IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

次フェーズ契約不成立時の処理 東京高判平27.5.21(平26ネ6326)

多段階契約方式を採用するプロジェクトにおいて,後続工程にかかる契約が締結されなかった場合に,締結済み契約の値引き分を改めて請求できるかどうかが争われた事例(原審:東京地判平26.11.20(平25ワ11481))

事案の概要

訴外Zは,顧客にウェブ上で製品マニュアルのダウンロード,商品の注文等を可能にするシステム(本件システム)の構築を,Yに発注し,Yは,Xに発注することとなった(ZはXに直接発注することを想定していたが,事情により間にYを挟むこととなったという事情があった。)。


Xは,Yに対し,3つのフェーズに分割した見積書を提出した。

  • フェーズ1(要件定義及び基本設計)597万円(税別,以下同じ)
  • フェーズ2(詳細設計及び開発)1138万円
  • フェーズ3(総合テスト(導入,操作指導,最終確認))476万円


平成23年11月1日,XYは,ソフトウェア基本請負契約を締結した(個別契約の締結が予定されていた。)。その後,YZ間でも業務委託基本契約が締結された。


フェーズ1にかかる個別契約1(代金597万円)が締結され,納入,検収が行われ,Yは,Xに対し,フェーズ1の請負代金597万円を支払った。


その後,フェーズ2にかかる個別契約2(代金1138万円)が締結された。


さらに,Zから追加機能が要望されたため,Xは,Yに対し,フェーズ2以降の変更見積もりを提出した。

  • 新フェーズ2(要件定義,基本設計,詳細設計,モックの開発)2000万円
  • 新フェーズ3(詳細設計及び開発)2700万円
  • 新フェーズ4(総合テスト・受入れテスト・導入支援)884万1000円


その後,新フェーズ2の作業の一部を新フェーズ3に移すなどことが協議され,平成24年8月10日,フェーズ2の内容について,総額を1138万円+482万円(合計1620万円)に変更する覚書(本件覚書)が締結された。XはYに対し,フェーズ2の納品物件を納入し,Yは,Xに対し,フェーズ2の請負代金1620万円を支払った。


しかし,その後,フェーズ3の個別契約が締結されなかったことから,XはYに対し,Yがフェーズ3以降も発注することを約束し,Xはそれを前提にフェーズ2の代金を減額したにもかかわらず,Yがその後発注しなかったとして,債務不履行又は不法行為に基づき,合計1735万円の損害賠償等の支払を求めた。


原審(東京地判平26.11.20)は,XY間に新フェーズ3の発注の約束があったとは認められないが,

基本契約と個別契約とを切り分けて締結している本件システム再構築に係る発注方式(多段階契約方式)の下では,次工程の個別契約を締結することが当然に約束されているものではないが,発注者であるYにおいて,請負人であるXに対し,次工程の個別契約が締結されるものとの正当な期待を生じさせた場合には,信義則に照らし,Yはその期待を侵害したことについて不法行為上の損害賠償義務を免れないものと解される。

としたうえで,180万円分については,すでにフェーズ2契約に基づいてXが負担した費用であり,追加発注又は代替的な保障措置を受けられるものと期待した限度において保護される損害としつつ,Zの意向等を確認しないなどのXの過失により4割を減額するとして,108万円の限度で,Xの請求を認めたため,X,Yともに控訴した。

ここで取り上げる争点

Yは,フェーズ3以降の個別契約の締結がされるとの正当な期待を生じさせたか

裁判所の判断

裁判所は,原審の判断と異なり,Xの請求をすべて棄却した。

そもそも,XとYとの間で締結された本件基本契約においては,本件システム再構築の請負業務は多段階契約方式で行われるものであり,フェーズ毎の個別契約の締結をまって,業務の範囲,納期,納入物の明細,代金支払条件等が定まるものとされていたのであるから,本件基本契約の締結によって,本件システム再構築の全工程の個別契約の締結までもが当然に約束されたものではなかったものである。

その根拠として,裁判所は以下のような事情を挙げていた。

  • XYZの三者で協議が行われ,Zの担当者からは,代金額の調整がつかなければ,契約自体をキャンセルせざるを得ない旨が告げられていた
  • 調整により,フェーズ2の代金額は1800万円から1620万円に変更され,それに応じた見積書が提出されていた

以上の事実によれば,本件メール*1はYがZに対してフェーズ3を発注する際のYの要望を告げたという域を出ないものであって,YがXに対して新フェーズ3の発注を確約したことを示す根拠となるものでもないというべきである。そして,X代表者としても,上記のような交渉経緯を経て本件メールのコピー送信を受けたことを認識していたものであり,本件メールの内容からしても,これまでの経緯に反してZがYやXに対して今後本件プロジェクトを続行する意向を示したことをうかがわせるものでないことは明らかであるから,Yが送信した本件メールは,XにYから新フェーズ3が発注されると誤信させるような内容ではないし,Xにそのような期待を抱かせるものともいえない。X代表者が,新フェーズ3が発注されれば,これによってこれまでの開発作業の対価を回収することが可能であると考え,そのことに期待を寄せていたと認められるとしても,Yから新フェーズ3の発注が約束されたことを前提としてXが本件覚書を締結したとまで認めることはできないから,上記のような期待は単なる期待感にすぎず,法的保護に値するものということはできない。

若干のコメント

実務的には「あるある」の事例です。判決文中にも出てきたように,多段階契約方式では,フェーズ単位で契約を締結することが予定されている以上,ベンダとしても次の工程の受注は約束されていないものの,双方ともに最後まで進むことが「お約束」になっていることが少なくありません。また,ユーザ側の予算等の事情により,「次フェーズに回してくれないか」などといった要望(という名目での値引き要望)が出されることもよくあります。結局次フェーズが締結されなかった場合に,その「次フェーズに回されたはずの代金」を改めて請求できるかというのが問題となりました。


本件では,原審では,その減額分180万円については法的保護の対象になるとしたものの(過失相殺で4割減額),本判決では,そのような期待は「法的保護に値する正当な期待であったともいえない」とされました。


こうした事例は比較的多いため,実際のやり取りの内容,証拠の有無・質によって結論が分かれ得るところです。しかし,ベンダとしては,「次フェーズに回してくれないか」という要望に応じる際には,回収できない可能性があることを覚悟すべきでしょう。もちろん,次フェーズの個別契約が不成立の場合には別途支払う,といった念書をとっていれば話は別ですが,そのような念書が取れるケースは極めて稀だと思われます。

*1:YからZに送られたメールであって,新フェーズ2の代金の一部を新フェーズ3に移動するとの趣旨を含むもの