IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

パッケージソフト導入にかかる紛争 東京地判平22.12.28判タ1383-241

導入支援業務は完成したか,導入目的が契約上の義務となっていたか,超過期間分の報酬請求はできるか,パッケージの機能が不十分だったことは瑕疵となるか,といったことが争われた事例。

事案の概要

株式上場を目指していたYは,基幹情報システムの刷新を計画し,SBO(SAPの中小企業向けパッケージ*1)の導入を検討していた。YはXを含む数社に提案書の提出を求め,Xは数度にわたって見積書等を提出し,平成17年10月6日に,初期費用約1900万円とする見積書を提出した(この内訳には初期導入・移行支援作業費用500万円,アドオン開発費用240万円,年間運用保守263万円などと書かれていた。)。


同月24日,XY間で,「上場会社になるための業務効率向上プロジェクト」(本件プロジェクト)が開始された。本件プロジェクト計画書には平成18年3月1日に本番運用開始することとなっていた。また,プロジェクトの目的には,(1)「販売・購買業務の効率アップ」「CRMの基盤作り」,(2)「社長・役員に会社の全ての業務が正確に見える。=『見える経営』を行う。」と書かれていた。


その後,XY間で,平成18年1月になって,システム開発業務委託契約書(なお,この契約に基づく個別契約書は作成されていない。),SAP Business One使用許諾契約書,SAP Business Oneソフトウェア保守契約書が取り交わされた。


Yは上記契約に基づく代金をZリースとの間でリース契約を締結し,同年2月28日に,取締役Cが,Xに対し,ソフトウェア導入と,アドオン開発のそれぞれについて,納入受領書,検収通知書を交付した。また,Cは「SAP Business One Going Liveチェックシート」と題するシートに「本番リハーサル」という項目を除いてすべて承認者として確認欄にチェックした。Yからは借受証が交付された。


ところが,システムテストが難航したり,SBOに瑕疵があるなどとして,同年4月4日には本番稼働を1年延期(平成19年6月1日)することが確認された。その後,Xが不具合の対処をするなどが繰り返され,費用の支払等について協議がもたれたが,結局平成19年5月ころに交渉が決裂した。ZリースからはXに対し,支払が開始されたが,Yが止めるよう要請するなどしていた。


Xは,Yに対し,ソフトウェア使用許諾料,保守料,導入支援業務料,アドオン開発料,追加支援業務料など合計で約4000万円請求した。


これに対し,Yは,反訴請求において,上記プロジェクト計画書に記載の目的(「本件目的」)実現のために契約を締結したにも関わらず,多数の不具合があったこととし,債務不履行又は瑕疵担保責任に基づいて約1800万円の損害賠償を請求した。

ここで取り上げる争点

(1)Xによる導入支援業務の完成
(2)目的付達成によるXの債務不履行又は瑕疵担保責任の存否
(3)平成18年3月以降のXによる追加作業の報酬請求権の存否
(4)システムの瑕疵の有無

裁判所の判断

まず,パッケージシステムの導入一般論について,共同作業が必要であることを強調した。

パッケージソフトウェアは,ソフトウェア会社において一般のユーザーが標準的に必要とする業務処理方法をプログラム化したものであり,ユーザーがこの処理方法をベースとして導入することにより,コンピュータ・プログラムのすべてを独自に自前で開発するカスタムソフトウェアの場合に比べ,効率的にシステムを完成でき,システム完成後の基幹ソフトウェアの保守及び改良についてもパッケージソフトウェア会社から効率的なサービスを受けることができるというメリットがある。

したがって,パッケージソフトウェアを利用した情報システム開発を円滑に進めるためには,パッケージソフトウェアの導入を支援するベンダーと社内業務処理に精通したユーザーが共同で,パッケージソフトウェアの標準的な業務処理方法とユーザーの社内業務処理方法との差異を明確にし,この差異を解決するために,ソフトウェアの機能を変更,追加すべきか,社内業務処理方法を変更すべきかを,差異毎に検討し,決定することが必要である。


また,前提として,Yは,これらはリース業者を介して支払うことになっていたから,XからYに対して直接請求することはできない,と主張していたが,この点について,

本来,リース業者にリース対象物件を買い受けてもらう努力は,分割弁済という利益を受けるYがすべきものであるから,Yが上記利益を享受する意思を有しないことが明らかとなった場合には,契約上の義務として,Yは,Xに対し,直接代金の支払義務を負うものと解するのが相当である。

としてYの主張を排斥した。


争点(1)について

Xは,導入支援業務料525万円,アドオン開発委託料273万円,SAP使用許諾料1137万7800円,1年分の保守料147万9114円については,比較的あっさりとYの支払義務を認めている。ここでは,このうち,「導入支援業務料」にかかる契約の仕事の完成について取り上げる。

(略)本件基本契約書3条3項には「請負形態による業務とする」との記載があることなどの事情を併せ考慮すれば,当初予定された最後の工程まで一応終了した場合には,導入支援業務が完成したといえる。

この場合,注文者であるYは,仕事が完成して目的物の引渡があったときは,単に仕事の目的物に瑕疵があるというだけの理由で直ちに報酬金の支払を拒むことはできず,担保責任を追及する方法によるべきである。

との頻出フレーズによる判断基準を提示した。続いて,「システムテスト」「本番リハーサル」が終わっていないため,最終工程が完了しているかどうかが問題となったが,

(1)本件プロジェクト計画書及び本件要件確認書には,「システムテスト」の項目において,Yの担当の欄には主担当を意味する「◎」印が記載されているのに対し,Xの担当の欄には「○」印が記載されており,また,備考欄に「お客様に実施していただきます。 STNetはテスト実施における問合せ対応」「システムテスト:1日 本番リハーサル:2日」と記載されていることが認められ,これらの事実に照らせば,システムテスト・本番リハーサルはYが主担当として行うべき作業であって,かつ,合計3日程度で終了する作業であったこと,(2)Xは,平成18年2月10日ころ,Yからテストシナリオを受領し,確認するとともに,同月20日ころ,Yがテストを実施したことを確認し,Xは,Yのシステムテストの問合せ対応を同月28日まで行ったことが認められ,これらの事情にかんがみれば,Xが本件導入支援業務契約上担当する作業は一応終了したものといえるから,システムテスト・本番リハーサルが終了していないとしても,当初予定された最後の工程まで一応終了したものといえる。

として,導入支援業務の完成を認めた。


争点(2)について

冒頭で述べた「(1)CRMの基盤作りをすること,(2)役員が会社のすべての業務を正確に把握し適切な経営判断を行えるようにすることの実現」という本件目的の実現が契約の内容となっていたかどうかが問題となった。本件目的は,平成17年10月21日にXからYに交付された「プロジェクト計画書」に記載されており,同月24日のキックオフミーティングにて説明がなされていた。

Xは,C取締役から電子メールで送付されたファイル等の記載を基にして,本件プロジェクト計画書を作成したこと,C取締役とGが,本件プロジェクトのキックオフミーティングにおいて,それぞれ本件プロジェクト計画書の説明をしたことが認められ,これらの事実等を併せ考慮すれば,本件プロジェクト計画書は,Yの説明を基にXが作成したものであると推認されるものの,このことから直ちに,本件目的の達成がXY間の契約の内容になっていたものと認めることはできない。

(略)(1)本件目的は「業務の効率アップ」「CRMの基盤作り」「『見える経営』を行う」など抽象的なものであり,目標値も,「顧客との接点を増やす」「事務職の労力を内部統制・営業支援に振り分ける」「売上予想がより正確にできる」「過度な売上値引を抑制する」など,抽象的なものが多い上,「入力時間を50%削減する」「見積作成時間を50%削減する」「法定開示が法定日数内に行える」などという目標値は,SBO導入後のYの経営管理や業務方法の在り方にかかっているものであって,パッケージソフトウェアの導入を支援するシステム開発会社であるXが,その達成を請け負うことができる性質のものではないこと,(2)(略)(3)本件プロジェクト計画書には,「上場会社になるため」など,それ自体が契約の性質を有するものとはいえない表現が用いられていること,(4)略,(5)ERP導入の失敗例として,『ERPの導入目的が全社で不明確』であることが挙げられていることなどの事情を考慮すれば,XがYの説明を基に本件プロジェクト計画書において本件目的の記述を作成したのは,本件プロジェクトが失敗しないようにするため,本件プロジェクトの目的と成果について共通認識を得るためのものであったと認められ,Yが,Xに対し,本件目的を達成するためのシステム開発を委託したものとまで認めることはできない。

と述べて,本件目的の不達成を理由とするYによる債務不履行瑕疵担保責任の主張にはいずれも理由がないとした。


争点(3)について

平成18年3月時点では,システムの不具合が明らかになり,稼働延期がなされるころであったため,Xが主張していた追加作業について,有償となる旨の説明のほか,追加支援業務にかかる確定的な合意があったとは認められていない。しかし,次のように述べて商法512条の適用を認めた。

Fit&Gap検証作業は,XがSAP社に回答を求め,又は開発要求をした上で,それらを踏まえてYに対し対応策を提案するという作業であり,準委任としての性質を有するものであるところ,
(1)有償の導入支援業務にはFit&Gap検証作業が含まれており,Fit&Gap検証作業自体も本来有償のサービスであること,
(2)平成18年3月以降の作業は,Yが不具合を発見し,Xに指摘して,Xに解決策を提案させるものであるから,実質的にはFit&Gap検証作業に当たること,
(3)Xは,同年2月28日,Fit&Gap検証作業を含む導入支援業務を完成させていたことがそれぞれ認められ,また,Yは,Xに対し,特に追加支援業務料を支払わない旨の説明をしたものとは認められないこと
などの事情を考慮すれば,Yは,同年3月1日以降のFit&Gap検証作業の必要が明らかになった時点で,Xに対し,追加支援業務料を負担する意思がないことを明らかにしないまま,本件不具合等をXに指摘し,Xに対応策を提案させたといえるから,このころ,XとYの間で,XがYに相当額の報酬をもって追加支援業務を提供する旨の合意(本件追加支援業務契約)が成立したものと認められ,当事者間に代金の確定的な合意がされていない場合であっても,Yは追加支援業務についての相当の報酬を支払う義務を負うものと解するのが相当である(本件においては,XYが共に株式会社であることからも同様の結論となる(商法512条))。

相当の報酬は,XのSBOエンジニアの平均単価である120万円/人月に,稼働日数等を乗じて,1732万5000円とした。


争点(4)について

Yは,Xが開発した「出荷・仕入伝票同時起票」アドオンを使用した場合,入力可能期間の設定がないことから,自由な日付で伝票入力が可能となってしまう瑕疵があると主張していた。


しかし,Yが主張する要件が合意されていたことの事実は認められず,その点の主張は排斥された。


さらにYは多数の不具合を指摘していたが,裁判所は,

Yの主張する各不具合は,いずれもYの業務処理方法とSBOの標準機能との差異をいうものと認められる。

そして,(略)
(1)SBOは,全世界で2万3000社,国内で400社(平成21年1月)の導入実績がある中小企業向けのパッケージソフトウェアであること,
(2)パッケージソフトを導入する際には,Fit&Gap検証作業が必要となり,Fit&Gap検証作業によって業務処理方法との差異があると判断された業務要件は,要件の見直しを行い,SBOの標準機能に合わせるか,作り込み(アドオン開発)を行うか,又はシステム化しないか(運用で対応する)のいずれかを選択することとなること,
(3)そのため,アドオン開発を行わない場合には,SBOの仕様に合わせるべく,現場の業務の改革・改善が必要となるものであり,その反面,自社独自のソフトウェアを開発する方法に比べて,ソフトウェアを安価に導入できること
などが認められ(略),これらの事実に照らせば,上記Yの業務処理方法とSBOの標準機能との差異が瑕疵に当たるものと直ちに認めることはできない。

として,パッケージに対する不満,不備は瑕疵にあたるとはされなかった。

若干のコメント

本件は,パッケージソフトを用いたシステム導入にかかるトラブルによくある論点をたくさん含んだ事例です。


例えば,
(1)システムテスト等,ユーザ主導でやるべき業務が終わっていない場合でも完成と言えるのか
(2)プロジェクト計画書等に記載されていた導入目的が達成していない場合,ベンダの債務不履行といえるのか
(3)当初の契約期間を越えて作業が継続した場合にベンダは報酬請求できるのか
(4)パッケージソフトに必要な機能が具備されていない場合において,それは瑕疵といえるのか
などです。


本件では,上記4点について,いずれもベンダに有利な判断となりましたが,これはあくまで事例判断であり,具体的な事実関係によって結論は変わり得るものの,実務上参考になる事例だと思います。

*1:判決文によれば,平成21年1月当時,全世界23000社,国内400社の導入実績があった。