IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

ネットバンキングサービスの障害 東京地判平26.10.1(平25ワ33103)

ネットバンキングサービスの障害によって金融取引に生じた損害の賠償責任が問題となった事例。

事案の概要

Xは,FX取引の利用者であり,Zの提供するFX取引サービスを利用していた。また,Xは,Y銀行が提供するネットバンキングサービス(本件サービス)を利用しており,Y銀行の提供するクイック入金サービスのユーザであった。


クイック入金サービスは,24時間いつでも加盟店のサービス・商品代金等を支払えるというサービスであるが,Zは,Y銀行の加盟店であった。


平成23年3月11日に東日本大震災が発生し,義援金の振込入金処理が集中したことに起因し,同月14日から24日にかけて,Y銀行で大規模なシステム障害(本件システム障害)が発生した。Y銀行は,本件システム障害に対応するため,同月16日午後から翌日午前にかけて,本件サービスの利用を制限した。


ちょうどそのころ,Xは,FX取引を行っており,ロスカット条件を満たさないようにするために,追証として入金するために送金処理をしようとしたが,振込処理は実現されなかった。


その結果,Xが有していた未決済ポジションは,ロスカットの条件を満たしたため,Xが損失を被った。Xは,Y銀行に対し,本件サービスの障害によって損害(約1200万円)が生じたとして,賠償を求めた。
(FX取引やポジション,ロスカット追証等の説明は割愛する。)

ここで取り上げる争点

(1)Y銀行の債務不履行
(2)Xに生じた損害および因果関係

裁判所の判断

裁判所は,債務不履行の有無を判断するとみせかけて,先に損害の判断に移った。

本件サービスみずほダイレクトがインターネットを利用して提供されるサービスであること,本件サービス規定には,臨時のシステム調整等の実施によってネット振込決済サービスが提供されない場合があること等が定められていることからすると,本件サービスの利用契約においては,Y銀行が定めた利用時間内においても,Y銀行がその判断により,システム調整等の実施のため,Y銀行が本件サービスの全部又は一部の利用を制限することが予定されているものと解される。しかしながら,他方で,振込送金等に係るサービスの提供が上記契約におけるY銀行の基本的な債務であることに照らせば,Y銀行が合理的な理由がないのに上記サービスを提供しない場合や,Y銀行の故意又は重過失による事由等を原因としてシステム調整が必要となって上記サービスの提供を停止した場合には,Y銀行は顧客に対する債務不履行責任を免れないというべきである。

そうすると,本件システム障害の発生について,Y銀行に少なくとも重過失がある場合には,Y銀行はXに対して債務不履行責任を負うことになるが,以下では,上記重過失の有無についての判断をひとまず措いて,損害について判断する。

ここで重要なことは,規定上,臨時のシステム調整などでサービスが一時的に提供されない場合がある,と定めてあっても,サービスの内容に照らして,故意・重過失によってサービスを停止した場合には債務不履行責任は免れないと述べたことである。
(後述するように,実際に,本件サービスに生じた障害が,Y銀行の重過失によるものかどうかは判断されなかった)


Xが請求していたのは,ロスカットによって生じた損害である。裁判所は,Y銀行からみれば,こうした損害はネット決済サービスからすると「通常生ずべき損害」(民416条1項)には当たらないから,特別損害(同条2項)にあたるか,どうかを検討した。つまり,XがFX取引をしていたこと,ロスカットに関する約定,Xが有していたポジション,預託金(証拠金)の状況,ロスカット当時の為替の状況などの「特別の事情」が,予見可能であったかどうかが問題となった。

ア 特別の事情についての予見及び予見可能性については,予見する主体をどのように考えるか,予見又は予見可能性の程度をどのように解するかの問題があるが,債務が存在することを前提として,その不履行による損害の賠償をいかなる範囲で認めるべきかについて,抽象的な予見又は予見可能性を前提とすると,事実的因果関係の全てについて賠償を認めることになりかねず,相当でなく,ある程度具体的な予見又は予見可能性が必要とされるべきである。

イ 本件について,まず,前記(1)の特別の事情のうち本件FX取引に関する事情(約定の内容,本件未決済ポジション及び証拠金の状況,Xの注文状況等)について検討する。
一般に,金融機関の振込送金に係る事務は,資金移動の原因関係について関与することなく行われるものであり,かつ,その取引の件数は常時多数に及んでいることは,公知の事実である。このことからすると,金融機関が,個々の振込送金の事務を処理するに際し,その目的及びその背景にある取引の状況を具体的に認識することは,特段の事情がない限り,困難であるといわざるを得ないところ,本件において,そのような特段の事情を認めることはできないというべきである。
また,FX取引は,投資家が日々変動する為替相場等を踏まえて自らの判断で行う取引であって,第三者がその取引の状況を具体的に認識ないし予測することも困難である。

以上の点からすれば,Y銀行が,X主張の債務不履行時である本件システム障害の発生ないし本件利用制限の実施の時に,本件FX取引に関する事情のうち,少なくとも本件ロスカット時点のXの未決済ポジション及び証拠金状況,Xの注文状況等について,これらを具体的に予見し,又は予見することができたと認めることはできない。

以上のように述べて予見可能性を否定した。その他の事情(為替の状況等)についても,予見可能性を否定した。


その結果,裁判所は,Xの損害は,発生が認められるか否かを措いても,Y銀行において発生原因となる特別の事情を予見できなかったというから賠償すべき損害ではないとして請求はすべて棄却された。

若干のコメント

24時間稼働を標榜するネットサービスであっても,多くの場合,一定の保守,障害等の理由で停止することがあることや,そのような停止によってユーザに損害が生じたとしても免責されることなどが規約に書かれています。


本件では,結局,損害に対する予見可能性がないとされたので債務不履行の有無は判断されませんでしたが,サービスが停止することがあり得るとしつつも,サービスの性質に照らすと,故意・重過失によって停止した場合には債務不履行になり得ると述べたことが注目されます。