IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

パッケージソフト導入の際におけるベンダの事前の説明義務 東京地判令3.12.2(平31ワ3449)

ベンダが導入したパッケージソフトが、ユーザの業務要件を満たさないものであったとしてベンダの事前調査・説明義務違反が問題となった事例。

事案の概要

医師Xが、情報システム開発ベンダYとの間で、クリニックの予約や売上管理等に関するパッケージソフト(本件システム)を導入する旨の契約(本件契約)を締結した。

しかし、本件システムをXが経営するクリニック(本件クリニック)に試験導入したところ、予約が2カ月先までしか入れられないなどの不都合があったことから、Xは、Yが事前の調査や説明をする義務を行ったものであるとし、不法行為による損害賠償請求権に基づき、本件契約により支払った費用相当額等(合計約420万円)の支払を求めた(Xは、他にも予備的請求として債務不履行責任も求めていた。)。

ここで取り上げる争点

  • 争点(1)Yの説明義務違反を理由とする不法行為の成否
  • 争点(2)損害の範囲

裁判所の判断

争点(1)について。

まず、一般論として次のように述べた。

パッケージソフトのベンダーは,ユーザーに対して当該ソフトを導入するに当たり,提案書を提出し,業務改善の実現のための方法を説明するなどして,当該ソフトの導入のための協働関係に入っていた場合には,信義則上,当該ソフトがユーザーの使用方法に適合するかに関する懸案事項が発生する兆候が認められるのであれば,ユーザーから聴き取りをするなどにより,ユーザーが当該ソフトを導入するかについての適切な判断をすることができるように配慮すべき義務を負うというべきである。

一般論として配慮する義務はあるとしても、その程度が問題になるところだが、

  • 導入の過程で、クリニックを訪れる顧客について、次回予約をシステムに入力・管理することがXY間の共通認識となっていたこと、
  • 本件クリニックでは、再診の予約が2カ月以上先に入ることもあったが、本件システムでは2カ月先までしか予約をすることができなかったこと、
  • Xから提示した資料から、恒常的に2カ月以上先の予約が入り得ることはYに認識し得たこと、
  • 本件契約では当初の金額でカスタマイズを行うことまでが契約の内容になっていたかは不明であること、

などから、

本件クリニックにおける業務改善の実現のため提案書を提出するなどして,Xとの間で本件システムの導入のための協働関係に入っていたと認められるYは,少なくとも本件システムの予約管理機能について懸案事項が発生し得ることについての認識を持ち得たといえる本件の事情のもとでは,信義則上,X側から本件クリニックにおける予約の実態や要望等について追加で聴き取りをするなどにより,Xが本件システムを導入するかについての適切な判断をすることができるように配慮すべき義務を負っていたというべきである。

本件事案に即して、再び義務の内容を繰り返した上で、

しかしながら,本件において,Yが,X側から予約管理の実情を十分に聴き取りして,これが本件システムの基本的な機能と適合するかを十分に検討した形跡はなく,このために,本件システムを導入した直後から,2箇月より先の設備軸予約ができないという予約機能に関する問題が顕在化したと認められる。

以上によれば,本件において,Yが,上記配慮義務を怠ったことについては不法行為が成立するというべきである。

と、不法行為責任を認めた。

争点(2)について

Xが請求していたのは、(1)本件システムの利用代金として支払った約300万円、(2)本件システムのためのネットワーク工事代金約35万円、(3)本件クリニックの従業員の超過勤務手当約11万円、(4)Xの慰謝料、(5)弁護士費用相当額である。

このうち、裁判所は、(1)のほか、(2)についてもYが配慮義務を怠らなければ工事もしなかったとして、相当因果関係を認め、(3)は因果関係不明であるとして退け、(4)は認めず、(5)については通常の不法行為の事案と同様に、損害額の約1割について認め、合計で約370万円を損害として認めた。

若干のコメント

システムそのものがバグなどにより仕様どおりの動作をしなかったという事案ではなく、ユーザの事情(2カ月以上先まで予約が入る)が、パッケージソフトでは対応していなかったという場合に、導入ベンダが調査・説明義務違反を負うかどうかが争われた事案です。

本件では、本件契約が締結される直前のXY間の打ち合わせの時点で、Yは、Xの予約の運用状況を知り得たし、本件システムではそれに対応できないことが知り得たとして不法行為責任を認めました。

しかし、パッケージソフトの適合性についてベンダが商談時において懸念があったとしても、その点がユーザにとってどこまでクリティカルなものかどうかは判断できません。そこそこの規模の案件であれば、Fit&Gap分析を行い、重要な点についての適合性を確認するということが行われますが、本件のような低額の事案では、そこまでの分析を無償で行うにも限界があり、そこで問題が指摘できなかった場合には不法行為責任として受領済代金全額以上の損害賠償責任を負うというのは、ベンダにとって酷ではないかと感じます。