IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

SI事業者のプロジェクトマネジメント責任 東京地判平16.3.10判タ1211-129

納期までにシステムが完成しなかったことの責任がベンダ,ユーザのいずれにあるのかが争われた事例。

事案の概要

ユーザX(健保組合)が,ベンダYに対し,基幹情報システムの開発を委託したところ,期限までに完成しなかったなどとして,支払済みの約2.5億円の返還と,損害賠償約3.4億円の支払いを求めたのに対し,ベンダYは,システムの開発が遅延したのはユーザXの協力がなかったことが理由であるとして,約4.6億円の損害賠償を求める反訴を提起した。

ここで取り上げる争点

ベンダY及びユーザXは,契約上どのような義務を負っていたか。

開発が遅れて完成しなかった原因は何か。その責任はいずれが負うべきか。

裁判所の判断

【プロジェクトマネージメント義務】

裁判所は,次のとおり,システム開発業者が負うべき義務として,プロジェクトマネージメント義務があるということを明言している。

Yは、システム開発の専門業者として、自らが有する高度の専門的知識と経験に基づき、本件電算システム開発契約の契約書及び本件電算システム提案書に従って、これらに記載されたシステムを構築し、段階的稼働の合意のとおりの納入期限までに、本件電算システムを完成させるべき債務を負っていたものである。
 したがって、Yは、納入期限までに本件電算システムを完成させるように、本件電算システム開発契約の契約書及び本件電算システム提案書において提示した開発手順や開発手法、作業工程等に従って開発作業を進めるとともに、常に進捗状況を管理し、開発作業を阻害する要因の発見に努め、これに適切に対処すべき義務を負うものと解すべきである。そして、システム開発は注文者と打合せを重ねて、その意向を踏まえながら行うものであるから、Yは、注文者であるXのシステム開発へのかかわりについても、適切に管理し、システム開発について専門的知識を有しないXによって開発作業を阻害する行為がされることのないよう原告国保に働きかける義務(以下、これらの義務を「プロジェクトマネージメント義務」という。)を負っていたというべきである。

いってみれば,ベンダはプロジェクト管理責任がある,という当たり前のことを述べているにすぎないが,これが契約上,法律上の義務であるということを明示している。


本判決は,さらにベンダは具体的に何をすべきかというにも言及している。

Xのシステム開発へのかかわりについての管理に関して、より具体的に説明すれば、Yは、原告国保における意思決定が必要な事項や、Xにおいて解決すべき必要のある懸案事項等について、具体的に課題及び期限を示し、決定等が行われない場合に生ずる支障、複数の選択肢から一つを選択すべき場合には、それらの利害得失等を示した上で、必要な時期までにXがこれを決定ないし解決することができるように導くべき義務を負い、また、Xがシステム機能の追加や変更の要求等をした場合で、当該要求が委託料や納入期限、他の機能の内容等に影響を及ぼすものであった場合等に、Xに対し適時その旨説明して、要求の撤回や追加の委託料の負担、納入期限の延期等を求めるなどすべき義務を負っていたということができる。

つまり,ベンダは,「決めてください」と丸投げするだけでなく,選択肢を示し,そのメリット・デメリットを提示したり,期限管理までしなければならないとしている。


そして,実際にプロジェクトマネージメント義務が履行されたかというと,

Yは、本件電算システム提案書において、設計、開発作業の各段階ごとにレビューを行い、設計段階でプロトタイプを作成する旨掲げておきながら、前記認定のとおり、段階ごとのレビューを実施せず、被保険者資格管理業務と組合員管理業務を除くその余の業務については、プロトタイプをほとんど作成していない。また、Yが平成10年2月2日に納品した本件基本設計書には、前記認定のとおり不完全な点があった上、Yは、基本設計書の校正版を納品する旨Xに説明しておきながら、結局これを納品していない。Yは、自ら履践を約した開発手順や開発手法、作業工程を履践しなかったところがあるといわざるを得ず、この点において、Yのプロジェクトマネージメントは、不適切であったといわざるを得ない。

と,不適切であると認定された。


【ユーザの協力義務】

一方で,本判決は,ただ単にベンダに丸投げすればよいとも述べていない。

本件電算システム開発契約は、いわゆるオーダーメイドのシステム開発契約であるところ、このようなオーダーメイドのシステム開発契約では、受託者(ベンダー)のみではシステムを完成させることはできないのであって、委託者(ユーザー)が開発過程において、内部の意見調整を的確に行って見解を統一した上、どのような機能を要望するのかを明確に受託者に伝え、受託者とともに、要望する機能について検討して、最終的に機能を決定し、さらに、画面や帳票を決定し、成果物の検収をするなどの役割を分担することが必要である。このような役割を委託者であるXが分担していたことにかんがみれば、本件電算システムの開発は、Xと受託者であるYの共同作業というべき側面を有する。

として,共同作業であることを強調し,契約書の文言をひきながら,

したがって、Xは、本件電算システムの開発過程において、資料等の提供その他本件電算システム開発のために必要な協力をYから求められた場合、これに応じて必要な協力を行うべき契約上の義務(以下「協力義務」という。)を負っていたというべきである。

と,ユーザ側にも契約上の協力義務があることを認めた。ただし,「必要な協力を求められた場合」と,あくまで受身的な義務にとどまる。


そして,実際にXが協力義務を履行したかというと,Yから解決を求められた課題について,期限までに解決しないなど,意思決定が適時に行われなかったとして,必要な協力が行われなかったとされた。


【完成に至らなかった責任】

これらの諸事情を併せ考慮すると、結局、本件電算システム(略)の開発作業が遅れ、(略)納入期限までに完成に至らなかったのは、いずれか一方の当事者のみの責めに帰すべき事由によるものというのは適切ではなく、XとY双方の不完全な履行、健保法改正その他に関する開発内容の追加、変更等が相まって生じた結果であり、当事者双方とも、少なくとも開発作業の担当者のレベルにおいては、逐次遅れが積み重なりつつあるが、懸案事項の解決が完了しない以上やむを得ないとの共通の認識の下に、作業が進行していたというのが相当である。

そうであれば、本件電算システムの開発作業が遅れ、納入期限までに完成に至らなかったことについて、いずれか一方の当事者が債務不履行責任を負うものではなく、Yが第2次リリースと第3次リリースを履行しなかったことについてのXの履行遅滞の主張、Xが必要な意思決定を遅延したことについてのYの履行遅滞及び不完全履行の主張は、いずれも理由がない(略)。

として,双方に責任があるとし,ユーザXが主張した,「Yの債務不履行」による解除は認められないとした。


そして,Xの解除の意思表示は,民法641条による任意解除としては有効であるとして,その場合の損害額の認定に続く。民法641条は,次のような規定である。

(注文者による契約の解除)
第六百四十一条  請負人が仕事を完成しない間は、注文者は、いつでも損害を賠償して契約の解除をすることができる。


そこで,Xが賠償すべき損害の額は,(1)既作業部分相当の報酬と,(2)未作業部分に相応する逸失利益と当該部分のための既出費用であるとし,合計で3.5億円と認定した。


ただし,ベンダYにもプロジェクトマネージメントが不適切だったことを理由に過失相殺(民法418条)の類推適用により,6割の過失相殺を認め,Xが賠償すべき損害が1.4億円であるとした(Xはすでに2.5億円支払っているから,1.1億円の限度で認容)。

若干のコメント

この判例は,正面からベンダのプロジェクトマネージメント義務と,ユーザの協力義務を認めた判例として,地裁判決ながらも,各種のシステム開発紛争で代理人から言及される事例となっています。また,結論としても,システム未完成の責任がどちらにもあるということで,債務不履行解除は否定しつつ,民法641条,さらには民法418条類推適用などを駆使して,妥当な額に落とし込んでいるところも評価できるでしょう。


この判決にはいくつかポイントがありますが,ベンダが負っていたプロジェクトマネージメント義務の具体的内容について,提案書から拾い上げているということが挙げられます。提案書は,あくまでベンダからの提案であって,一般論としては両当事者の契約内容になるとはいえません。しかし,本判決では,

Yは、本件電算システム開発契約の締結に当たり、Xと契約書を取り交わしている上、契約締結に先立ち、本件電算システム提案書を提出し、その内容に基づくシステム開発を提案し、これを了承したXと本件電算システム開発契約を締結したものであるから、本件電算システム提案書は、契約書と一体を成すものと認められる(本件電算システム提案書と契約書の一体性は、被告も争っていない。)。

とし,争いがなかったとはいえ,提案書が契約と一体であることを認め,上述のように提案書からプロジェクトマネージメント義務の具体的内容を取り出しています。このように,ベンダとしては,提案段階では「あれもやります。これもできます。」といった夢の世界を描きがちですが,場合によっては,それが契約上の義務として,不履行の責任も生じうることを認識しておくべきでしょう。


また,本判決では,双方のプロジェクトマネージメント義務が履行されたかどうかが争点となりました。プロジェクトを確実に進行させ,かつ,後に争いになる場合に備えるために,進捗管理,課題管理,スコープ管理などの作業履歴はきちんと書面で残しておく必要があります。