IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

SNSシステムの契約条件・完成 東京地判平24.3.27(平22レ1272号)

SNSシステムの開発を請け負ったXが,残代金の支払いを求めたのに対し,委託者であるYが,契約解除をしたとして,既払い金の返還を求めた事例。

事案の概要

Xは,平成21年2月3日,YからSNSの構築などを内容とする業務を請け負い,同月5日には,代金の半額として約76万円が支払われた。Yから,SNSが完成していない,として契約が解除されたことから,Xは,Yに対して残額の支払を求めて提訴した。原審(東京簡裁。判決日不明。)がXの請求を認容したことから,Yが控訴した。

ここで取り上げる争点

(1)契約の内容(委託範囲・金額)
(2)SNSの完成・瑕疵担保責任
(3)引渡しの有無

裁判所の判断

争点(1)について

Yは,契約書には金額が記載されていなかったことなどから,委託業務の範囲や委託料について争ったが,裁判所は,「報酬額は別途見積書記載の金額による」などとの記載があったことから,Xの主張どおり,見積書記載の報酬の合意を認めた。なお,委託業務範囲が不明確であったことについては,次のように述べている。

しかし,システム開発においては,書類上契約条件を詳細に定めることはせず,契約締結後の当事者双方の協議によって具体的内容を確定させていくということも一般的であると考えられるし,本件においても,本件契約書には,被控訴人は本件確認書に定めのない細部の事項について控訴人から指示を受ける旨(2条2項)が規定されているのであるから,本件見積書に詳細な契約条件等が記載されていなかったとしても何ら不自然ではない。また,仮に控訴人が主張するように本件契約におけるサーバー初期費用が高額であるとしても,控訴人は,本件見積書に記載されたサーバー初期費用について特段の異議を唱えることなく,本件確認書及び本件見積書を引用する本件契約書に調印したのであるから,控訴人が本件見積書に記載されたサーバー初期費用を前提として本件契約を締結したことに変わりはなく,本件契約の成否や内容に影響を与えるものではない。したがって,控訴人の主張はいずれも失当である。


争点(2)について

システムの完成についても争われたが,以下のように,完成を認めた。

控訴人は,平成21年10月7日,控訴人に対し,制作が完了した本件SNSをサーバーにアップロードしたので,被控訴人指定のURL(http://〈省略〉)からこれを確認することができる旨を伝えていること,(略),テストサーバーは被控訴人が本件SNSの制作やテストのために利用していたものであるのに対して,「http://〈省略〉」とのURLは控訴人のために設定されたものであり,そのサーバーはリクリック社のサーバー内に領域を確保したものであることが認められる。
そうすると,本件契約において被控訴人が請け負っていた委託業務の内容は,上記1のとおり,課金システムを組み込んだ本件SNSの制作,これをアップロードする本サーバーの用意等であるところ,被控訴人は,遅くとも同日までには,本件SNS自体の制作を一応完了させ,その主要な部分を,テストサーバーとは別個のURLを持つ本件SNSのための本サーバー上にアップロードし,その他の部分もテストサーバーにアップロードすることによって,控訴人が本件SNSを稼働可能な状態にまで仕事を終えていたといえるから,被控訴人は,本件契約において当初予定された最終の工程まで委託業務を一応完了したということができる。したがって,本件SNSは完成していたものと認められる。

利用規約のページなどが完成していないというYの主張に対しては,「付随的な機能にすぎない」として「完成しているという上記認定は左右されない。」とした。


なお,瑕疵担保責任に基づく解除の主張については,裁判所は利用規約の誤植という瑕疵を認めつつも,契約目的が達成不可能とは言えないとして,解除は認めなかった(民法635条)。


争点(3)について

Yは,Xが管理するサーバへのアップロードは納品とは言えないなどと主張したが,裁判所は

控訴人は,既に本件SNSの全てを本サーバーにアップロードし,本件SNSの管理画面にアクセスするためのID及びパスワードを控訴人へと伝えていることが認められる。そうすると,現時点において,控訴人は本サーバーにおいて稼働する本件SNSの検収を行うことが可能なのであるから,被控訴人から,控訴人へ,本件契約の目的物である本件SNSの引渡しがあったものと評価できるというべきである。

と,サーバにアップロードし,管理画面にアクセスに必要なID,パスワードを伝えたことにより,検収可能な状態にあったことを以て,引渡しがあったと認めた。


結局,Yによる契約解除は認められなかったことから,Xの請求を認容するという原審の判断が維持された。

若干のコメント

本件は,システム開発関連の事例としては珍しく控訴審の判断です(ただし,簡裁事件なので,東京地裁による判断)。規模がそれほど大きくなかったことから,契約条件等が細かく書面に定まっていなかったという事情はありますが,結論としては極めて妥当なものだったといえるでしょう。


ID,パスワードを知らせることにより,発注者によって検収可能な状態になったことをもって「引渡し」を認めたことは,この種のインターネットサービスやソフトウェアにおける「引渡し」を実務に照らして柔軟に解釈したものと言えるかと思います。