IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

パソコンHD内のデータを誤って消去させた場合の損害 広島地判平11.2.24判タ1023-212

ディスク交換作業にあたって誤って旧ディスク内のデータを消去させてしまった事業者の責任が問題となった事例。

事案の概要

Xは,HDを購入して自己の所有するPCに据え付けすることとし,量販店Yにその作業を依頼した。Yの担当者は,XのPCの内蔵HDのデータを,新しいHDに移すつもりであったが,誤って内蔵HDをフォーマットしてしまった。


そのHDには次のような情報が記録されていたが,そのミスにより,(二)の過半数と(三)(四)(五)のすべてが失われた。

(一) およそ九〇万字に及ぶ文章
(二) 数百通の業務文書
(三) 独自に開発した海難審判検索システム
(四) 電話番号を含む住所録
(五) ユーザー(個人)辞書
(六) 電子メール送受信ファイル


そこで,Xは,Yに対し,データの復元費用(手入力からの作成)約1000万円,慰謝料1000万円など,合計で約2400万円の不法行為に基づく損害賠償を求めた。

ここで取り上げる争点

Yによる不法行為の成否

Xの損害の額

過失相殺の有無,割合

裁判所の判断

まず,一般論としてデータを故意または過失により消失させた場合には不法行為となり得ることを示した。

パソコンのデータは、磁気により記録された情報にすぎず、常に消去される危険性があることは否定できないとしても、それ自体法的保護に値する利益であるというべきであるから、これを故意又は過失により消去するなどして侵害した場合には不法行為が成立する余地があるというべきである。

そして,次のように述べて,作業者Sの過失を認め,Yの責任を肯定した。

Sが、本件ディスクの据付作業を始める前、取扱説明書である再セットアップガイドを読んでいれば、旧ディスクをスリープ状態にしていても再セットアップをした場合、常に旧ディスクの一番目の領域であるAドライブ(第一パーティション)にインストールされることを知り得たはずである。すなわち、インストール先がAドライブであることを知り得たならば、フォーマットの最初のメニューである「状態変更」でAドライブ(旧ディスク)をスリープ状態に変更した場合であっても、もとの状態であるアクティブ状態に戻ることに対して疑問を持つことが可能であったといえる。そこまで詳細に理解ができなくとも、少なくとも、相当な注意を払えばセットアップ先はどこであるかについて疑問を持つことができ、疑問を持てば、旧ディスク内のデータを本件ディスクにコピーする等の他の方法を選択する余地も十分考えられる。

しかるに、Sは、本件パソコンの取扱説明書に事前に目を通さずに、セットアップを行い、セットアップ先がどこかについて疑問を持つこともなく作業を実施したのであるから、この点につきSに過失があったといわざるを得ない。


Xが保管していたデータは,海難審判検索システムという特殊なデータ,システムであった。また,業務における必要性は認めつつも,裁判所は損害については次のように述べた。

海難審判検索システムは、審判検索の他、現存するインターネット上のものよりもシステムとして利用範囲が広いというのであるから、その利用価値が認められないではないが、現段階では未完成であり、ソフトウェアとしての技術水準に達しているとはいえず、出版社との商品化の交渉にも至っていないというのであるから、その財産的価値(客観的価値)は皆無とはいえないとしても、これを具体的に算定することは困難というほかはない。

(略)

Xは、プログラム開発業者にXが作成していたシステムを再現するよう開発を依頼すれば、合計金九三二万六六五〇円(見積額)になる(と供述するが・・略・・)Xは基本設計等を作らずにシステムを構築し、実際の復元方法は、別のパソコンに存在するプログラムをもとに、自らの労力でシステム開発を続行するというのであるから、右事実に照らして考えると右見積額は高額に過ぎ、その算定根拠や算定過程に合理性がなく、Xの右供述及び前掲証拠をそのまま信用することができず、他にXの見積額に関する主張を認めるに足りる証拠はない。

として,Xの主張する損害をそのまま認定することはなく,

以上認定、説示のとおり、本件データの財産的価値(客観的価値)が皆無とはいえないとしても、その喪失によりXが被った財産上の損害額を本件証拠上確定することは、損害の性質に照らし極めて困難である。

しかしながら、そのことの故に右損害額を零と認定するのは民訴法二四八条の規定の趣旨に照らし相当でないから、Xが被った財産上の損害は、慰謝料の補完事由として、この点も慰謝料算定において斟酌するのが相当である。

と,民訴法248条*1を援用しながら,全部ひっくるめて慰謝料で算定しましょうとした。


その結果,諸般の事情を考慮して,損害は100万円を超えるものではないと認定した。


さらに,過失相殺について次のように述べて損害額を50万円とした。

Xはバックアップをとっていなかったところ、業務上不可欠なデータが多量に存する場合、事故の際の復旧に備えてバックアップをとっておき、損害を最小限のものにすることが必要であり、その懈怠によって発生又は拡大した損害については、Yにその全部を賠償させるのは損害賠償法を支配する衡平の理念に照らし均衡を失するというべきである。そこで、民法七二二条二項の過失相殺の規定を類推適用して、データの重要性、損害回避のためのバックアップの必要性、これを怠ったXの過失の程度その他諸般の事情を斟酌し、Xに生じた右損害の五〇パーセントを減額するのが相当である

若干のコメント

Xと,Yの従業員で作業ミスをしてしまったSとは,得意客と馴染みの店員という関係があったようです。


データが消えてしまった事故といえば,平成24年のファーストサーバの事故や,東京地裁平成13年判決が思い出されますが,これらのように事業者が有料サービスとして提供していた環境で生じ,事業者が提供するルールが適用される場面で起きたものではなく,本件では,本来有料とすべきところ,得意客ということで無償対応したら事故が生じてしまったという事情があり,その点は過失相殺の際に考慮されています。


そもそも,火事で燃えてしまった場合に,喪失してしまった財産の価値を立証することが困難であるのと同様に,この種のデータ喪失の場合において損害の立証は極めて困難です。本件では,民訴法248条を援用してざっくりと100万円と認定しましたが,その額の妥当性については,なかなか判断しかねるところです(控訴した後に和解した模様)。

*1:損害の立証が極めて困難であるときは,裁判所は相当な損害額を認定することができるという規定。