500万円)。Xは開発作業に着手し,その半年後には,一部を検収し,代金の約3分の1である約800万円を受領したものの,当初予定の納期は経過した。


そこで,Yは,Xの開発体制不備や,履行遅滞を理由に,契約の解除の意思表示をした。


Xは,解除されたことに対し損害賠償請求するとともに,契約外の作業も行ったとして,商法512条に基づく報酬請求として合わせて約2000万円を請求し,他方,Yは,契約解除によって蒙った損害として,約1800万円を請求した。

ここで取り上げる争点

(1) 本件契約は,ベンダXの債務不履行に基づく解除よって終了したのか,民法641条に基づく解除によって終了したのか。

(2) ベンダXの損害および相当な報酬額,ユーザYの損害。特にユーザYの損害について,すでに検収した一部分について支払われた報酬も損害となるのか。

若干の解説

本件では,契約の終了原因が問題となっている。ユーザYは,ベンダXの債務不履行が原因であるとしているが,Xは,自己に債務不履行はなく,Yの解除は民法641条によるものだと主張している。


民法641条は,請負契約中の規定で,

請負人が仕事を完成しない間は,注文者は,いつでも損害を賠償して契約の解除をすることができる。

というもの。注文者は,損害賠償義務は生ずるが,完成前にはいつでも解除ができるとした規定である。Xは,Yによる解除は,この規定による解除であるとし,同規定に基づいて損害を賠償せよ,と主張した。


そうなると,結局,Xに債務不履行があるのかないのか,というのが争点となる。

裁判所の判断

争点(1)について。


裁判所は,次のような事実を認めた。

  • XとYとは,請負代金の支払条件について交渉する中で,本件システムを発注・店舗在庫管理システムと基幹総合システムの2つに分割し,別個に納品及び検収することとともにその時期についても合意した
  • 本件システムの納期は,上記見積書記載のとおり,発注・店舗在庫管理システムにつき平成19年6月30日,基幹総合システムにつき同年10月31日と合意された
  • YがXに対し解除の意思表示をした平成20年1月11日の時点において本件システムの完成品が納入・検収されていない

そうすると,納期どおりに納入されていないことは明らかとなったため,その原因が,Xにあるのか,Yにあるのかが問題となった。

そもそも,納期を守れるよう業務を管理することは請負人であるXの責任範囲である上,単品入出力ソフト及び予約管理システムの開発の追加によっては,本件システム自体の開発にはやり直しの必要が生じることがなく,Yとしても基本的機能が早期に問題なく動くことを求めていたものであることは,<略の>とおりであるから,Xとしては,基本的機能であって,当初契約の内容であった本件システムの開発に精力を傾注し,これを先行させるべきことは当然であったものであり,その間におけるYによる要求についても,信義則に反するところがあったとは認められない。

として,第一次的な責任はXにあると認めた。さらに,Xは,納期を延期する合意があったと主張したが,

開発遅延を理由とするソフトウェア開発契約の解除は,注文者にとっても,発注のやり直し等による不都合が生じる場合が少なくないことから,注文者としては,開発が遅滞した状態にあったとしても,直ちに契約を解除することなく,暫定的に請負人に協力して開発を進めていかざるをえない。そうすると,上記<略>にみたように,注文者であるYが,納期直前に変更や追加を要望したり,遅延したスケジュールを前提として自己の作業を進めたりしたからといって,Yにおいて,納期の延長を積極的に承諾する意思があったものと認めることはできない。

と,ユーザが多少の機能追加・拡張を求めたからといって,納期延長まで認めたわけではないとした。結局,Xからの反論(遅滞の責任なし,延長合意あり)はすべて退けられ,Xの債務不履行が認められた。そのため,Yによる解除の意思表示は民法641条によるものではなく,541条(履行遅滞)によるものであると認めた。


争点(2)について。


まず,Xの損害は考慮する必要がなくなり,Yの損害が争点となった。特に,先行して検収された発注・店舗在庫管理システム部分の代金(リース料60カ月分の約900万円)が損害となるかが問題となった。


この点について裁判所は,

上記システムは,Xが中間金の支払を得る関係からもともとは1つであった本件システムの一部を分割したものに過ぎない上,<略>(検収後に「発注・仕入れ・在庫・移動関連仕様再検討」という作業があったことなどから)Yによる解除時点においても,発注・店舗在庫管理システムが未完成であったと推認されるところでもあるから,形式的に検収が済まされていたとしても,Yによる解除の効果は発注・店舗在庫管理システムについても及ぶことになる。

とした。つまり,中間検収で代金が支払われた部分についても解除の効果が及び,損害だと認定した。


結局,Xの請求はすべて棄却され,Yの反訴中,既払金相当の請求が認められたことになった。

若干のコメント

主たる争点ではなかったですが,本件でユーザは,「ベンダは履行不能だった」と主張しており,この点については,裁判所は,どこまで実際に完成したかを判断した調停委員会の判断を採用しています。この調停委員会の判断手法が参考になります。まず,一般論として,

一般的に,システム開発工程の比率は,基本設計16.2パーセント,詳細設計17.3パーセント,プログラミングと単体テスト37.5パーセント,結合テスト16.2パーセント,総合テスト12.8パーセントとされている

とし,本件では,

a基本設計及び詳細設計については,50パーセント程度,bプログラミングと単体テスト及び結合テストについては,バグ管理もなされてきているようであり,70パーセント程度,c総合テストについては,始まっているところもあり,10パーセント程度であって,結局,本件システム全体の完成度としては,56パーセント程度であった

としました。結論として,56%まで完成させられるベンダであれば,履行不能とはいえない,として,この点に関するユーザYの主張を退けています(結局Xの履行遅滞を認めているので結論に影響しません。)。


また,一部検収が完了していた場合の解除の効果がどこまで及ぶのかという問題もよく争点となります。本件では,一部検収した部分は便宜的に検収しただけにすぎず,実際には完成してなかったことなどを理由に,解除の効果は,すでに検収した部分にも及び,その部分についても損害と認めました。


仮に一部検収という態様ではなく,契約書が別々となっていた場合などには,同じように解除の効果が及ぶかというとそうでもなく,他の契約にまで解除の効果を及ぼすのは難しくなります。