IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

バージョンアップ版の提供義務 東京地判平17.11.30(平16ワ22489)

コンピューターシステムの保守契約に,ソフトウェアのバージョンアップ版を供給する義務が含まれるかどうかが争われた事例。

事案の概要

弁理士としてオンライン出願を行っていたXは,特許庁とのオンライン接続に使用する端末(OSI端末)を使用していた。XはYとの間で,平成8年12月17日付けで電子出願端末システムに関する保守契約(本件保守契約),プログラム・プロダクト・サポート契約(本件サポート契約)を締結していた。


特許庁は平成11年以降,登録料納付書の手続却下処分もオンラインシステムを使用するようになったが,その機能を使用するためにはOSI端末のソフトウェアのうちの,V2ソフトウェアのバージョンアップ版をインストールしておく必要があった。しかし,XのOSI端末にはバージョンアップ版がインストールされていなかった。なお,V2ソフトウェアは,Yではなく,日本特許情報機構から提供されるものだった。


XのクライアントであるZは,特許権を有しており,Xが特許料納付の申し出を行った。しかし,予納台帳残高が不足しているとして,特許庁はオンラインシステムを通じて特許料の納付書補充指令書を発した。XのOSI端末にはその旨が表示されず,特許料納付の申し出を却下した。Zの特許については,追納期間も満了し,特許料・割増特許料は支払われなかった。


Xは,Yに対し,Yは本件保守契約・本件サポート契約に基づいてバージョンアップ版を提供する義務を負っていたにもかかわらずこれを怠ったとして,約7800万円の損害賠償を請求した。


なお,Xの主張によれば,Xは,特許権を喪失させたことにより,Zから約9000万円の損害賠償を請求されている。

ここで取り上げる争点

債務不履行(バージョンアップ版提供義務の不履行)の有無

裁判所の判断

裁判所は,本件サポート契約上のYの義務として,V2ソフトウェアのバージョンアップ版を提供する義務は含まれないとした。

Xは、Yが、本件保守契約及び本件サポートサービス契約に基づき、本件バージョンアップ版を供給し、又は、その情報をXに提供して本件バージョンアップ版をXが適切に作動できるようサポートする契約上の義務を負っている旨るる主張する。
しかしながら、前記前提事実及び上記認定事実のとおり、本件保守契約書及び本件サポートサービス契約書には、保守及びサポートサービスの対象が具体的に明記されていたところ、V1ないしV2ソフトウェア及びそのバージョンアップ版はこれらに挙げられていない。特に日立製作所とは異なる日本特許情報機構から賃貸されるV1ないしV2ソフトウェアが保守及びサポートサービスの対象となっているのであれば、上記各契約書にその旨が明記されるのが当然であるのに、その記載がまったくないのである。また、Yが本件バージョンアップ版の発送に関与した形跡も全く窺われない。したがって、YがXに対し本件保守契約及び本件サポートサービス契約に基づき本件バージョンアップ版を供給するなどの債務を負っていたとは到底認められない。

その他の主張についてもいずれも退けられた。

若干のコメント

特許料を納付しなかったことによりクライアントの権利を喪失させてしまったという残念な結果が生じたことについて,その責任をシステムの保守業者に追求したが否定されたという残念な事案です。


本件では,V2ソフトウェアのバージョンアップ版を提供する義務は,契約からは導く余地がないほどクリアなものであったため,あまり争いの余地はなかったように思われます。しかし,巷には保守契約の対象範囲(対象としているハードウェア・ソフトウェアの範囲)のほか,対象業務の範囲(不具合修正/交換にとどまるのか,オンサイト業務を含むか,等)について曖昧な契約が多く存在します。この種の事例を踏まえて,委託側も受託側も紛争防止のために,保守契約の基本的な債務の内容を特定・明確化するよう心がけたいものです。