IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

開発の対象が問題となった事例 東京地判平21.2.18平19ワ20030号

システムが未完成であるとして損害賠償を求めたユーザの主張が,いずれも開発対象に含まれているとの合意があったわけではないとして退けられた例。

事案の概要

薬局を運営するX(ユーザ)が,システム会社Y(ベンダ)に対し,Web調剤薬歴管理システム(本件システム)の開発を委託した。完成後は,パッケージ化して外販することも視野に入れられていた。


Yは,平成17年2月ころまでに詳細設計書を作成し,Xは,同年8月までにYに対し,合計約4350万円を支払った。平成17年9月以降,徐々に,本件システムの仮稼働が開始したが,必要な機能が備わっていないとして,Xは,契約解除及び,支払済み開発費用の返還を求めた。

ここで取り上げる争点

Xは,本件システムは,パッケージソフトとして展開することが予定されていたのであるから,従前のシステムにはない「データ自動更新機能,電子薬歴機能及び電子レセプト機能等」が備わっていない限り,価値がない,Yもそのように認識していた,などと主張したため,XY間の合意に基づく開発対象の範囲が問題となった。

裁判所の判断

まず「データ自動更新機能」の債務不履行の有無について。

このようなデータ自動更新は,本件システムの開発ではなく,開始されたシステムの運用開始後に行われるものであり,Yにおける入力作業には時間や費用を要するが,Xは,データ自動更新の費用は本件システムの開発費用とは別にXが負担することを了承していた。

とし,その後の見積書のやり取り等があったものの,発注に至っていない点をとらえて,この機能の開発は,Yの債務ではなかったとしている。


続いて,電子薬歴管理機能について。

本件契約書及び基本設計書においては,本件システムには薬歴管理を可能とし,処方箋入力については患者の基本情報を容易に参照可能とすることが求められ,薬歴管理機能として薬歴一覧表示処理,薬歴メモ入力処理,問診表示処理,薬歴印刷処理,調録印刷処理が挙げられている。Yが開発したシステムには,上記の薬歴管理機能が備わっていた(被告代表者)。

と認定した。Xは,上記の情報が同一画面で容易に確認できる機能が必要だったと主張したが,そのような合意が存在したという証拠はないとされ,結局,この点でもYの債務不履行はないとされた。


もう一つの電子レセプト機能についても,契約書中に「レセプトの電子媒体への収録を可能とする。(バージョンアップにて対応)」とされていたこと(特に,「バージョンアップにて対応」の部分が赤字であったこと)から,開発対象外であったと認定した。


結局,Xのすべての主張は,Yの債務不履行にはあたらないとして,請求はすべて棄却された。

若干のコメント

納期や予算の関係から,プロジェクト中に,どんどん開発範囲が狭められ,また「二次開発」というマジックワードのもとに先送りされることがあります。そして,形式上,納期に間に合わせ,予算どおりに開発できたとしても,そのシステムは,「こんなシステムだったら,現行システムのほうがマシ」といわれることも珍しくありません。


ユーザからは,「これを諦めないと間に合わない,と半ば脅されたから仕方なく先送りすることに同意した。先送りした部分は,当然無償ですぐに開発すると思っていたら,追加費用を請求されるとは思ってもみなかった。」などという声も聞きます。先送りするということの趣旨として,(1)ベンダを当該機能の開発義務を免除するのか,納期を変更するだけなのか,(2)開発報酬の減額はあるのか,または支払時期の変更はあるのか,といったことを明確にしておく必要があります。


私見では,特定機能の開発を先送りすることを合意した際に,具体的な変更後の納期を決めなかったときは,延期ではなく,免除の意味だといえますし,その際に,報酬に関する合意がなければ,当初の報酬が維持されると考えると思います(もちろん,その機能の全体に占める割合なども考慮されるべきでしょうが)。したがって,切羽詰まった時期にやむなく同意する場合でも,上記(1)(2)については両者で合意しておくべきでしょう。