IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

契約締結上の過失を認めた事例 最判平19.2.27判タ1237-170

ゲーム機の開発・販売に関する契約交渉が破棄された事例において,発注者の契約締結上の過失が認められた事例(システムではない)。

事案の概要

Xは,パイゴウ(牌九)と呼ばれるカジノで使用されるゲーム機に使用する専用牌を自動的に整列させる装置(本件装置)の開発を,Yを経由してAから打診された。


本件装置の取引は1000台が目標とされ,開発費はA,Yらが負担するということが大枠で合意されて,Xは本件装置の開発,試作を進めた。Xは,開発費のY負担分960万円の見積書を提出した。ただし,Yは契約書の取り交わしには応じず,「開発費支払確認書」などの書面等が交付されるにとどまっていた。


その後,本件装置の改良等が進められる一方で,本件装置の販売見込から,1台当たりの価格等の交渉,検討が行われた。その間,本件装置200台についてはYからXに対して発注する旨が口頭で確認された。


平成10年1月21日には,YからXに対する発注書(本件発注書)が交付され,そこには本件装置1000台以上の販売を目標とすること,本件装置100台を1台26万円で発注すること,正式な売買契約書を後日作成すること等が記載されていた。


その後,なかなか具体的発注がないことに業を煮やしたXからは様々な提案がなされた一方で,Xからは本件装置の改良や金型の製作が続けられ,量産機の製造も開始された。同年7月1日には,A,X,Yを含む4社で「牌九の条件合意書」という書面が交わされ,本件装置の単価が定められ,最終契約(4社契約)を締結することが確認された。


ところが,同年8月17日に4社契約締結のために関係者が集まったところ,Aから本件装置の仕様変更要望が伝えられ,Xもこれに憤慨するなどして,交渉は物別れに終わった。


その後,Xから資金繰りの問題から現金化を懇請されたYは,関係者を通じて1000万円を支払った。


結局,契約は不成立となり,XからYに対し,主位的にXY間の契約についての債務不履行に基づく損害賠償,予備的にXY間の契約締結上の信義則違反に基づく損害賠償として,開発費,逸失利益等の合計約1億6000万円を請求した。


原審(東京高判平17.1.26金商1274-31)は,主位的請求のほか,予備的請求についても,仕様変更を伝えたのはYではなくAであること,1000万円はXの要求に基づいて支払われていること,Yは,Aの承諾がない限りXY間の売買契約を成立させるわけにはいかない立場にあったこと等からYの対応は信義則に反するものではないとして,棄却した。

ここで取り上げる争点

Yには契約交渉段階における信義則違反があったか。

裁判所の判断

最高裁は次のように述べて破棄差し戻しした(少々長いが引用する)。

前記事実関係によれば、Xは、Yとの間で本件商品の開発、製造に係る契約が締結されずに開発等を継続することに難色を示していたところ、Yは、Xに本件商品の開発等を継続させるため、Aから本件商品の具体的な発注を受けていないにもかかわらず、YがXとの間の契約の当事者になることを前提として、平成9年12月26日ころ、Xに対し、本件装置200台を発注することを提案し、これを正式に発注する旨を口頭で約し、平成10年1月21日に、本件装置100台を発注する旨等を記載した本件発注書を交付し、同年6月16日に、本件装置を10か月間、毎月30台を発注する旨等の提案をした本件条件提示書を送付するなどし、このため、Xは、本件装置100台及び専用牌の製造に要する部品を発注し、専用牌を製造するために必要な金型2台を完成させるなど、相応の費用を投じて本件商品の開発、改良等の作業を進め、7月分商品を製造し、これをYに対して納入したというのである。

これらの事実関係に照らすと、Yの上記各行為によって、Xが、Yとの間で、本件基本契約又はこれと同様の本件商品の継続的な製造、販売に係る契約が締結されることについて強い期待を抱いたことには相当の理由があるというべきであり、Xは、Yの上記各行為を信頼して、相応の費用を投じて上記のような開発、製造をしたというべきである。

そうすると、Yは、一面で原審が指摘するような立場にあったとしても、Aから本件商品の具体的な発注を受けていない以上、最終的にYとAとの間の契約が締結に至らない可能性が相当程度あるにもかかわらず、上記各行為により、Xに対し、本件基本契約又は4社契約が締結されることについて過大な期待を抱かせ、本件商品の開発、製造をさせたことは否定できない。上記事実関係の下においては、Xも、Yも、最終的に契約の締結に至らない可能性があることは、当然に予測しておくべきことであったということはできるが、Yの上記各行為の内容によれば、これによってXが本件商品の開発、製造にまで至ったのは無理からぬことであったというべきであり、Yとしては、それによってXが本件商品の開発、製造にまで至ることを十分認識しながら上記各行為に及んだというべきである。したがって、Yには、Xに対する関係で、契約準備段階における信義則上の注意義務違反があり、Yは、これによりXに生じた損害を賠償すべき責任を負うというべきである。本件4社交渉は、Cが新たな改良を要求したことに端を発して決裂し、その後のXとYとのやりとりの中で4社契約の締結に向けた交渉が最終的に決裂したものであるが、上記交渉決裂の主たる原因は、Yに本件商品の開発業者の手配を委託し、終始Yに本件商品の開発に関する指示をしていたAの代表者であるCが時機に後れた改良要求をしたことにあるというべきであり、Xにも上記交渉決裂の責任の一端があるとしても、上記交渉決裂の経緯は、Yの上記責任を免れさせることにはならない

若干のコメント

本件は,システム開発の事案ではないものの,カスタムメイドの機械の開発,製造に関する交渉が長期にわたって行われた挙句に,契約不成立となった事例として,システム開発において類似のケースが多いことから取り上げました。また,契約締結上の過失に関する事案として最高裁判例は珍しいと思います。


システム開発においても,本件におけるYのように,中間取引事業者が介在することは多く,事実上の発注決定権がないために,このようなゴタゴタになるケースはあり得るのですが,X,Yそれぞれの立場や交渉経緯を考慮して,Yに信義則違反があるとしました。