IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

重大な瑕疵が存在するとして契約解除を認めた例 東京地判平16.12.22判タ1194-171

納入されたシステムに容易に修正できない瑕疵があり,契約の目的が達成できないとして,ユーザからの解除を認めた事例。

事案の概要

ユーザXは,ベンダYに対し,販売管理システムの開発を委託した。この開発は遅延した結果,数度の納期延長がなされ,最終的にシステムが提供されたものの,Xは,多くの不具合があるとして,本格稼働を見合わせた。そして,Xは,そもそもシステムは納入されていない,または,瑕疵があることから,契約の目的が達成できないとして,契約を解除し,損害賠償として約4100万円を請求した。


本件訴訟の係属中に,XYは共同検証作業を行い,12か所の不具合があることを相互に確認した。


その中には,次のような不具合が含まれている。


【不具合8】
当日入荷の引当処理が移行データを使用したテストでは,4時間を要し,その間は,他端末で受注登録ができない状態となった。テストデータ300件の場合でも44分を要した。


【不具合12】
商品マスタの変更画面を開くと,在庫引当処理を含めた商品マスタを利用するプログラムがすべて止まるなど,排他制御に問題があった。

ここで取り上げる争点

これら不具合が存在することにより,システムは完成していないといえるか。

あるいは,これらの不具合は,契約の目的を達成することができない重大なものといえるか。

解除によってユーザに生じた損害はいくらか。


(補足)

一般には,「システムは未完成だ」「システムには瑕疵がある」というユーザの主張は同じようにとらえられているが,法的には区別されている。前者は,請負契約における請負人の目的物完成義務の履行が問題となっており,仮に「完成していない」と判断されれば,期限に遅滞していることから,ベンダ側の責任で遅滞していれば,契約解除事由となる。


他方,後者の場合は,システムが完成していることを前提に,瑕疵の重大性が問題となる。つまり,請負契約の瑕疵担保責任に関する民法の規定では,

第六百三十五条  仕事の目的物に瑕疵があり、そのために契約をした目的を達することができないときは、注文者は、契約の解除をすることができる。(以下略)

とあり,単に「瑕疵」があるだけでなく,「契約をした目的を達することができない」という場合に限り,解除ができるとしている(単なる瑕疵の場合は修補請求と損害賠償のみ。634条)。

裁判所の判断

【不具合8】(在庫引当に時間がかかること)について,ベンダはデータ件数が提示されたものよりも多いとか,時間がかかることについて,あらかじめ合意があったなどと主張したが,

コンピュータ処理を導入する以上は大幅な時間短縮を期待するのが通常であり、従来の手作業と時間的に変わらないようなシステムをわざわざ数千万円もの多額の費用を投じて開発するとはおよそ考え難い
(中略)
本件程度のシステムにおける一括在庫引当処理に要する時間は、せいぜい数分程度が一般的に要求される内容であったということができ、テストデータ300件ですら処理時間に44分も要するようなシステムは、およそ本件契約の内容に適合しないものというほかない。

したがって、本件システムにおける一括在庫引当処理の時間に関しては、当事者間に処理時間の長さにつき明示の合意がないとしても、同程度のシステムに通常要求される内容に適合せず、他方で、前記したような処理時間を許容するような合意を認めることもできないのであるから、瑕疵に該当するというほかない。

と,「瑕疵」にあたることを認めた。


【不具合12】(排他制御の問題)についても,ベンダは排他制御をかけないという合意があったと主張したが,

排他制御に関し明確な合意がないとしても、前記排他制御の問題と一括在庫引当処理の問題とを併せ考えれば、本件システムは、数時間を要する一括在庫引当処理中には、一切、他の商品マスタを利用する処理ができず、また、一人でも商品マスタのメンテナンスを行っていればその間は全く一括在庫引当処理ができないことになり、(略)本件システムが実際の業務において使用に耐えないことは明白であるから、およそ本件契約の内容に適合しないといわざるを得ず、したがって、一括在庫引当処理及び排他制御の問題は、契約の目的を達することができない重大な瑕疵に該当することが明らかである。

とした。また,この瑕疵が軽微で容易に修正できるというベンダの主張に対しても「システム構造の根本にかかわる重大な変更」が必要であるとされた。


続いて裁判所は,「システムは完成していない」というユーザの主張に対し,

個別契約書13条1号は、納期までに現実にシステムが交付されないか、あるいは交付できる見込みがない場合を想定したものであり、同条にいう納入とは、現実にシステムが交付されることを指すものと理解される。

そうすると、本件においては、一応現実にシステムが交付されている以上、同条の予定する場合ではなく、むしろ納入後の問題として、基本契約書8条ただし書により、補修又は代替品の納入によらないで、契約の目的を達することができない重大な瑕疵として契約解除ができるのかの問題であり、前記のとおり、本件システムには、本件契約の目的を達しない重大な瑕疵があることは明らかであるから、基本契約書8条1項、民法635条による解除の問題と捉えるのが相当である。

と,システムが交付されている以上は,完成を認めたうえで,瑕疵担保責任の問題として扱うべきだとした。上記のとおり,重大な瑕疵を認めた。


さらに,ベンダは,ユーザが不具合の是正に協力しなかったから,帰責性がないという主張もしているが,ユーザが一定の協力を行うべきであるとしつつも,

システム開発におけるバグの除去は、あくまで第一次的には請負人の責任であり、当該システムの納入後、定められた期間内ないし一定の相当期間内に、当該システムが実用に耐えうる程度にまでなされるべきであり、注文者の指示による仕様の変更等であればともかくとして、少なくとも通常のシステムにおいて存在することが許されないような不具合については、注文者の指摘を待つまでもなく、請負人が当然に自ら是正すべきであり、注文者が当該システムに対する不具合を具体的に指摘できない限り、当該不具合が注文者の責任によって生じたものとして解除を制限することは許されないというべきである。

と,責任転嫁を認めなかった。


損害については,

・開発に先立つ調査費用 824万円
・ハードウェア,ソフトウェアのリース代金 2435万円

を損害として認めたが,社内の人件費相当額(816万円)については,「当該社員を雇用している限り当然に支出すべき経費」として,「本件システム導入によりこれら社員を解雇することができたとか、これら社員が他の業務に従事することにより具体的に利益が得られた等のような特段の事情」が立証されない限り,損害とは認められないとした。


結局,請求額の約8割が認容された。

若干のコメント

「契約をした目的を達することができない」レベルの瑕疵がない限り,システムの納入後に請負契約を解除することはできないとされています。本件では,解除が認められたものの,不具合は認めつつも,解除が認められなかった事例もあります。


本件は,上記不具合8,12をみれば明らかなように,相当お粗末だったといえますが,ユーザが契約解除の通知をする際には,このような瑕疵を具体的に指摘していませんでした。ベンダは,この点をとらえ,「解除後に主張された不具合については,修補の機会が与えられなかったのであるから,解除は認められない」と主張しましたが,

解除の意思表示には、必ずしも解除原因を示す必要はなく、複数の解除原因による解除を単一の意思表示によってすることができるのであり、解除の意思表示にあたってある理由を掲げても、特にそれ以外の理由によっては解除しない旨明らかにするなど特段の事情のない限り、当該意思表示は、解除当時存在していた全ての理由に基づき、およそ契約を一切終了させるという意思表示である

として,具体的な認識がなくとも,解除当時にユーザがバグが多数存在するということを指摘していたことから,「ユーザも認識していたとみることができなくはない」として,具体的指摘のない解除も有効としました。


もっとも,この部分を過大評価し,ユーザはとりあえず「不具合があるから解除」と通知して,後で,あら捜しをすればよいとするのは危険です。上述のように,解除が認められる程度の瑕疵は,重大性が要求されますから,安易に解除し,後にそれが容易に修補可能であることがわかれば,解除が無効とされうるからです。