プロジェクトにアサインされた要員が、契約期間中に商流の上流にあるコンサル会社に転職活動を行ったことを理由に契約解約されたことの適否が争われた事例。
事案の概要
商流は、下の図のとおりで、原告(X)は、被告(Y)からパッケージソフト導入案件の一部の業務を受託した(本件個別契約)。期間は2カ月(2021年5月1日から6月30日)、1名の技術者を、1カ月当たり165万円で提供するという内容だった。Yは、大手コンサル(A社)から委託を受けていた(本件元委託契約)。
これを受け、Xは、この業務を遂行する人材として、本件技術者と有期雇用契約を締結した(契約期間は、本件個別契約と同様)。

本件技術者は、このプロジェクトにアサインされた後の5月21日の勤務時間中に、A社から貸与されたPCで、Yの発注元であるA社のマネージングディレクターや、人事担当者に対し、Teamsで自らを売り込む転職活動のチャットを送った*1。
A社はこのようなチャットを問題視し、Yに対し、本件元委託契約を即刻解約するように連絡し、YはXに対し、本件個別契約を5月28日付けで終了することを通知した。
その後、Yは、5月分の報酬を支払ったが、Xは、Yが一方的に中断して履行を不能にさせたとして、民法536条2項*2に基づいて6月分の報酬(税込181万5000円)を請求した。
ここで取り上げる争点
本件個別契約に基づくXの債務の履行不能が、Yの責に帰すべき事由があるといえるか。
Yは、本件技術者が業務上知り得た情報を自身の就職活動に使用しており、XY間の基本契約の即時解除事由に当たると主張していた。
裁判所の判断
チャットに関し、以下のとおりYの帰責性を否定した。
本件技術者のこのような行為(引用者注:貸与PCで転職活動のチャットをしたこと)は、同じA社内といっても、本件個別契約の業務の遂行とは関係のない者に対し、本件個別契約の顧客の名称や担当業務といった業務上知り得た情報を漏洩するとともに、許可なく職務以外の目的で委託先の物品等を使用し、職務に関連して自己の利益を図るなどの職務専念義務に違反する行為というべきである。加えて、本件個別契約の業務の内容は、最終的な顧客の機密情報に該当する可能性があり、本件基本契約上も、秘密情報の取扱いについて厳しい規定が定められていることにも照らすと、本件技術者が本件チャットをしたことにより、A社が本件技術者をこれ以上業務に従事すべきではないと判断し、本件元委託契約を即刻解約しようとすることは、決して不合理なことではなく、むしろ、最終的な顧客の利益やA社の信用を守るためには、当然のことというべきである。このような状況下においては、Yとして、A社に対し、本件個別契約の継続を可能とするために講じうる手段が具体的に存在したということはできない。
そうすると、本件個別契約に係るXの債務の履行が不能になったことについて、Yの責めに帰すべき事由があるとは認められない。
よって、Xの請求はすべて棄却された。
若干のコメント
DXの特需により、大手コンサル・大手SI業者は、人材不足を補うために、中小、零細、フリーランス人材の活用を行う一方で、これらの大手事業者と取引ができる事業者は与信の関係から限られるため、必然的に多層的な取引構造が生じています。末端の労働者はフリーランスであることも多く、取適法・フリーランス法・偽装請負などのコンプライアンス問題がしばしば発生しています。
本件は、そういった法令遵守の問題ではありませんが、末端の労働者が不用意に貸与PC・環境を使って商流の上位にあるコンサル会社に対して転職のアプローチを行ったことを理由に契約を終了させることができるかということが争われました。
本文中に記載したように、情報漏えいの問題のほか、職務専念義務に違反するということで、即時解約しようとしたことは当然であり、中断したことについて発注側の帰責性は認められないとしました。YもA社の信頼を損ねることになったため、Xが損害賠償請求を受けてもおかしくないところです。
現在、フリーランスに絡むトラブルは多く発生しています(突然連絡が取れなくなる、貸与品を返還してくれない、ハラスメント等)。一つ一つのトラブルの規模は大きくなく、こうした訴訟になるケースは珍しいので取り上げました。