IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

ベンダ内部での評価結果文書とその過程文書の提出義務 東京高決令3.12.14(令3ラ706)

システム開発紛争における文書提出命令申立て事件にて、ベンダ内部の評価文書やその作成過程が自己利用文書に当たって開示を拒絶できるかどうかが問題となった事例。

事案の概要

原告(文化シヤッター)は、被告(日本IBM)に対し、セールスフォースをベースとした基幹システム導入が失敗したことについて、損害賠償請求する訴訟を提起していた(この基本事件については、東京地判令4.6.17にて紹介している。)。本件は、この基本事件の審理過程において、原告(申立人)は、システムの完成に至らなかった原因を明らかにするために、申立人が提出した証拠(下記図の甲x)に、被告(相手方)が米国本社のセールスフォース専門チーム(特別チーム)が解決策を協議したとの記載があったことから、その協議の結果や協議に関する文書一式(本件文書)の取調べの必要性が高いとして、原告が行った民事訴訟法221条に基づいて文書提出命令の申立てを行った(下図参照)。

ここで取り上げる争点

  • 文書提出義務の有無(民事訴訟法220条4号ニ「自己利用文書」該当性)

申立人は、本件文書には、システム完成が不可能である原因が記載されており、義務に違反したことを示すものとして、申立人及び相手方間の法律関係と密接な関連性を有するから,「挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成された」文書(民事訴訟法220条3号後段。法律関係文書。)に該当すると主張していた。

他方、相手方は、本件文書は、内部での協議・検討目的で作成されたもので「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」(同条4号ニ。自己利用文書。)に該当するとして、拒絶していた。

裁判所の判断

原決定(東京地決令3.2.24(平31モ595))によれば、相手方が「Bunka Shutter Org Assessment」と題する文書(本件協議結果文書)を裁判所にインカメラ手続にて提出していたが、本件協議結果文書を作成する過程において作成されたメール等のメッセージや会議録(本件協議過程文書)については提出されなかった。

原決定は、本件協議結果文書及び本件協議過程文書のいずれについても自己利用文書の該当性を否定して、民事訴訟法220条4項柱書により提出義務があるとしたが(その余は文書の特定が不十分であるとして却下)、相手方が「本件協議過程文書」に係る部分を不服として抗告していた。

抗告審では、「本件協議過程文書」のうち「本件文書3」の部分についてのみ自己利用文書であると認め、その限度で開示の対象を限定したが、基本的に原決定を維持した。以下では、裁判所の判断が示された「自己利用文書」該当性について原決定の判断部分を中心に引用する(原決定の引用部分は、抗告審で改められている箇所があるが、いずれも補足的なものなので、そのまま原決定を引用している。)。

ある文書が,その作成目的,記載内容,これを現在の所持者が所持するに至るまでの経緯,その他の事情から判断して,専ら内部の者の利用に供する目的で作成され,外部の者に開示することが予定されていない文書であって,開示されると個人のプライバシーが侵害されたり個人ないし団体の自由な意思形成が阻害されたりするなど,開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあると認められる場合には,特段の事情がない限り,当該文書は民事訴訟法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たると解するのが相当である(最高裁平成11年(許)第2号同年11月12日第二小法廷決定・民集53巻8号1787頁)。

つまり、内部文書であり、かつ開示することによる不利益が生じるものについては開示対象外となるとしている。続いて裁判所は、以下のように述べて内部文書にあたるとした。

確かに,本件協議結果文書及び本件協議過程文書の記載内容は相手方の履行不能の成否に関連するものであるといえるし,相手方は,平成29年2月22日の申立人との打合せにおいても,申立人に対し,特別チームと解決策の協議を行う旨や,相手方のアメリカ法人の調査は既に行っており申立人の要望に応えるために何とか対応できないかの検討を行っている旨を伝えていることがうかがわれる(甲(内)29-2-22)。そうすると,申立人においてその検討の結果が何らかの形で適時に開示される旨の期待を有していたとしても無理からぬ面はあるといえる。

しかしながら,本件協議結果文書及び本件協議過程文書は,飽くまで相手方内部(そのアメリカ法人に属する特別チームを含む。以下同じ。)での検討のために作成された文書であるから,上記事情を踏まえても,相手方が申立人への本件協議結果文書及び本件協議過程文書自体の開示を予定していたとまでは直ちには認め難く,また,本件協議結果文書及び本件協議過程文書が申立人の利益のために作成されたものであるともいえない。

不利益性については少々長く引用する。

ア インカメラ手続による審理の結果,本件協議結果文書の内容は,構築中であった本件システムに関する特別チームの技術的な調査結果及び評価並びに当該調査結果に基づく特別チームからの問題解決に関する技術的なレコメンドであることが認められる。

そうすると,本件協議結果文書は特別チームによる本件システムの技術的な調査結果等に関する文書であり,相手方内部における意思決定過程そのものが記載されたものとはいえず,その開示によっても相手方内部における自由な意思形成が阻害されるおそれがあるとは認め難い。

イ また,本件協議過程文書については,特別チームがSFソリューションに非常に長けたチームであるとされていることからすると,具体的には,相手方が本件システムの開発に関して申立人に提案すべき解決策を検討するための前提として,特別チームのSFに関する技術的,専門的知見を踏まえた本件開発手法についての分析結果や意見,これを受けた相手方と特別チームとの協議の過程等が記載されているものと考えられる。

そうすると,本件協議過程文書は,その作成経緯等からして,一部に特別チームと相手方との率直なやり取りが含まれている可能性こそ高いものの,相手方内部における意思決定過程そのものが記載されたものとはいえない。

ウ (略)

エ 相手方は,本件文書に記載されている相手方内部におけるプロジェクトの問題解決に関するノウハウ等が開示され,競業他社との間で相手方が看過し難い不利益を被ると主張する。

しかしながら,既に述べたとおり,本件協議結果文書は特別チームの技術的な調査結果及び評価等をその内容とするものであり,本件協議過程文書も,特別チームの技術的,専門的知見を踏まえた本件開発手法についての分析結果や意見等が記載されているものと考えられるところ,システムの開発方法を検討するに当たって専門家から専門的知見を踏まえた意見等を得る際の具体的な方法自体に独自性があるとは認め難いし,上記のとおり,相手方がインカメラ手続における本件協議過程文書の提示の求めに応じないことにも照らすと,特別チームと相手方とのやり取りも,相手方内部におけるプロジェクトの問題解決に関するノウハウ等それ自体を直ちに開示するような性質のものではないと考えざるを得ない。また,その他本件協議結果文書及び本件協議過程文書に競業他社との間で相手方が必要に応じて閲覧制限の申立てを行うなどしてもなお看過し難い不利益を被るようなノウハウ等が含まれていることを認めるに足りる証拠もない。

オ したがって,本件協議結果文書及び本件協議過程文書の開示によって相手方に看過し難い不利益が生ずるおそれがあるとは認められない。

抗告審では、本件文書3については開示の対象から除かれた。その判断部分について引用する。

原審相手方は,本件文書3について,原審相手方とその親会社であるIBMコーポレーション社内で使用されている,SFを用いた開発を行うプロジェクトに要する費用を見積もるためのExcelシートで作成されたツールであって,原審相手方がシステム開発ベンダとして有する知見やノウハウを用いて作成した見積ツールであり,競争力の源泉であって,通常社外に開示されることはない営業秘密にも該当する重要なノウハウである旨主張する。

当審におけるインカメラ手続による審理の結果等によれば,本件文書3は,原審相手方が開発を行うプロジェクトに要する費用を見積もるためのツールであることが認められ,本件文書3が開示された場合には,原審相手方内部における見積もりの計算方法が明らかとなり,原審相手方の営業における競争力に影響を与えるものであるということができる。そして,原審申立人は原審相手方の競争他社とはいえないものの,本件文書3については,その内容に照らし,原審相手方が閲覧制限の申立てを行うなどしてもなお看過し難い不利益を被るおそれがあるということができるノウハウが含まれていると認めることができる。

以上より、本件文書3に係る部分のみ、開示の範囲が減縮された。

若干のコメント

本ブログで、文書提出命令申立て事件を取り扱うのは初めてです。我が国の民事訴訟では、自分が保有する証拠を提出するのが原則で、相手方または第三者保有する文書を提出するよう求める手段は限られています。その手段の一つとして、文書提出命令(民事訴訟法220条)がありますが、これは、文書の提出命令を出すように裁判所に申し立てて、裁判所は一定の要件を満たすと判断した場合には、提出をするよう命じることになります(ただし、刑事手続における捜索のように強制的に執行するものではありません。)。これを拒絶した場合、裁判所は「当該文書の記載に関する相手方の主張」あるいは「その事実に関する相手方の主張」を、裁判所は真実と認めることがあります(つまり挙証者に有利な判断がされます。法224条1項)。

この一定の要件とは、法220条に書かれていて少々複雑ですが、1号から3号までは、そこに該当していれば提出義務があり、4号はそこに列挙されている事情がない場合に提出義務があるので、申立人は、1号から3号のいずれかに該当することを主張し、相手方は4号列挙事由に該当することを主張するという構図になります。そのうち、一番論点となりがちなのが、本件でも問題となった4号ニの「自己利用文書」です。

また、これらの事由に該当するかどうかは、裁判所がその内容を見てみないと判断できないといった問題があるため、「インカメラ手続」(法223条6項)といって、裁判所だけがその内容を見て該当性の判断のみを行うという手続が用意されています*1

システム開発紛争に限らず、通常の民事訴訟では、文書提出命令申立てが頻繁に行われているわけではなく、裁判所から事実上、当事者に提出するよう要請するなどの調整をしたり、あるいは申立てが行われても決定に至る前に裁判所から説得するといったことが行われています。そのため、法220条各号の該当性に関する裁判例もそれほど多く蓄積されていません*2

大手のシステム開発ベンダには、開発の現場にいる部隊のほかに、品質管理部隊や、特定のソリューション・技術の専門部隊がいて、後方から支援を行うほか、トラブルが生じた場合に第三者的な立場から評価したり、解決策を検討したりすることが行われています。そこはユーザ不在の場で検討が行われるため、忌憚ない意見が交わされ、赤裸々に問題点が指摘されますし(むしろそれが真の目的です。)、ベンダは提案段階では「品質管理部門が後方支援します」ということをウリにして、ユーザに安心を与えることもあります。

ひとたびトラブルになると、ユーザからベンダに対して、そういった内部の検討状況の報告を求めますが、ベンダは、生の議論を全部開示するなどということはなく、顧客であるユーザ向けの報告をすることになります。本事案では、それでは真の原因にたどり着けないと考えたユーザ(原告。申立人。)が、ベンダの米国法人におけるセールスフォース専門部隊とのやり取りについて開示を求めました。こうした文書は、まさにベンダにとって「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たり得るのではないかというのが本件の一番の争点でした。

結果は、上記のとおり内部文書であることは認めつつも、開示によって看過できない不利益が生じるものではないとし、基本事件でもここで提出された証拠がどこまで心証に影響したのかは不明ですが、ベンダの責任が認められました。

大規模な開発案件の場合、品質管理部門、専門部隊によるサポートは不可欠ですが、トラブルになった場合には、内部のサポートに関するやり取りが訴訟において開示の対象にもなり得る(自己利用文書に該当すると認められるのは容易ではない)ことに留意しておきたいものです。

なお、ユーザもやみくもに文書提出命令の申立てをすればよいというものではありません。本件でも、前提問題として文書の特定性が争われていますので、文書の存在がある程度明らかになっているもの以外は、包括的に開示を求めるということは困難でしょう。

*1:インカメラ手続は特許法105条2項にも定めがあります。

*2:銀行の貸出稟議書が自己利用文書に該当するかどうかが争われた判例があります。