IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

契約書は虚偽表示,履行も認められず 東京地判平24.5.30(平22ワ16272)

アジャイルによる開発の履行の有無が争点の一つとなった事例。

事案の概要

X(開発者)とY(発注者)とは,ECモール構築事業について協議を重ね,本件システムの開発を目的とし,約1.2億円の委託料とする委託契約(本件委託契約)が取り交わされた(この効力について争いあり。)。
 

Xは,本件システムの開発業務を履行したと主張し,Yに対し,5000万円の支払いを求めたのに対し(本訴),Yは,Xに対して貸した建物の賃料を支払わないとして未払賃料,遅延損害金の支払いを求めた(反訴)。
 

ここで取り上げる争点


いずれも本訴に関わるもの。

争点(1)本件委託契約の効力

争点(2)開発業務の履行の有無

 

裁判所の判断

 

争点(1)本件委託契約の効力について

 
裁判所は以下の事実を認定した。

  • Xは,平成20年5月28日,1億円あまりの見積書と業務委託契約書を提示した
  • Yは,内容がまだ固まっていないし,金額的にも無理があるから,押印は拒絶した
  • Xは,金融機関からの借り入れに必要だからとお願いし,委託料の支払時期・方法は別途協議としたうえで,Yの担当者の押印を得た
  • その後,Xは金融機関の借り入れを得られなかったため,支払時期等を記載した書類を取り交わしたが,同時に「金融機関への提出用とし,Yへその内容通りの請求はしない」という念書も取り交わされていた

 

これらから,裁判所は「念書の記載からすると、本件委託契約は虚偽表示である可能性を否定できない。」と述べた。

 

争点(2)開発業務の履行

 
まずは,「システム仕様書作成業務」の履行について検討された。少々長いが適宜省略しながら引用する。

 確かに「○○サークルシステム要件定義書」、「○○サークルポイントシステム要件定義書」及び平成20年8月27日付けの「納品書」が存在することが認められる。
本件委託契約書第2条によれば、「システム仕様書」とは、本件ソフトウェアを開発する上で必要となるシステムの目的、機能及び制限事項、技術的実現方法、運用上の制約事項などの事項が記述された書類であり、本契約に基づき乙(X)によって作成されるものをいうところ、「○○サークルシステム要件定義書」は、目次の項目の中に、「システムの目的」、「システムのスケジュール」、「用語の定義」が記載され、「システム開発の前提条件」、「システム要件」の項目の中には、「機能要求」、「サーバ運用設定情報」、「機能外要求」、「セキュリティ目標」等が記載され、「○○サークルポイントシステム要件定義書」も同様の項目が記載されていることが認められるものの、その内容の一般性をみると、上記「システム仕様書」の定義に当てはまるといえる程の内容であるのか疑問であり、また、仮に要件定義書が「システム仕様書」にあたるとしても、本件ソフトウェアは、既存のソフトを使って作られたというのであるから、その点も要件定義書に記載されてよいはずであるが、かかる記載は認められない。
(略)
以上からすると、システム仕様書作成業務が履行されたとは認められない。

続いて,「サイト構築業務及びポイントシステム構築業務」の履行の有無について次のように判断した。この点について,Xは,アジャイル・ソフトウェア開発手法によったのであるから,ドキュメントがないことは不合理ではないと主張していた。

アジャイル・ソフトウェア開発は従来のソフトウェア開発手法とは異なり、余計な成果物や手順を排除した軽い手法を目指すものであるが、その目的はユーザーに価値をもたらし、かつ、動作が保証されたソフトを超高速で実現するというものであるから、アジャイル・ソフトウェア開発を採用したことが直ちにドキュメントを省略したことの合理的な説明となるとは考えられない。また、エクストリーム・プログラミングは、開発リスクを早期に軽減することに主眼をおき、一回のイテレーション(開発サイクル)で開発する機能(ストーリー)をユーザーが選び、そのストーリーをプログラムとして実現していくという作業を繰り返すというものであり、本件において、XとYとの間で、ドキュメントを省略することを選択したと認められる証拠もない。ドキュメントが作成されなければ、プログラムを開発した担当者が退社などした場合を考えると、「○○サークルシステム要件定義書」、「○○サークルポイントシステム要件定義書」、「タイムライン」、「チケット一覧」、「チケット」、「チェンジセット」などから、直ちにシステムの保守ができるのか疑問であり、最低限のドキュメントが必要であると考えられるところ、本件において最低限のドキュメントが存在するとはいえない。X代表者は、ホワイトボードにメモを書きながらシステム開発を行ったと供述するが、これを裏付ける証拠もない。したがって、Xの主張は採用できない。

以上からすると、サイト構築業務及びポイントシステム構築業務が履行されたとはいえない。

 
以上より,本訴請求はすべて棄却された。
 

若干のコメント

 

本裁判例は「アジャイル」というキーワードで抽出されたものです。履行の有無が争われた際に,アジャイルだからドキュメントを省略したのだ,というベンダ側の主張を踏まえてもなお,履行の実態がないと判断されました。
 

 もそも,本件では,契約書はあったものの,それはベンダが金融機関からの融資のための実態のない「虚偽表示であった可能性は否定できない」とされた特異な事案です。契約書の存在自体が虚偽であり,開発手法,業務の履行の実態もあやふやであるような不思議な点が多いケースでした。