IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

請負か準委任か 東京地判平24.4.25(平21ワ28869号)

稼働中のシステムのメンテナンス作業の法的性質が争われた事例。

事案の概要

NTTデータ系列のSI会社Xは,Yに導入されているNTTデータパッケージソフトSCAWベースの基幹システムをメンテナンスしていた。


平成16年ころから,XY間では,XがYの案件において慢性的に赤字を抱えていることから,契約形態をSES契約(SEが常駐して工数×単価で報酬を請求する形態の契約)へ変更するよう要求したりしていたが,なかなか折り合いがつかなかった。


XY間では,Xは工数ベースで請求を行っていたが,不具合修補の作業は工数に含めなかったり,Yからのクレームによって請求から外すということが行われていた。


そのような中,Xは,平成20年1月から3月分として約1075万円を請求したが,Yは約446万円しか支払わなかったため,Xは,その差額の約600万円を支払うよう請求した。

ここで取り上げる争点

本件契約は準委任契約か請負契約か

Yは,多様な主張をしているが,要点の一つに,仕事が完成していない,瑕疵の修補作業が請求されている,といったことがあった。そのため,XY間の契約は請負契約なのか準委任契約であるのかが問題となった。

裁判所の判断

裁判所は,XY間の業務や請求の実態に照らして,次のように述べた(改行等を適宜実施)。

本件個別契約の契約書では,
(1)作業内容(契約書2条)として,基本的にはソフトウェアのメンテナンス作業としており,
(2)仕事の内容を定めるのではなく,作業時間(略)を定め,報酬を請負内容(略)によって定めるのではなく,稼働時間によって定めていたこと,
(3)作業についてYにX会社社員が常駐させられ,被告の完全な指揮命令下に置かれ,作業においてX会社の裁量が認められなかったこと,
(4)請負であれば,当該月の作業内容・時間が大きく変動することが予想されるのに,月額メンテナンス料を299万2500円(消費税別)と定めていた(契約書8条)こと
が認められるのであり,さらには,Yが作業の有無にかかわらず月額メンテナンス料を支払うとされていた(契約書8条(5))のであるから,本件個別契約は,本来は準委任契約に近い性質を有していたものとみるのが相当である。

しかし,本件個別契約の契約書の作業内容(2条)には,本来,請負として把握するのが相当である「ソフトウェアの軽微な改変又は機能追加」が含まれていて,かつ,SCAWを顧客が使用するにはYカスタマイズ部分のみだけではなく多くの開発が必要となっており,必ずしも軽微とはいえない改変又は機能追加も本件個別契約に基づいて行われていたと認められる。また,契約書の7条が報酬支払いの前提としてYによる「検収」を定めており,Yからのクレームに押され,実績工数を大きく下回る請求工数となることが常態化していたから,その後の運用の実態において,本件個別契約の実質は請負に近いものとなっていた

このような実態に照らすと,当事者間の黙示の合意により契約内容が変更されたものとみるほかない。

つまり,当初の契約書の文言からは準委任契約と見るのが妥当であるところ,実務上は請負的に取り扱われて変更されてきたとされた。


その上,毎月最低報酬額が定められていたこと,バグ修補工数は請求工数に含めないことなどの合意から,

結果として,本件個別契約は,請負契約とも準委任契約とも割り切ることができない契約関係となったと認められる。すなわち,機能仕様書ないしこれに類するものがある案件については,請負契約の性質を有するが,それ以外のものについても,Yの検収によって,請求工数が左右されることをX会社が容認していた点において,準委任契約であるとしても請負的な要素を否定できない。

と,混合的な契約であると認めた。


争点の一つとなっていたのは,Xの当初見積工数よりも超過した工数分の請求が認められるか,であるが,裁判所はこれを「社会通念によってこれを決めるほかない」として,

見積もりに応じて発注がされている以上,見積工数を超過する請求工数は原則として認められないと解すべきである。ただ,超過するに至った原因がYによる追加的な指示に起因するときはYが負担すべきである。


とした。結果として,個別の金額項目を精査した後,Xの請求の約半額の約300万円の限りで認めた。

若干のコメント

地味な事件ながらも,実務的には興味深いポイントが含まれています。


システム関係紛争においては,新規開発過程における類型では比較的多くの事例が集積しつつありますが,システム稼働後の運用・保守業務については,まだそれほど多くの事例がありません。本件のように,システム運用の定常的な業務に加えて,追加開発を並行して行うことは珍しくなく,請負契約なのか準委任契約なのかが議論されることは珍しくありません。


ユーザから聞こえてくる不平不満に「(ベンダは)自分でバグを仕込んで,その修復工数を請求してくる」「一定工数を確保してもらってこなしてもらいたい案件がたくさんあるのに,すぐに『別途見積だ』などと言われる」というものがあります。他方,ベンダからは,際限ない要求を出され,追加請求も追加リソースの投入も難しく,疲弊していくという話を聞きます。


本件のように,ベンダは準委任だと意識しながらも,契約書には無意識に「検収」「瑕疵担保責任」などと,請負的な要素を含む条項を入れていることもよくあります。


本件のような「見積工数超過分は(ユーザ側に帰責性がない限り)請求しない」「不具合修補工数は請求しない」という解決法は,比較的両者の利益の調和を図ったものとして妥当なものだと考えます。ただし,適切に運用するためには,各案件について事前に工数見積を出し,案件ごとに工数を集計するということ,さらにユーザはそれを確認・検査する必要があることにも留意しなければなりません。