IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

航空予約チェックインシステム障害 東京高判平22.3.25(平21ネ2761)

航空予約チェックインシステムの障害によって,到着予定時刻に大幅に遅延して到着したことに関する損害賠償請求事件。

事案の概要

Xら23名は,Y(ANA)の羽田発鹿児島行き航空券を購入して旅客運送契約を締結したところ,平成15年3月21日に予約チェックインシステムの障害により,大幅に到着が遅延したとして,Yに対し,債務不履行履行遅滞)に基づく損害賠償として約20万円,顧客配慮義務違反があったとして,慰謝料合計約520万円を求めた。


一審(千葉地裁松戸支判平成21年4月17日)では,原告らの請求を棄却した。その理由は,Yにおいて予定時刻に到着することの実現に向けて合理的な最善努力義務を負うとしつつも,システム障害について予見可能性があったとは認められないというものであった(慰謝料についても棄却)。そのため,Xらが控訴した。


同日の障害は,予約チェックインシステム(本件システム)及びバックアップシステムの不作動により,旅客の搭乗手続ができなくなるというものであった。本件システムは,平成元年に稼働し,障害が生じるとバックアップシステムが作動することで,チェックイン業務が可能になるようになっていた。


本件障害は,本件システムを構成するルータ(ロンドン支店設置)の管理プログラム更新作業中に,作業員が誤ったために通信回線に過剰な負荷がかかり,午前4時47分ころ,ネットワーク全体が停止することによって生じた。


Yは午前5時33分,羽田空港のバックアップシステムを起動させた。その間,ネットワークも復旧したため,バックアップシステムに入力されたチェックイン情報を本件システムに転送する作業(切り戻し作業)を行った。


しかし,平成15年3月21日が三連休の初日ということもあり,データ送信量が多くなり,時間がかかったことからエラー制御によりホストコンピュータが異常終了した。さらにいくつかの条件が重なり,バックアップシステムに切り戻しの作業完了通知もなく,羽田空港に設置されていた端末が使用停止となった。


結局,ホストコンピュータによるチェックイン業務ができるようになったのは午前7時3分ころであった。


この間,Yは,システム障害のために搭乗手続が停止していること等の電光掲示板による表示や,アナウンスを行っていた。ただし,大きな混乱・混雑が生じ,到着50便,出発58便が欠航するなど,Yの同日の払戻金額は約1.1億円に上った。


Xらは,千葉県弁護士会所属の弁護士らで,当日,鹿児島県弁護士会,宮崎県弁護士会との交流目的で指宿ホテルに宿泊する予定であったが,出発が大幅に遅れたため,知覧観光,桜島観光などの予定を断念することとなった。

ここで取り上げる争点

(1)旅客運送契約の本来的債務の内容と債務不履行の有無
本件においては,Yの提供する定刻運送義務が結果債務なのか手段債務なのかが争われた。

(2)顧客配慮義務の内容と債務不履行の有無
Xらは,システム障害発生後のYの対応を問題だとしていた。

裁判所の判断

争点(1)旅客運送契約の本来的債務の内容

システムの障害が原因となったトラブルであるが,原被告間で締結されていたのは旅客運送契約であり,その内容が問題となった。

運送契約の必須の内容は、人や物を運送することであるが、そのほかに出発時刻や到着時刻が契約内容に含まれているかどうかは、個別の契約の解釈によるべきものである。

例えば、自動車による貨物の運送契約において、運送を行う日時の定めがされた場合においても、交通事情、気象条件、事故の発生等の不可抗力を含む事由により、定められた日時に運送をすることができない可能性があることは、契約当時から双方の認識しているところである。しかし、そのような可能性があるから、日時は債務の内容とされていない、あるいはその実現に向けて合理的な最善の努力をするというのが債務の内容であるというのではなく、その日時に運送を行うことが債務の内容になっているが、様々な事由により、その履行が遅滞したり不能になったりすることがあり、それが債務者の責めに帰すことのできない事由によるときは、債務不履行責任を生じないと解すべきであろう。

このように、不可抗力等により定めた日時を守ることができない場合があり得ることは、運送の対象が人であれ物であれ、運送の手段が自動車や鉄道であれ航空機であれ、その可能性の大小に違いはあるとしても、変わるものではない。したがって、出発時刻や到着時刻が運送契約の本質的要素ではないことや、運送が不可抗力により定めた日時どおりにできるかどうかが分からない性質のものであることから、直ちに、日時の定めがあっても、その実現に向けて合理的な最善の努力をするという債務としか解し得ないというものではない。そこで、本件旅客運送契約の内容を具体的にみる必要がある。

続いて,約款や,表示において,発着時刻がお断りなしに変更されるうることや,不可抗力の場合の免責があることなどを挙げ,さらに,次のように述べた。

本件旅客運送契約の合理的解釈として、運航時刻に関する合意の内容は、物理的に不可能な場合を別にすれば、運航時刻の遵守よりも優先すべき安全にかかわる事情(以下「優先事情」という。)の生じない限りにおける予定時刻を定めるものであって、Yは、優先事情が生じない場合には、これを守る義務があり、優先事情が生じた場合には、できる限り遅れを小さくするように対処する義務を負うと解するのが相当である。

(略)

もっとも、優先事情が生じてしまった以上は、運航時刻を守るよりは安全を優先すべきであるから、Yは、それ以降はできる限り遅れを小さくするように対処する義務を負うというべきであるが、優先事情自体がYの責めに帰すべき事由により発生したような場合には、Yは運航時刻の遅れにつき債務不履行責任を負うことになると解するのが相当である。


続いて,システム障害が発生したことについて,Yの過失の有無が問題となった。ここは原審認定が引用されているので,これを引用する。

〈1〉本件システム及びバックアップシステムは、昭和63年に開発された後、平成15年3月21日まで、長期にわたって不具合が発生しておらず、本件システム障害が発生し、その切り戻し作業の際に不具合が発生するまでの間に、いずれもが使用不能な状況に陥るであろうと具体的に予見することは困難であったこと、〈2〉本件システム障害が発生した後、バックアップシステムからホストコンピューターへの切り戻し作業の際にホストコンピューターが異常終了したものであるが、チェックイン情報を送信する際に、タイムラグが発生することは避けようがないこと、〈3〉本件システム障害は、制限時間200秒が経過した時点が0.00016秒(計算値)という一瞬の間隙と重なってしまったために生じたもので、このような偶発的なタイミングの一致から本件のような障害が発生することを予測することは、現在のコンピューターシステムの技術水準では極めて困難であったことが認められる。

そうすると、Yが本件システム障害に起因して、本件システム及びバックアップシステムの双方が使用不能になることを予見するのは困難であり、予見可能性があったとは認められないので、本件システム障害が発生したことについて、Yの過失を認めることはできない。

よって,Yの債務不履行は認められなかった。

争点(2)顧客配慮義務

Xらは,本件システム障害後に,Yが顧客らに対して適切に情報告知し,顧客に対応するとともに誘導や交通手段を確保するという信義則上の義務を負っていたと主張していた。


裁判所は,旅客航空事業者には次のような義務があるとした。

旅客航空事業者は、航空機の運航時刻の変更を行う場合には、旅客運送契約の付随義務として、搭乗者である旅客からの問い合わせがあった場合には、〈1〉(ア)出発時刻が変更されたのであれば、新たに設定された出発時刻を、(イ)変更見込みであるが新たな出発時刻が設定されていない場合にはその旨の、それぞれ確定した情報を可能な範囲で告知する義務を負い、また、〈2〉予約便を解約して運賃の払戻しを受けられる旨の情報を告知すべき信義則上の義務を負うものと解すべきである。

これを前提に,裁判所は,Yにおいて,可能な限り顧客に対して搭乗予定時刻等を知らせていたこと,Xらにおいて生命または身体に対する何らかの危険が生じたこともなかったこと,Xらのために代替の交通手段確保をすべき特段の事情もなかったことから義務違反はないとした。

若干のコメント

本件は,チェックインシステムの障害によって,目的地へ遅延したことの責任の有無が問題となった事例です。裁判所は,目的地に定刻どおり到着するために合理的な努力をすべき義務があるとしつつ,その原因となった事実が,航空事業者自身の責めに帰すべき事由によって引き起こされたものであれば,遅延について責任を負うとしたため,システム障害がYに過失によるものであるかどうかが問題となりました。


裁判所の認定によれば,ホストコンピュータによるチェックインシステムに障害があっても,各空港に設置されたバックアップシステムが作動する仕組みになっていたものの,偶然の事情が重なってどちらも動作しないという事態が生じたもので,予見可能性を欠くということでした。


ジェイコム株誤発注事件の場合,バグがあったという事実を前提に「重過失」であったかどうかが問題となったのであり,本件とは事情が異なり,さらに,障害後の対応についての結論も異なります。


システム障害による責任の有無を検討するうえで参考になる事例です。