メンテナンス業務が終了した際に,ソースコードを引き渡す義務があるかどうかが問題となった事例
事案の概要
ソフトウェア開発者Yは,出版社Xからソフトウェア開発委託契約(本件契約)に基づいて「テストエディタ」*1というソフトウェア(本件ソフトウェア)の開発を受託し,平成14年から平成22年にかけて順次改訂し,合計で約500万円の対価の支払いを受けた。なお,契約書は特に作成されず,その都度見積書等のやり取りが行われていた。
その後Yは,開発業を廃業すると通知したところ,Xは,その後のメンテナンスのためにソースコードを引き渡すよう求めたところ,Yはこれに応じなかったため,本件契約に定める義務を怠ったとして,約580万円の損害賠償を求めた。
なお,YからXに本件ソフトウェアが納品される際には,特にソースコードが納品されることはなかった。
ここで取り上げる争点
ソースコードの引渡し義務の有無
裁判所の判断
裁判所は次のように述べてソースコードの提供が契約上の義務ではないとした。
前記1(2)によると,Yが,本件ソースコードを制作したものであり,本件ソースコードの著作権は原始的にYに帰属していると認めることができる。
その一方で,前記1(2)(3)の見積書等,XとYとの間で取り交わされた書面において,本件ソフトウェアや本件ソースコードの著作権の移転について定めたものは何等存在しない。
前記1のとおり,Yは,Xに対し,本件ソースコードの開示や引渡しをしたことはなく,Xから本件ソースコードの引渡しを求められたが,これに応じていない。
また,Xにしても,平成23年11月に至るまで,Yに対し,本件ソースコードの提供を求めたことがなかっただけでなく,前記1(7)のとおり,X担当者は,Yに,本件ソースコードの提供ができるかどうか問い合わせているのであり,X担当者も,上記提供が契約上の義務でなかったと認識していたといえる。
以上によると,Yが,Xに対し,本件ソースコードの著作権を譲渡したり,その引渡しをしたりすることを合意したと認めることはできず,むしろ,そのような合意はなかったと認めるのが相当である。
そのほかに,Xは,ヘルプファイルにXの著作権表示があったこと等を以って著作権移転の根拠としていたが,「せいぜい,YがXに対し,本件ソフトウェアを複製していることを許諾していることを表示するのみ」と述べた。
さらに,Xは,本件ソフトウェアを随時アップデートするという継続的契約関係が存在していたことから,損害発生防止ないし減少義務としてソースコード引渡義務が生じるとしていたが,継続的契約関係の存在も否定され,都度の委託関係は,成果物の検収を以って履行が終了しているとされた。
その結果,Xの請求はすべて棄却された。
若干のコメント
これは本当によくありがちなケースです。裁判所の結論は妥当だと思いますが,現実に,著作権の帰属関係や,納品後のメンテナンス関係を明示しないままソフトウェア開発を委託し,当該開発者でないとメンテナンスができない状況(ベンダロックイン状況)が生じているケースはよく起きています。
また,ちゃんとした契約書を締結していて,「検収合格とともに著作権が移転する」旨の条項があったとしても,結局,ソースコードがなければ以降の改変,メンテナンスができないので,実効性を持ちません。また,二重譲渡の危険もあります。
開発者としても,ソースコードを開示してしまうと,以後の仕事がもらえない危険があることから,両者の利害関係が対立するわけですが,こういう場合を想定して,ソフトウェア・エスクロウ制度があります。詳細は,SOFTICのサイト(http://www.softic.or.jp/service/escrow.html)。日本ではあまり広く使われていませんが,欧米のソフトウェア開発委託,保守契約ではよく見られます。
*1:教員向けのテスト問題生成ツール