IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

契約時から大幅に仕様が変わった請負契約における仕事の完成 東京地判平29.11.21(平27ワ32041)

ゲームの開発において,途中でどんどん仕様が変わっていってしまい,リリースには至らなかったという事案における「仕事の完成」の認定が問題となった事例。

事案の概要

Yは,Xとの間で,平成27年2月10日,ゲームソフト(本件ゲーム)の開発委託を内容とする業務委託基本契約(本件基本契約)を締結し,同日,特定のゲームの開発に関する個別契約(委託料総額約700万円。本件個別契約*1)を締結した。α版,β版,マスタ版,リリース版それぞれについて納期が定められ,委託料は総額を4等分してそれぞれについて支払うこととされていた。


この当時,Yからは本件ゲームの概括的な内容が記載された本件設計書がXに交付されていたものの,すべての仕様が記載されていたものではなかった。Xは,2人のプログラマアサインすることを想定して,上記の委託料を見積もっていた(80万円(税抜)/人月×4か月×2人)。


Xは,α版を同年2月27日に送付し,Yからは「想像以上!」との評価を得ていた。ただし,α版の実装要件とされていた一部の動作は実装されていなかった。


β版の実装フェーズになると,Yは,本件設計書にはない機能の追加を求めるなどした。Xは適宜これに対応していたが,Yの発注元Zから,本件ゲームの仕様が大幅に変更されるようになり,当初は冒険ゲームの要素が強かったところ,アクションゲームの要素が強くなるようになってきた。同年4月23日には,Xはβ版の暫定版を提出したところYからは「かなり進めて頂いてて感服しております!」との感想が述べられ,β版の完成版も送付された。


同年4月15日には,追加業務を行うことを内容とする契約(本件追加契約)を締結した。本件追加契約では,4月から6月までの2.5人月分の報酬が定められていた。


次のマスタ版の実装フェーズになると,さらに本件設計書にはない機能が追加されるようになった。同年5月15日には,Xはマスタ版(途中から名称は「プレイアブル版」と呼ばれていた。)を提出した。ただし,本件ゲーム自体はまだ完成に至っていない。


その後も本件ゲームの仕様は確定することがないまま,Zから本件ゲームの製作を打ち切られたため,本件ゲームが完成することはなかった。


Yは,総額で75万円の報酬を支払ったが,それ以外には支払っていない。同年9月30日,Xは,Yに対し,本件基本契約,本件個別契約を解除し,未払業務委託料の支払いを催告し,Yが支払わなかったことから本件訴訟を提起した。

ここで取り上げる争点

本件個別契約に基づくYの業務委託料の支払義務の有無
(1)α版の完成の有無
(2)β版の完成の有無
(3)マスタ版及びリリース版の完成の有無

裁判所の判断

争点(1)α版の完成

裁判所は次のように述べてα版は完成しているとした。

(ア) XとYとの間では,α版の実装要件を別紙1記載のものと定めてこれを製作していたが,同実装要件においては,ステルス等について,どの程度までのものを盛り込むかについての詳細は記載されていなかった。
(イ) Xが2月27日に提出したα版には,ろうそくの動作を除いては,上記実装要件の項目自体は充たしている状態であった。
(ウ)(略)
(エ) YのHは,本件個別契約において,α版製作に対する業務委託料の支払期限である4月30日,Xに対し,業務委託料を振り込む予定であったが,Xとは関係がない資金繰りの関係で支払ができない旨を伝えて謝罪し,一方で,α版が完成していないことを不払の理由としては述べていなかった。
以上の事情を総合的に考慮すると,Xは,α版として予定されていたものの製作工程自体は完了していること,Yも,Xが提出したα版完成版について一定の調整を求めたものの,その後は,α版の次のバージョンとされていたβ版の製作に移行しており,α版の業務委託料も,これを支払うことを当然の前提としていた態度を取っていたことが認められる一方で,Y代表者も,本人尋問においてα版が完成していないとする理由を具体的に述べることができていなかったことも合わせ考えると,Yは,Xから提出されたα版を完成品として捉えていたことが優に認められる。

争点(2)β版の完成

Xが提出したβ版には,本件設計書に含まれていない箇所が多々あったため,β版の完成の有無が争われていた。


裁判所は次のように述べてβ版も完成しているとした。

(ア) Xは,β版の製作に入った後,Yに対し,β版の作成に必要と思われる項目の仕様確定を依頼したところ,Yは,これらの項目の一部の仕様を確定するに止まった。
一方,Yは,発注者であるZとの協議により,本件ゲームの仕様を大幅に変更し,Xに対しても,本件設計書には記載されていなかった機能の追加を求めるなどしていた。
(イ)(略)
(ウ) Xが4月24日に提出したβ版完成版は,α版以降,YからXに指示があった内容の製作を行ったものであったが,本件設計書に記載された機能を全て含んだものではなかった。しかし,同版提出後,Yから,Xに対し,β版自体の修正や追加は求めなかったため,XとYは,そのままプレイアブル版の製作に移行した。
(エ)(略)
以上の事情を総合的に考慮すると,本件個別契約を締結した当初は,β版は,本件設計書に記載された機能を全て含むことを予定されていたものの,実際の製作過程において,Yとその発注者であるZとの協議により,本件ゲームの内容及び仕様自体が変化していったことに伴い,XとYの間では,β版を本件設計書に記載された全ての機能を含んだものとするのではなく,製作当時,YがZとの協議に沿ってXに指示した内容を含む成果物をβ版として製作することに変更することに合意したものと認められ,これに反する的確な証拠はない。
そして,前記認定事実によれば,Xは,β版の作成当時に指示された項目を含む成果物を提出し,Yも,これに対して,修正や追加を求めることなく次の版であるプレイアブル版の製作に移行し,その後も,β版について,要求されたものが完成していない旨を述べたことはなかったことが認められるから,Yにおいても,当時のβ版を完成したものとして認識していたものと優に認められる。

争点(3)マスタ版及びリリース版の完成

裁判所は,ここでもマスタ版及びリリース版の完成を認めた。

以上の事情を総合的に考慮すると,プレイアブル版は,本件個別契約締結当初は想定されていなかったものであるが,既に判示したとおり,YとZは,本件ゲームの製作過程で,その内容や仕様を大幅に変える協議を行い,その中で,マスタ版やリリース版ではなく,プレイアブル版の製作を決定したこと,これに伴い,XとYは,新たな契約を締結することのないまま,β版に引き続いてプレイアブル版の製作に入っていること,プレイアブル版の提出期限が,本件個別契約のマスタ版及びリリース版の提出期限に概ね合わせる形で設定されていること,以上の事実が認められ,これらの事情に照らすと,XとYとの間では,本件個別契約に基づいてマスタ版及びリリース版を製作する代わりに,プレイアブル版を製作することに合意していたものというべきであり,これに反する的確な証拠はない。

そして,前記認定事実によれば,Xは,プレイアブル版の実装要件として指示された項目を含む成果物を提出し,Yも,これに対して,一定の修正を求めただけで,プレイアブル版の次の版である体験版の製作の話に移行し,(略)ことが認められるから,Yにおいても,X提出にかかるプレイアブル版を完成したものとして認識していたものと優に認められる(略)。


以上より,本件個別契約に定められた成果物はいずれも完成されたものとされた。また,本件追加契約に基づく業務委託料も認容された。

若干のコメント

本件は,当初の仕様からは大きく逸脱して形を変えていったゲームの開発について,ゲームとしては完成に至らなかったことや,当初の仕様を満たす機能が開発されていなかったことを差し引いてもなお,「仕事の完成」が認められたという事案です。


請負契約では,契約締結時に特定された「目的物」が完成し,引き渡されることが報酬請求の条件になるのが原則ですが,ソフトウェア開発の実務では,契約締結時点では目的物の概要しか定まっていないことが多く,債務の履行を通じて徐々に目的物の内容が確定していくという考え方が一般的です。そのため,いずれの当事者(仕事の完成を主張する側も否定する側も)も,契約締結後のやり取りをきちんと記録しておくことが求められます。


本件では,「冒険ゲーム」だったものが「アクションゲーム」になるというほど大きな仕様変更があったようですが,結果的に,α版,β版・・とフェーズを分けて実施していったことで,次のフェーズに移った以上は承認されたのだ,という判断がなされています。また,最後のフェーズに至っては,プレイアブル版という別の進め方になるという合意があったものとして認定しました。


請負契約における仕事の完成は,「最終工程終了」で判断する事案が多いのですが,本件のようにウォーターフォール型ではない事案では,最終工程が決められているわけでもなく,また,フェーズを分けて分割検収が行われていたことからすると,そのような判断手法は採用されていません(α版の完成の認定の中には,最終工程終了説を採用したような記載がありますが。)。


そもそも,仕様が発注時点で明確だったとすれば,請負契約で受託するということに合理性があるものの,スマートフォン向けゲームの開発のような不確定要素が強い事案で,本件のように仕様書はあれども概括的な記載しかない,というような場合には固定報酬額の請負契約で受託することには疑問があります。


なお,本件ではXは,遅延損害期の割合は21.9%であると主張していました。これは,途中の未払いが発生した時点での交渉時点で,Xが要求し,請求書等にはそれが記載されていたのですが,裁判所は遅延損害期の割合の合意を認定せず,商事法定利率を適用しています。

*1:本件個別契約が請負契約であることについて特に争いはないようである。