IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

アプリ本格導入に関する契約の成否 東京地判令2.2.27(平29ワ18724)

先行導入が行われ,本格導入に関するアプリケーション提供の契約の成否が問題となった事例(調印済みの契約書なし。担当者は本格導入に関する発言あり。)。

事案の概要

Xは,平成26年5月ころ,M社からエンジンの提供を受けて,本件アプリのプロトタイプを開発し,Yに対して営業活動を行った。本件アプリは,端末で撮影した顔写真に,各種のカラーコンタクトレンズを装着した状態に加工することで,装着のイメージを可能とするシミュレーション機能を有していた。本件アプリの提供の態様は,Yの1店舗ごとに1端末ずつインストールすることが想定されていた。


Yは,本件アプリを導入することを決定し,Xに本件アプリの開発を委託することとした。その後,Yは,Xに対し,各種の名目で,150万円ほど支払った。さらに,XとYとの間で,平成27年5月に約200万円にて本件アプリ開発を委託する旨の契約(本件業務委託等契約)を締結し,代金を支払った。


同年8月には,Yの店舗100店に先行導入が行われ,同年10月には,XY間で本件アプリの運用に関する基本契約書(これに基づく契約を「本件契約」)を作成したが,調印には至っていない。


結局,同年12月には,Yは,本件アプリを使用しない旨を通知し,Yは,M社との間でエンジン提供の契約を締結し,同社のアプリの提供を受けていた。


Xは,Yが信義則に反し,XY間の本件アプリに関する契約を不当に破棄したとして,債務不履行に基づく損害賠償として約2300万円(開発費用相当額,エンジン利用相当額,18ヶ月分のアプリ管理費用相当額から構成される)の支払いを求めた。

ここで取り上げる争点

XY間で本件契約が成立したか

裁判所の判断

裁判所は,本件契約の成立を否定した。その判断に至る特徴部分について引用する。

Yの担当者Dが,将来的には全ての店舗に導入したいという熱意を持ち,それをXの担当者Cに「Yが100台入れるということは,基本的にこの後全部入れるっていうのと同じですよ。」と語っていたことについて。

仮にDが上記のとおり発言したとしても,そもそも,X代表者も認めるとおり,Yにおいて本件アプリに関する契約締結の意思決定権を有するのはY事業部長であり,DはYとしての意思決定権を有しておらず,Dの一存によってXとYとの間での本件アプリ導入に関する契約を成立させ得るものでないことは明らかである。また,一般的に,会社の従業員が自身の担当する商品の開発等の現場において,その所属する会社の意思と完全に一致するかとは別として,個人的な高い目標を掲げて行動するということは何ら稀有なことではないように思われ,そのような個人的な目標と会社としての意思とが時に異なることも十分に考えられるところであるし,会社の従業員として営業等を担当していたというCにおいて,営業担当者個人の意思と会社の意思とを区別し得なかったなどとは考え難い。そうすると,例え,Cが,Dから,100台導入することは全店舗へ導入することと同じだなどと申し向けられ,その旨の期待を抱いたとしても,それをもってCがYとの間で本件アプリを全店舗へ導入する旨の契約が成立したとの認識を有するに至ったというのは余りに不合理かつ不自然である

先行導入の範囲を超えて「100台目以降の利用料」についてやり取りされていたことについて。

Yは,本件アプリの販促効果について検証するため,1次テストから2次テストまでを段階的に行い,その後,更に先行導入を経て,最終的に本件アプリを何店舗に導入するかということを検討していた旨主張しているところ,かかる態度は,初めてカラーコンタクトレンズのシミュレーションアプリを導入する会社の態度としてごく自然かつ合理的であることや,本件業務委託等契約についての契約書にも先行導入が「試用」である旨並びにその結果を受けて今後の本件アプリの本格使用及び更なる開発について協議することが明記されていることに照らせば,先行導入が,飽くまでも本件アプリの販促効果を検証するための正に「試用」であったものと認めることができる。
(中略)X及びYが,100台の導入と220店舗又は全部の店舗への導入とに関する合意が全く同一のもととして区別されることなく認識されていたものと認めることはできない。

金額な条件がやり取りされていたことについて。

「100台目以降のエンジン利用料についてですが,」「エンジンが無ければシミュレーターそのものが成立しないという考えに基づくもので,台数が増える=露出媒体が増えるという認識で,その分,金額をあげさせていただきたい」(略)などと,101台目以降の導入に関する料金体系に関する双方の見解をやり取しているのであるから,XとYとの間で,同月に至っても,101台目以降を導入した場合の金額的な条件に関する合意が調っていなかったことは明らかである

アプリの権利帰属についてのやり取りが行われていたことについて。

平成27年7月24日に行われたX及びYの担当者らによる協議において,価格交渉のほか,本件アプリの権利構造に関する交渉等も行われ,XとYとが,本件基本契約書に本件アプリの権利帰属に関する条項を入れ,XとY双方に帰属する範囲を明示するための詳細な本件別紙の作成作業も進めていたことからすれば(略),少なくとも,Yにとって,本件アプリに関する著作権の帰属がどのような形となるかということが,価格面での条件に比肩する大きな関心事であったものと推認できる。
そうすると,Yとしては,Xとの間で本件契約を締結するに当たっては,価格面の条件のみならず,権利帰属に関する条件も重視すべき要素として同時に合意するために,Xとの交渉を継続していたものと考えられるし,交渉相手であるXとしてもそのようなYの意図は十分に認識していたものと考えるのが自然である。そうすると,仮に平成27年6月26日時点で本件アプリの内容と導入価格が決定していたとしても,そのことのみをもってして本件契約が成立したと評価し得るものではなく,このような観点からも,同日時点で本件契約が成立していたと理解することは契約当事者の意思に沿うものとはいえない。

さらに契約書の調印に至っていない点について。

一般的に,契約当事者間において契約関係が黙示的に成立することは否定し得ないが,XとYが本件基本契約書の書式を作成して,価格交渉や権利関係に関する契約書別紙の内容に関する協議を行っていたのは,本件基本契約書を調印することにより明示的に本件アプリの継続的な使用に関する契約を締結することを目的としたものであると考えるほかない。そうであれば,XとYの双方において,本件基本契約書の調印に至る以前の段階で本件契約を成立させる意思を有していたとは考え難い

この点,Xは,(略)Yとの取引では,常に後付けで契約書の作成が行われていたものであり,本件契約も本件基本契約書を調印する以前に成立したと理解することは何ら不合理ではない旨主張する。しかしながら,本件アプリの開発や100台の先行導入については,本件アプリの開発行為や100台の導入の事実行為が現に行われたものである以上,その前提として契約書作成前の段階であっても上記事実行為を行うことに関する最低限の契約が成立していたとみるほかないが,これに対して,本件で問題となる101台目以降の導入或いは220台の導入という事実行為は何ら行われていないのであるから,本件アプリの開発や100台の先行導入とは全く状況が異なるのであって,Xの主張は当を得たものとはいい難い。

このように述べて,本件契約の成立を否定し,その他の損害賠償の範囲等については判断するまでもなく,Xの請求はすべて棄却された。

若干のコメント

契約の成立というごく基本的な問題が争点となった紛争は多数あります。本件では,契約書が調印に至っていないこと,アプリの権利帰属が合意されていなかったこと,担当者の発言が会社の意思を示すものではないことなどを理由に契約の成立を否定しました。なお,契約の成立に関しては,改正民法522条で,

(契約の成立と方式)
第五百二十二条
 契約は、契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示(以下「申込み」という。)に対して相手方が承諾をしたときに成立する。
2 契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない。

とされているように,要式は求められていません。そこで,契約の成立を主張する当事者は,多くの間接事実を積み上げることで,申込に対する承諾を立証しようとしますが,契約書の文言の調整が行われているような場合には,以下の判示部分に表れているように,調印に至っていないという事実は契約の成立を主張する当事者にとっては徹底的に不利です。

契約書の調印に至る以前の段階で本件契約を成立させる意思を有していたとは考え難い。


契約が成立していない場合でも,信義則に反して一方的に契約交渉を破棄したという場合には,損害賠償責任が生じることがあります(契約締結上の過失論)。本判決では,そのような主張について特に触れていないため,Xがそのような主張をしなかったのではないかと思われますし,認定された事実関係のもとでは,Yがそれによって責任を負うということもなかっただろうと思われます。

瑕疵担保責任に基づく解除と損害賠償請求 東京高判令2.2.26(令元ネ2423)

本稼働させたシステムに性能上の障害があった場合において,瑕疵担保責任に基づく解除の可否と損害賠償の範囲が問題となった事例。

事案の概要

持ち帰り弁当店運営会社Yが,システム開発会社Xに対し,Web注文システムの開発を委託した。

XY間の契約は,要件定義に関する準委任契約(約340万円)と,Web開発に関する契約(運用テスト部分は準委任契約で,残りは請負契約。約2750万円)と,ネットワーク機器の売買契約等(合計で約1330万円)から構成されていた。

システムは平成25年7月1日に稼働したが,その日のうちに注文サイトが開かなくなるという障害が発生し,閉鎖した。翌日,再開したが,やはり動作が遅いという障害が発生した。

その後,第三者ベンダZが調査し,「宅配システム(Web)は,多くのユーザーがアクセスする可能性がある公開系のWebサービスにおいては期待する性能を実現することは不可能と思われる」との報告が出された。

Xは同月8日に,お詫びと今後の改修計画を記載した文書を提出し,再開に向けた準備を行ったが,検証方法等に意見の相違があり,平行線のまま同月25日にYはXに対し,請負契約の解除の意思表示をした。

Xは,Yに対し,前記準委任契約,請負契約,売買契約等に基づく代金,報酬の合計である約4400万円を請求したのに対し,Yは,Xが開発したシステムには重大な瑕疵があるとして主位的に解除を主張し,予備的に瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求等との相殺を主張した。

Yは,本件訴訟の弁論において,(1)要件定義に関する準委任契約について,Xが作業をし,Yが検収したこと,(2)仕事が完成したこと,(3)売買契約等の引渡しが完了したことを認めた。

一審(横浜地裁川崎支判平31.4.23(平26ワ488)―当ブログ未登載)の判決に対し,双方控訴したが,いずれの控訴も棄却されて原審の結論が維持されたため,ここでは,原審の判決を中心に紹介し,必要に応じて控訴審の判断を補足する。

ここで取り上げる争点

見積外の追加項目が,当初の契約に含まれているか否か,といった争点もあるが,ここでは,以下の争点を取り上げる。
(1) 契約をした目的を達成することができない重大な瑕疵があったか(635条)
(2) 瑕疵の有無と,瑕疵によって生じた損害について
(3) 過失相殺の可否及び割合
(4) 要件定義段階における善管注意義務違反とその過失相殺

なお,要件定義や,機器の売買に関する契約は,別個の契約であったことについては争いがないため,仮に(1)により請負契約の解除が認められたとしても,Xの請求のすべてを棄却できることにはならない。

裁判所の判断

争点(1)重大な瑕疵による解除の可否

裁判所は以下のように述べて,パフォーマンスの件は,重大な瑕疵には当たらず,民法635条に基づく解除は否定した。

(1)  Yの主張①(ピーク時に注文処理を同時に300件行うことができない)について
Yは,要件定義書に定義された,宅配システム(Web)の「ピーク時アクセス件数300件を想定」(乙1)の意味について,Web注文サイトのログイン画面から注文完了画面までのいずれかの画面を開いている(サイトアクセスしている)利用者が300人との意味であることについて,平成31年1月24日の第29回弁論準備手続期日において同意したところであるから(前提事実(4)),宅配システム(Web)が注文処理を同時に300件できないことが重大な瑕疵に当たるとは認められない。
(略)さらに,注文確定画面に時間を要するのは,クライゼル連携(引用者注:外部システムとの連携)が影響しているところ,XとYは,クライゼルに連携することで,レスポンスタイムが遅くなることがあることを平成31年1月24日の本件の第29回弁論準備手続期日において同意したところであるから,注文確定処理に時間を要するのは,Yの指示に基づくものであってやむを得ないといえるし,注文確定後にクライゼルとの連携をするように仕様を変更することも可能である(略)。
そうすると,ピーク時に注文処理を同時に300件行うことができないことが,重大な瑕疵に当たるとは認められない。
(2)  Yの主張②(ページごとのレスポンスタイムが3秒以内という要件を満たしていない)について
ページごとのレスポンスタイムが3秒以内という要件は,要件定義書の中に記載はなく(乙1,2),このようなシステムが通常備えるべき性能であるとは認められない。
なお,Zは,3秒以下のレスポンスタイムを要求しており(乙9),3秒以内に反応のあるシステムの方が利用者にとっても望ましいとはいえるが,要件定義書に記載のない性能を備えていないことをもって,重大な瑕疵に当たるということはできない

上記の判示部分はややわかりにくいが,要件定義書の記載中の「ピーク時アクセス件数300件」とは,サイトアクセス者が300人であるということであって,サブミットする処理を同時に300件行うという意味ではないことを確認した上で,後者を達成していないとしても重大な瑕疵ではないとしたものである。

争点(2)瑕疵の有無と損害

もっとも,契約の解除には至らない程度の瑕疵があることは認めている。

宅配システム(Web)のプログラムには,平成25年7月1日及び同月2日時点で,プログラムの共通部品設計の不備があり,待ち行列(他のユーザが同時接続できない状態)が発生して,わずか5人のユーザーが正常にサイトアクセスできない状態にあったことは当事者間に争いがないことから,瑕疵があったというべきである。
Xは,瑕疵であるとの評価を争っているが,わずか5人のユーザーが正常にサイトアクセスできない状態にあった以上,瑕疵があったことは明らかである。

瑕疵による損害については,次のものが認められた。

まず,積極損害としては掲載されている判決文に「別紙5「積極損害一覧表」の「当裁判所の判断」欄」が記載されていないため,詳細は不明だが,

XとYは,瑕疵を修補するために必要な期間を3.5か月と算定することに同意したことから,これを前提としつつ,詳細が不明なものや,瑕疵がなくてもいずれにせよ負担したであろう費用については積極損害として認めないこととした。

と述べられており,その結果,約1120万円が積極損害として認められた。

続いて,逸失利益については,瑕疵を修補するのに必要な期間に対応する利益相当額を(控えめに)算定した。

逸失利益の計算は,「平成26年8月から平成27年1月までのYのWebを利用した実際の宅配売上」から,原価,配送費用,物流コスト,利益を生み出すために生じたであろう費用等の「経費」を控除した数値を基礎とし,平成25年7月及び同年8月には想定されていた稼働店舗数が少なかったことによる修正を施し,少なくともこの程度は認められたという確実な額を算定するのが相当である。

その結果,XとYが合意した3.5か月間という期間に相当する逸失利益の額として約1250万円を認定し,積極損害と逸失利益の合計である約2370万円を瑕疵による損害だと認めた。

争点(3)過失相殺の可否及び割合

Yによる抗弁は(改正前)民法634条2項に基づく損害賠償請求であり,債務不履行に基づく損害賠償請求に対する過失相殺の規定(418条)の適用可否が争点となった。

請負人が瑕疵担保責任を負う場合において注文者に過失があったときには,民法636条の法意に照らし,民法418条の過失相殺の規定を類推適用することは公平の見地から認められるものというべきである

そのうえで,Yの過失というべき事情として,

  • 開発スケジュールはもともとかなり過密なスケジュールであり,本番環境での動作検証を行う時間的余裕がないような状態であったこと,
  • Yは,Xに対して,平成25年7月1日からサービスを開始するために,一般的な開発の流れを排除するよう求めているところ
  • 入稿されたデータに誤りや修正があるなどした結果,XはD(注:Yの委託先)から入稿されたモックサイトのみを見て作業を進めることができない状態となって,Xの担当者がモックサイトとソースの比較のために人員を取られてしまったこと,
  • Dによる入稿データの訂正は,本実施直前の同年6月28日まで行われていたこと

を挙げて,システムに瑕疵が生じた原因の一端はYにあるとした。

しかし,

もっとも,Xは,宅配システム(Web)の開発スケジュールが過密であることを十分に認識しながら契約したこと,DからのHTMLソースの納品が最終期限よりも遅れていたというものではないこと,直前まで修正があったことを考慮したとしても,そもそもテストを行わないまま本実施することはこのようなシステム開発契約において通常考え難いことからすれば,瑕疵が生じた主要な責任は請負人であるXにあることは明らかである。

として,過失相殺する割合は,2割5分にとどめ,過失相殺後の損害額は,約1780万円だとした。

この額については,請負契約に基づく請求との関係で相殺が認められた。

争点(4)要件定義段階における善管注意義務違反

そのほかにも,Yは相殺の主張として,要件定義段階においてXには善管注意義務違反があるとして,それによる損害賠償請求権による相殺を主張していた。具体的には,性能に関する要件の聞き取り段階における認識齟齬が生じたことについての情報提供義務違反が主張されていた。

この点について,

XとYが宅配システム(Web)へのアクセス数を打ち合わせるに当たっては,Xの担当者が,旧宅配サービスのシステム下におけるサイトへのアクセス数をYの担当者に示しながら打合せをし,店舗数が200件の状態での同時「注文数」が最大で10から20であることに言及していたことから,Yの担当者において,「ピーク時アクセス件数300件」について,「同時注文が300件可能」という意味であると誤解したことについてもやむを得ない面があったといえ,Yが適切な要件定義をするための情報提供に関して,Xに善管注意義務違反があったものと認められる。

と,あっさり義務違反自体は認めた。しかし,

宣伝等による顧客動向の変化等を予測して必要なアクセス数を予測することは,基本的にYの責任である

として,Yの過失の割合の方が大幅に大きく7割あるとした。

もっとも,この情報提供義務違反によって,前述の不具合が生じたものであるから,この情報提供義務違反による損害は,瑕疵担保責任に基づく損害と重なるものであって,さらなる相殺ができるものではないとした。

若干のコメント

本件は,パフォーマンス要件に関するベンダ・ユーザ間で認識の齟齬があり,稼働時に大きな障害をもたらしたという事案です。要件定義書に書かれた「ピーク時アクセス件数300件」が「同時注文300件可能」であると誤解されており,前者を念頭においてXは,アーキテクチャを設計したものの,実際には5人のユーザーの同時処理も行えないという不幸が重なりました。


判決文からだけではなかなか事情を読み取りきれなかったのですが,(2020年4月施行の改正民法施行前の)635条における「契約をした目的を達することができない」程度の瑕疵はないとされ,同条に基づく解除はできないとしつつ,旧634条2項に基づいて「修補に変わる損害賠償請求」については認めました。さらには,瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求において,「636条の法意に照らし」(注文者の与えた指図によって生じた瑕疵については,権利行使できない),過失相殺の規定の適用があるとしました。


改正後民法では,契約不適合責任に統合され,旧635条に相当する条文はなく,契約不適合責任に基づいて解除する場合は,541条に基づいて行うことになります。もっとも,改正後541条但書では,軽微であるときは解除ができないとされており,「軽微」とは「契約をした目的を達することができない程度」と同じ趣旨を指すことから,この点についての実質的な変更はないとされています(筒井健夫=村松秀樹編著『一問一答民法(債権関係)改正』239頁(注3))。


細かい点を挙げれば,本文中では紹介していませんが,ベンダから提示した謝罪文で約束したことが契約上の債務となるのか,とか,タイトなスケジュールとはいえ,それを承知で請け負ったベンダは,遅延したり障害が生じたことについて免責(減責)を主張できるのかといった実務的な論点が存在していた事案であり,興味深いところです。


本件におけるXは,結局のところシステムの完成は認められ,契約解除は回避できたものの,多額の瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求が認められたことにより,要件定義の準委任契約と,機器の売買等の争いのない部分以外の請求で認められた部分はごく僅かでした。


なお,訴訟進行という観点からは,一審(川崎支部)で,専門委員も交えて瑕疵の修補にかかる期間や,要件定義書中の記載の意味や,他システムと連携するとレスポンスが悪くなる場合があることについて合意したということが言及されており,事実上の争点についても争点整理が行われていたことが伺えます。もっとも,「第29回弁論準備手続期日において」といった記載をみると,この種の事案の審理には果てしない時間と労力を要することが多く,紛争解決システムとしてうまく機能させることは難しいなと感じます。

請負人からの連絡が途絶えたことによる終了 東京地判令2.2.26(平31ワ774)

クラウドソーシングサービスを介して委託されたシステムの開発業務において,頻繁にやり取りが行われていたにもかかわらず突如連絡が途絶えたという場合,請負人は誠実に回答すべき義務があり,注文者が中止を求めたこともやむを得ないとして仕事の完成を否定した事例。

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インスタグラム・ストーリー投稿のスクショ・転載 東京地判令2.9.24(令元ワ31972)

インスタグラム・ストーリーに投稿された動画のスクショが転載されたことについて肖像権侵害の成否が問題となった事例。

事案の概要

撮影者XAが被撮影者XBの動画(本件動画)を撮影し,XAが本件動画をインスタグラムのストーリーにアップした。

何者かが本件動画の一部のスクリーンショット(本件画像)を保存し,サイトAに本件画像を添付して投稿(本件投稿)をした。

XBが,本件投稿にかかるIPアドレスの開示を受けた。そこで,XらはXAの著作権及びXBの肖像権及び名誉権が侵害されたとして,Yに対し,プロバイダ責任制限法4条1項に基づいて発信者情報の開示を求めた。

ここで取り上げる争点

本件投稿により本件動画の著作権が侵害されたことにはほぼ争いがないので,肖像権侵害(本件投稿によって原告Bの肖像権が侵害されたことが明らかといえるか。)を取り上げる。特にもともとインターネット上に投稿されていた動画であることから,肖像権侵害が成立し得るのかが問題になった。

裁判所の判断

裁判所は次のように述べて,肖像権の侵害を認めた。

人の肖像は,個人の人格の象徴であるから,当該個人は,人格権に由来するものとして,これをみだりに利用されない権利を有する。そして,当該個人の社会的地位・活動内容,利用に係る肖像が撮影等されるに至った経緯,肖像の利用の目的,態様,必要性等を総合考慮して,当該個人の人格的利益の侵害が社会生活上受忍の限度を超える場合には,当該個人の肖像の利用は肖像権を侵害するものとして不法行為法上違法となると解される。

これを本件についてみると,本件画像は,XBを被撮影者とするものである。本件画像が含まれる本件動画の撮影及びそれをインターネット上の投稿サイトに投稿したのはXAであり,XBは夫であるXAにこれらの行為を許諾していたと推認され,本件画像の撮影等に不相当な点はなく,氏名不詳者は上記投稿サイトから本件動画を入手したものではある。しかしながら,本件動画は24時間に限定して保存する態様により投稿されたもので,その後も継続して公開されることは想定されていなかったと認められる上,XBが,氏名不詳者に対し,自身の肖像の利用を許諾したことはない。XBは私人であり,本件画像はXBの夫であるXAがXらの私生活の一部を撮影した本件動画の一部である。そして,本件画像は,XAの著作権を侵害して複製され公衆送信されたものであって,本件投稿の態様は相当なものとはいえず,また,別紙投稿記事目録記載の投稿内容のとおりの内容に照らし,本件画像の利用について正当な目的や必要性も認め難い。これらの事情を総合考慮すると,本件画像の利用行為は,社会生活上受忍すべき限度を超えるものであり,XBの権利を侵害するものであると認められる。

したがって,本件投稿によってXBの肖像権が侵害されたことが明らかであると認められる。

若干のコメント

本件は「肖像権」侵害を理由に発信者情報開示請求を行った事案です。判決文からは具体的な画像がわかりませんので,「受忍限度」を超えたものかどうかを判断することはできないのですが,本件では,もともと自分(の夫)がインスタグラムにアップした動画であるから他人が投稿したとしても受忍限度を超えるといえるかどうかが争点となっています。

この点について,裁判所は「ストーリー」という24時間限定での投稿であったことを要素として挙げ,他の事情を総合考慮して肖像権の侵害を認めました。

数日前に,日本でもツイッターで「フリート」機能が導入されました。これもインスタグラムやフェイスブックと同様に投稿から24時間後には消えるというものです。もともとツイッターでは,公式RT,引用RTのほかスクリーンショットをとって論評(多くは批判)を加えるということが行われていましたが,フリートの投稿をスクショして晒す行為は元の機能の性質からして受忍限度を超えるものであるという判断になりやすいといえるので注意が必要です(ツイッター利用規約では,ユーザーの投稿について,一定のライセンスを許諾することになっていますが,時間限定投稿についてスクショして拡散することまでもは含まれないだろうと思われます。)。