IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

クリックオンによるライセンス契約 東京地判平26.2.18(平24ワ27975)

使用許諾契約書に同意するボタンをクリックするという手続を経た場合における契約の成否,有効性が争点となった事例。

事案の概要

Xは,Yの製品であるPC用ウィルス対策ソフト(本件ソフト。5280円)を使用したところ,PCが作動しなくなり,Yのサポートセンターとのやり取りを繰り返したが,その後もトラブルが続いたとして,XがYに対し,不法行為に基づく損害賠償として約1000万円を請求したという事案である。


本件ソフトの使用許諾契約(本件使用許諾契約)には,次のような定めがあった。

  • (ア) Yは,Xに対し,本件ソフトを現状のままで使用許諾する。
  • (イ) Yは,Xに対し,本件ソフトがどのようなパソコン環境の下でも正常に作動することを保証するものではない。
  • (ウ) Yは,保証違反があった場合には,ライセンスに対して支払われた購入価格を返済するか,ソフトウェアが保存されている欠陥のある媒体を欠陥のない媒体に交換するか,のいずれかの方法を選択する。
  • (エ) Yは,不法行為,契約又はその他にかかわらず,どのような性質の間接的,付随的,派生的又は特別な損害に対しても,一切責任を負わない

この契約の内容は,インストール時に表示された内容をクリックすることにより同意をするという形式がとられていた。

ここで取り上げる争点

(1)本件使用許諾契約の有効性等
(2)本件ソフトの瑕疵の有無

裁判所の判断

争点(1)について。クリックオン契約の成立と有効性を認めた。

Xは,(略)平成23年8月17日,購入したbソフトについて,本件パソコンの画面上に表示されていた使用許諾契約書に同意するボタンをクリックすることで,インストールを行ったことが認められ,XとYとの間には,各使用許諾契約書で定められたとおりの使用許諾契約が成立したことが認められる。

また,Yは,包括的な免責規定は公序良俗に反して無効であると主張していたが,次のように述べて免責条項の有効性も認めた。

コンピュータソフトウェアは,あらゆる環境下で正常に作動することを保証することが困難な性質を有するものと認められる(弁論の全趣旨)から,Yが本件許諾契約において,本件ソフトを現状のままで使用許諾したこと,購入価格の限度で責任を負うこととし,それ以外の責任を負わないこととしたこと等をもって,本件使用許諾契約が公序良俗に反して無効とはいえない。


争点(2)について。Xは,本件ソフトのアンインストールの際に,ユーザの同意なく,ユーザのPCに関連データを残すことは瑕疵にあたると主張していた。


この点については,ライセンス条件で「現状のまま」ライセンスすることになっていたこと等を挙げて瑕疵を否定した。

XとYとの間では,本件ソフトについて使用許諾契約が有効に成立しており,この契約によれば,Yは,Xに対し,本件ソフトを現状のままで使用許諾することになっているのであるから,本件ソフトの仕組みについては,アンインストール後も関連データが残ることを含めてXが承諾したものといえる。したがって,特段の事情がない限り,この仕組みをもって本件ソフトの瑕疵とはいえない。

そして,弁論の全趣旨によれば,Yが本件ソフトのアンインストールの際に,関連データをパソコンに残す仕組みを採用した理由は,[1]試用版製品が繰り返し利用されたり,使用期限が過ぎたソフトを利用されるのを防ぐこと,[2]再インストール後にアカウント情報を再入力する手間を省くこと等にあったことが認められ,これらの理由は不合理とはいえないし,ユーザーのパソコンに関連データを残すことにより直ちにユーザーに著しい負担や不利益を被らせることを認めるに足りる証拠もないから,上記の特段の事情は認められず,ユーザーのパソコンにデータを残す仕組みをもって本件ソフトの瑕疵ということはできない。

その他のXの主張もすべて退け,Xの請求は棄却された。

若干のコメント

ソフトウェアやウェブサービスの使用許諾の場面では,書面による契約書を取り交わすことがあまりなく,サービス提供者(ライセンサ)が用意した「使用許諾書」「利用規約」をウェブ上でクリックすることによって同意させるという方式が執られています。この方式は「クリックオン(またはクリックラップ)方式」などと言われますが,ライセンサとユーザ間の契約にこれらの条件が組み込まれるかどうかというのが争点になります。


経産省の「電子商取引及び情報材取引における準則」(平成28年6月版)*1のI-2-1「ウェブサイトの利用規約の契約への組入れと有効性」(i.22頁)でもこの問題が取り扱われており,ユーザに対して利用規約の内容を事前に確認できるようにしておくこと,その規約に従って契約を締結することに同意していると認定できることが必要だとしています(また,III-1-2「情報材がオンラインで提供される場合」(iii.11頁以下も参照))。


本ブログでも,オンラインゲームの規約の組入れが争点となった東京地判平21.9.16*2では,規約をスクロールしたうえで承諾する必要があるなどと認定し,ユーザは規約に拘束されることを認めたケースを取り上げています。


本件は,PC用のウィルスチェックソフトウェアのライセンス条件が問題となりました。かつては,PC用のソフトといえば,シュリンクラップ方式と呼ばれるソフトウェアが格納された媒体とマニュアル等をラッピングしたものに規約を添付し,そのラップを開けたら同意したものとする,という方式が一般的でした。この方式の有効性に関する裁判例は国内では見当たりませんが,前述の経産省準則のIII-1-1「情報材が媒体を介して提供される場合」(iii.2頁以下)で拘束力について解説されています。