IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

契約の成立と契約締結上の過失(いずれも否定) 東京地判平30.1.31(平27ワ31116)

元請けから下請けに対し,請負契約の成立や契約締結上の過失を主張したがいずれも退けられた事例。

事案の概要

(被告にはYのほか,Yの代表者も含まれるが,事案を簡略化する)

Xは,Yとの間で,平成25年7月1日,業務委託基本契約(本件基本契約)を締結した。本件基本契約には,Xが発注書を交付し,Yがこれに対して請書を発出したときに個別契約が成立する旨の規定があった(2条)。XとYとの間では,Yが開発したパッケージソフトの導入に関し,Xが営業活動を,Yがパッケージのカスタマイズを行うという協業態勢がとられていた。

Xは,平成26年5月21日,D社から出版社総合管理システム(本件システム)の開発のための要件定義業務を160万円で受託した。本件システムの開発には,Yが開発したパッケージソフトが使用されることが前提になっていた。そのため,XはYに対し,要件定義業務の一部を80万円で再委託し,Yは要件定義資料を納品し,Xは80万円を支払った。

後続工程について,XはYと協議の上で,D社に対し,約1400万円の見積書を提出し,YはXに対し,1100万円の見積書を提出していた。平成26年9月2日,D社は,Xに対し,本件システムの開発業務等を内容とする業務を約1400万円で発注した。

XとYは,同年9月から平成27年2月ころまで,D社とともに本件システムの開発に向けた打ち合わせ等を実施した(実施した作業の内容には争いがある。)。

そのころ,XとYとは,Xが,Yの株式のすべてを株主から譲り受けるという内容の経営統合に向けた交渉が並行して行われ,デューデリジェンスも行われ,株式譲渡契約書案が出されたところで,平成27年2月ころ,経営統合交渉は決裂した。

結果として,Yは,本件システムの開発作業に途中から関与しなかったが,Xは,Yに対し,XY間の契約の債務不履行または契約締結上の過失を理由とする900万円の賠償請求等を行った。

ここで取り上げる争点

(1)XY間の請負契約の成否

(2)Yによる契約締結上の過失の有無

裁判所の判断

争点(1)請負契約の成否について

Xは,D社とXとの間には請負契約が成立しており,Yもその前後を通じて共同して作業していたことから,XY間に請負契約が成立していないなどということはあり得ないと主張していた。しかし,裁判所は次のように述べて契約の成立を否定した(引用個所は当事者名,改行位置などを適宜編集している。)。

確かに,XとD社との間で本件システム開発に係る請負契約が成立していること,本件システム開発につき詳細設計会議が繰り返され,Yが機能設計・製造に取りかかる直前まで作業が進められていたこと,サーバー及びクライアントのセットアップ作業が実施されたことは,本件請負契約の成立をうかがわせる事情であるということができる。

(2)  しかしながら,以下の事実関係の下では,上記(1)の事情によっても,XとYとの間で,本件請負契約が成立していたとまでは認めるに足りないというべきである。

すなわち,(略)XとYとの間の取引に適用される本件基本契約においては,個別契約は,XがYに対して「発注書」を交付し,YがXの申込みを承諾して「請書」を発出したときに成立する旨が定められていること,XとYとの間で継続していた日本医療企画案件他1件の契約締結に当たっては,いずれも,Xが,Yから見積書の提出を受けた上で,Yに対して注文書を提出していたことが認められる。

これに対し,本件においては,上記認定のとおり,

①Xは,Yから代金を1100万円とする本件見積書の提出を受けながら,D社との間で上記(1)のとおり請負契約が成立した後も,Yに対して上記見積額での注文書の送付をしなかったことが認められる。そして,そのような状況で進められた作業の内容をみると,

②平成26年9月9日のキックオフ会議において,本件システムの本稼働までの開発スケジュールが示された上で,同年10月に仕様確認概要書を示しての要望事項の確認作業が始められたものの,同月中に,D社から○○のカスタマイズでは対応することのできないフロント部分の変更が要望され,同部分の開発をXが独自に行うこととなったこと,

③それによって,XからYに対して下請に出される作業の範囲が,XがD社から請け負った作業の範囲とは大きく異なることになり,上記スケジュールも大きく変更されたこと,

④そのような中で,Xは,同年12月下旬頃,Yに対し,本件システム開発に係る請負代金の減額を求めたことが認められる。これらの経過に加え,

⑤XとYとの間では,その頃本件経営統合の交渉が行われており,平成27年2月下旬頃にYが本件経営統合の交渉を打ち切った際にも,Xは,Yに対し,本件システム開発に係る請負代金を減額して契約を締結することを求めており,結局,Yがこれを断り,本件システム開発から撤退するまで,XからYに対し,本件システム開発の発注書が交付されることはなかったことが認められる。

上記①ないし⑤の事実経過に照らすと,XとYとの間においては,平成26年9月9日のキックオフ会議の段階では,XがYに対して下請に出す本件システム開発の内容がいまだ確定していなかったものと認められ,このような事実関係の下では,上記(1)に掲げた事情は,いずれもXとYとの間で本件請負契約が成立することを見込んでとられた行動であったとみることができ,XとYとの間で本件請負契約が成立していたとまでは認めるに足りないというべきである。

つまり,D社からXは業務を受託したが,Yへの再委託の内容が固まらないままだったから契約が成立していないとした。

争点(2)契約締結上の過失の有無

Xは,D社に対してシステムを納品するという仕事を共同して進めていたにもかかわらず,一方的に契約交渉を破棄したことは法律上保護されるべき利益を侵害したと主張していたが,裁判所はこの点も認めなかった。

しかしながら,上記認定事実によれば,

①そもそも,XとYの間で締結されていた本件基本契約においては,XがYに対して注文書を送付し,Yが請書を送付することにより個別契約が成立するとされていたにもかかわらず,Xは,本件システム開発につき,Yから撤退の意思を表されるまで,Yに対して注文書を送付していなかったこと,

②詳細設計会議が約4か月間にわたり開催されたものの,詳細設計会議が開始された初期の段階で,本件システム開発の内容は,フロント部分につき○○を用いずXが独自に開発を行うという内容に大きく変更されたこと,そして,

③Yが本件システム開発から撤退する意思を表明したのは,上記の間に並行して進められていた本件株式譲渡に関する交渉において,XとYが信頼関係を築くことができず,その交渉が破談となったためであることが認められる。

そうすると,確かに,XとYとの間で本件請負契約の成立に向けた作業が進められていたことは認められるものの,本件請負契約が成立するに至らなかったことについて,Yに一方的な責任があるということはできない。

以上より,Xの請求はいずれも棄却された。

若干のコメント

契約書や注文書が取り交わされないまま作業を進めて頓挫したという事案において,契約の成否と,契約締結上の過失の有無はセットで論点となることが多いです。

本件では,元請けと下請けとの間で,経営統合の話が白紙になったということをきっかけとして下請けが開発作業から撤退したという特別な事情があるケースですが,数カ月に渡って作業が行われていたにもかかわらず,契約の成立も認めず,また契約締結上の過失はないとされました。

本件の特徴は,上記のような経営統合という特殊事情があったことに加えて,委託者側から契約の成立や契約締結上の過失の主張が出ていたことが挙げられます。通常は,契約書がないが,途中までの作業は行ったとして,受託者側から契約の成立等の主張をするものですが,本件では,途中で手を引かれてしまったことの責任を問おうとしています。

基本契約書には,通常は,個別契約の成立手続が明確に記載されており,本件でも,その手続が履践されていなかったことが不成立の事情の一番手に挙げられていました。しかし,契約上の手続が履践されていないとしても,契約が成立するとした事例もあるので(東京地判平19.1.31 リンクは当ブログ),この部分は絶対的な条件だとも言えないでしょう。より重要なのは,ユーザ(D社)からの委託内容は決まっていたが,下請け(Y)への委託内容が固まっていないという点であるように思います。