IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

業務上作成したソースコードの保存等請求と特定 東京地判令元.12.26(平29ワ28231他)

会社が退職した従業員に対し,業務上作成したソースコードの保存してPCの引渡し等を求めるとともに複製等を禁止するよう求めたところ,その特定性が争われた事案。

事案の概要

Xは,Yとの間で雇用契約を締結していたが,Yからなされた解雇は無効であると主張し,労働契約上の地位確認のほか,解雇の翌日以降の賃金等を求めた(本訴)。

これに対し,Yは,Xに対し,在籍中にXが開発した製品のソースコードを提出しなかったことは債務不履行又は不法行為に当たるとして損害賠償請求を請求するとともに(反訴第1事件),反訴第2事件では次のような請求を行った。

(1)  原告は,被告に対し,別紙2ソースコード目録記載のソースコードのデータを別紙3パソコン目録記載のパソコンに保存せよ
(2)  原告は,被告に対し,別紙2ソースコード目録記載のソースコードのデータを保存した前記(1)のパソコンを引き渡せ
(3)  原告は,別紙2ソースコード目録記載のソースコードのデータその他の原告が被告の業務として開発した全てのソースコードのデータを複製,公衆送信,譲渡,貸与又は翻案してはならない
(4)  原告は,前記(1)のデータの保存及び前記(2)のパソコンの引渡しをした上で,別紙2ソースコード目録記載のソースコードのデータその他の原告が被告の業務として開発した全てのソースコードのデータを廃棄せよ

ここで取り上げる争点

事件全体で見れば,解雇の有効性が主たる争点であるが,ここでは本案前の争点として,ソースコードの特定に関する訴え等の特定の有無を取り上げる。

Yは,Xが被告在籍中に開発を行っていたLoadImages関数に係るソースコードの返還を求めるものであり,

UNINT LoadImages (IN PMOUNT_IMAGE pImages , 以下,引数の定義部分略)
{

で始まって,

}

で終わる部分という形式でソースコードを特定しているから,訴えの特定に欠けるところはないと主張していた。

これに対し,Xは,拡張子も限定せず,ファイルが1つであるともしておらず,対象となるデータが極めて広範に及ぶものであって特定されていないと反論していた。

なお,証人尋問・本人尋問後に行われた和解協議では,Xがソースコードを保存したUSBメモリをYに交付するということでいったんは合意したが,それを受け取ったYは,対象のソースコードが入っていなかったり,動作しなかったりして和解協議は不調に終わっていた。

裁判所の判断

裁判所は次のように述べて特定性を欠くとして,ソースコードの保存に関する請求を却下した。一部省略,編集しつつ引用する。

Yの本件ソースコード8の定義では,上記「{」と「}」との間の文字列が何ら特定されていないため,「ソースコード」といえる限り,いかなる文字列であっても,その定義にあてはまることになり,論理的には,LoadImages関数以外のあらゆる「ソースコード」が含まれ得ることになる。

また,Yは本件ソースコード8を定義する際に限定なく「ソースコード」という表現を使用しているところ,ソースコードとされる文字列について,どの程度の有意性があれば,そこにいう「ソースコード」といえるかについては判然としない。すなわち,前記「{」と「}」との間に含まれる文字列が冒頭の宣言部分で宣言された変数等を一つでも含めばよいとするのか,当該ファイルがコンパイルできることを要件とするのか,ビルドまでできることを要件とするのか,あるいは上記文字列が別の条件を充たす必要があるのかなどの点について,Yの主張を踏まえて本件全証拠に弁論の全趣旨を併せ考慮しても,Yが本件ソースコード8の定義付けに使用する「ソースコード」という記載からは明らかにならないといわざるを得ない。

以上の点について,前判示のとおり,当裁判所は,Yに対し,本件ソースコード8の特定に関する補充主張があれば行うよう釈明したが,Yは特段の主張をしていない。

加えて,Xは,(略)Xが同ファイルを削除したとしても,ファイル復元ソフトにより削除ファイルが復元できる場合があることからも理解されるとおり,同ファイルのデータ自体は,同ハードディスクの同一領域に上書き等による変更が加えられない限り存在し続けることとなる(別紙6図2)ところ,その後,Xが別紙6図3の「別のファイル(3)」と表記される領域に上書きした場合には,同ソースコードの「}」で終わる部分のデータは失われることとなるが,この場合において,「}」が別紙6図3の「{2}」の領域内に含まれていたときは,別紙2ソースコード目録8記載の文字列により表されるデータは,別紙6図4のとおり,同ソースコードの範囲を超えるデータとなってしまうから,対象範囲が極めて広範に及ぶおそれがある旨主張した。そこで,当裁判所は,Yに対し,本件ソースコード8の特定に関するXの主張に対する反論があれば行うよう釈明したが,Yはこの点についても特段の主張をしておらず,Yの主張について弁論の全趣旨を踏まえてみても,Xの上記主張のとおり,Yによる本件ソースコード8の特定では,LoadImages関数とは無関係のデータが含まれる可能性を払拭することはできないというべきである。

以上の事情を総合考慮すれば,X(ママ)の定義による本件ソースコード8は,前記「{」と「}」との間の文字列が何ら特定されていないため,「ソースコード」にあてはまる限り,いかなる文字列であっても,上記定義にあてはまることになるばかりか,「ソースコード」の定義も明らかでないため,結局のところ,本件における審判対象を的確に特定していないものといわざるを得ない。したがって,本件ソースコード8の特定は不十分というべきであるから,Yの本件ソースコード8のデータを別紙3パソコン目録記載のパソコンに保存するよう求める請求に係る訴えは,不適法として却下すべきである。

本件ソースコードが特定されていないことから,著作権法に基づく複製等の差止めや,廃棄請求についても特定性を欠くとして却下された(なお,パソコンの引渡し請求自体は認容されている。)。

若干のコメント

従業員に対し,開発した成果物の引渡しを求める際に,どうやって特定するのかが問題となった事例です。発注者(会社)が内容を詳細に把握している場合は別として,ある程度,開発者の裁量に任せていたというような場合には,ソースコードの特定は極めて困難であろうと予想されます。

本件では,関数名と宣言部分にて特定し,処理部分({と}で囲まれた部分)にて特定しようと試みましたが,裁判所はこれでも際限なく範囲が拡がるおそれがあるとして却下しました。確かに,執行の観点からは,部外者(執行官)であってもわかる程度に特定することが求められますが,これで特定性を欠くとされると会社側には少し厳しいように思います。

もっとも,和解のやり取りでもみられたように,結局ソースコードだけを渡しても,ビルドできない,動かない・・といった際の対応が期待できないことから,認容判決が出ていたとしても,会社の目的が達成できたかどうかは疑問があります。