IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

通信の秘密の意義 東京地判平14.4.30(平11刑わ3255号)

コンピュータシステムから電話料金の請求書等の情報を窃取した行為について,電気通信事業者法に定める「通信の秘密」の侵害に当たるかどうかが争われた刑事事件。

事案の概要

電気通信事業者である企業に務めるX,Yは,革マル派に所属していたが,対立する中核派の動向を調査する目的で,自社のコンピュータシステムから加入電話に関する請求書送付先,支払状況等のデータを出力し,また,その他の文書を持ち出した行為について,窃盗罪で起訴されるとともに,電話に関するデータを出力して持ち出した行為について,電気通信事業者法違反で起訴された。

ここで取り上げる争点

Xらが持ち出した加入電話の契約者氏名,設置場所等のほか,料金支払い情報等(詳細は以下)は,通信の秘密の保護対象となるか。

Hら七名名義の加入電話七台に関する契約者氏名、設置場所等を記録したデータ七件及びH名義の加入電話一台に関する料金支払情報を記録したデータ一件をそれぞれ出力し、これらを印字した「基本情報照会」と題する文書七通及び「料金基本情報」と題する文書一通の合計八通の文書


なお,電気通信事業者法4条1項では,「電気通信事業者の取扱中に係る通信の秘密は、侵してはならない。」とし,これに違反すると二年以下の懲役(電気通信事業に従事する者の場合には三年以下)その他罰則がある(同法179条)。

裁判所の判断

裁判所は次のように述べて,電気通信事業者法違反について無罪とした。


まずは,「通信の秘密」の範囲について次のように述べて,通話内容だけでなく,通信の日時,場所,回数等も含まれるとした。

「通信の秘密」には、通信の内容のほか、通信当事者の住所・氏名・電話番号、発受信場所、通信の日時・時間・回数なども含まれると解すべきである。けだし、通信の秘密を保障する趣旨は個人のプライバシーの保護、ひいては個人の思想、表現の自由の保障を実効あらしめることにあるところ、通信の相手方の住所・氏名・電話番号などを人に知られることによっても、個人の思想、表現の自由が抑圧されるおそれがあるからである。


さらに通信履歴や,利用明細も通信の秘密として保護されるが,電話番号情報等,個々の通信とは無関係に蓄積されるものについては,保護の対象外になるとした。

なお、例えば電話番号については、通信履歴(利用者が電気通信を利用した日時、当該通信の相手方その他の利用者の通信に係る情報であって通信内容以外のものをいう)や利用明細(利用者が電気通信を利用した日時、当該通信の着信先、これらに対応した課金情報その他利用者の電気通信に関する情報を記載した書面)におけるそれのように、個々の通信を取り扱った電気通信事業者のもとで、当該個々の通信に関係するものであることが分かる形で保管されている場合には、「通信の秘密」として保護されるが、電話番号情報(電気通信事業者が電話加入契約締結に伴い知り得た加入者名又は加入者が掲載、案内を希望する名称及びこれに対応した電話番号その他の加入者に関する情報をいう)におけるそれのように、個々の通信とは無関係に蓄積されたものである場合には、たとい電気通信事業者のもとで管理されていても、また、個人情報として保護する実際上の必要性の高いものであっても、「通信の秘密」の保護の対象外である。けだし、それは「『通信の』秘密」には当たらないからである。


そして,XYが持ち出した情報のうち,「基本情報照会」については加入者の契約者名等であり,「料金基本情報」については電話料金の請求先や支払状況に関するものであって,個々の通信とは無関係に蓄積されるものであるから,「通信の秘密」には当たらず,罪とならないから,この公訴事実については無罪とされた。

若干のコメント

「通信の秘密」は憲法21条2項に由来するもので,本件は電話に関する情報でしたが,最近では,電子メールや,IPベースの通話,メッセージサービスも電気通信事業者の取扱中に係る通信に該当するため,通信の秘密による保護を受けます。近時,いろいろと話題になっている個人情報と比べて,刑事罰による制裁もあり,保護の程度が高い情報だといえます。


本件が判示したところでは,通信の内容だけでなく,いつ,誰が誰と通信したかといった履歴の情報も通信の秘密の保護対象となります。


例外として考えられるのは,通信当事者の同意がある場合と,刑法一般の違法性阻却事由の存在です。前者については,包括的一般的な同意は無効だとされ,通信当事者の双方からの同意が必要とされています*1。後者については,近時は違法・有害コンテンツのブロッキングの際に話題となりましたが,正当行為(刑法35条)や,緊急避難(同37条)等を理由として違法性が阻却されると解されています*2


また,余談ですが,近時,ヤフーがメールの内容に応じて広告を表示するというインタレストマッチ広告サービスについても,通信の秘密との関係が話題となりましたが,平成24年9月27日,総務省は一定の条件を具備することを前提に許容範囲であるとされました。
http://www.soumu.go.jp/menu_kyotsuu/important/kinkyu02_000122.html

*1:DPI技術を利用した行動ターゲティングについて総務省は,通信当事者の同意がある場合でも,その意味を正確に理解した上で,個別かつ明確な同意がなければならないとしている(2010年 http://www.soumu.go.jp/main_content/000067551.pdf

*2:サイバー攻撃への対処と,通信の秘密との関係については,「電気通信事業におけるサイバー攻撃への適正な対処の在り方に関する研究会」の情報が新しい(2014年。 http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01ryutsu03_02000071.html