IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

ソフトウェア開発契約の法的性質 東京地判令2.12.22(令元ワ21149)

ソフトウェア開発契約に基づく開発行為が,要件定義を行わず,都度要望を反映させる方式で,月額固定報酬であったことから,準委任契約であって,ベンダからの解約申入れが認められた事例。

事案の概要

システムエンジニアであり,かつボードゲームカフェを営むXは,Yとの間で,平成29年3月31日付けで業務委託基本契約(本件基本契約)を締結した。本件基本契約9条2項には,3ヶ月の予告期間をもって解約を申し入れることができるという規定(本件解約規定)があった。

XY間には,契約書はなかったが,以下の2つの個別契約が締結されたと認定されている。

  • YがXに対して月額10万円(税別)にて経営の助言等を行うコンサルティング契約(本件コンサルティング契約
  • XがYに対してYの事業で必要なソフトウェア(条件を入力すると,それに適した着物や帯のアドバイスが表示されるもの)を開発するソフトウェア開発委託契約(本件ソフトウェア開発契約

ただし,本件ソフトウェア開発契約の報酬は定められておらず,Yが提供するコンサルティング業務は,通常月額30万円であるところ,安価に提供するということで,Xのソフトウェア開発の役務を以って支払いに替えることとなっていた(実質,月額20万円での開発業務の提供)。

その後,XとYは仲違いをし,XはYに対し,平成30年3月29日付けの書面にて,同年6月29日を以って本件基本契約が終了する旨の意思表示をした(本件解約申入れ)。

Yが本件解約申入れの有効性を争ったことから,XはYに対し,本件基本契約及びその個別契約に基づく金銭支払債務が存在しないことの確認(債務不存在確認)と,一部の金銭の返還(不当利得返還請求)を求めたのに対し(本訴),YはXに対し,未払の報酬支払債務の履行を求めた。

ここで取り上げる争点

両個別契約の法的性質。

本件解約申入れの有効性を判断するにあたり,2つの個別契約の法的性質(請負か準委任か)が争われた。

裁判所の判断

以下のとおり,裁判所はいずれの個別契約も準委任契約であるとした。

本件コンサルティング業務は,法律行為ではない事務にほかならず,よって,本件コンサルティング契約は,改正前民法656条所定の準委任契約とみることができる。

本件ソフトウェア開発業務については,
①Yの意向により,(略)要件定義,基本設計,詳細設計,開発,テスト実施という通常のシステム開発の手順をあえて踏まずに,完成品の仕様を決めることなく,要件定義も行わないまま,まずXが一応のものを製作してその仕掛品に対して適宜Yから修正の要望を受け,その都度同要望を製作過程に反映させていくという方法が採用されたこと
②Xは,同方法に従い,Y代表者から送られたメールや資料を読解してその趣旨に沿うような実装等を自ら考え,作業を進めていったが,Y代表者の意図を理解できないこともあったこと
③完成品の仕様が決められていないために,Xにおいて作業の早い段階から進め方に苦慮していたこと
が認められる。これらの事実によれば,本件ソフトウェア開発契約においては,最終的に開発を遂げるべきソフトウェアの内容が具体的に確定していなかったものということができる。また,上記のとおり,XY間において,本件コンサルティング契約の報酬のうち20万円は,本件ソフトウェア開発契約に基づくXのYに対する労務の提供をもって支払に代える旨の合意が成立したものと認められるところ,これは,本件ソフトウェア開発業務の対価が開発の進捗や完成度にかかわらず毎月発生することを前提としている。これらの点に鑑みると,本件ソフトウェア開発契約も,改正前民法656条所定の準委任契約に該当すると解すべきである。

そして,本件解約申入れは,民法656条が準用する651条1項所定の解除に該当するものであって,最判昭56.1.19民集35-1-1を引きつつ,

委任契約等は,委任者の利益のみならず受任者の利益のためにも委任がなされた場合であっても,解除すべきやむを得ない事由がなくても,委任者が委任契約等の解除権自体を放棄したものとは解されない事情があるときは,委任者の意思に反して事務処理を継続させることは,委任者の利益を阻害して委任契約等の本旨に反することになるから,委任者は,改正前民法651条1項に基づいて当該委任契約等を解除することができる

と述べて,本件コンサルティング契約等は受任者であるYの利益を目的とするものとは言い難く,Xにおいて,解除権を放棄したことをうかがわせる事実もないとして,有効に解除されたとした。

さらには,Xが本件解約申入れ後も,月額10万円の報酬を払い続けていたこと,ソフトウェア開発業務を続けていたことから,これらの金銭及び役務提供は不当利得に当たるとした。

若干のコメント

本件は,両当事者がそれぞれ種類の異なる役務を提供し合う(一方だけが受託者にはならない)という珍しい形態の基本契約が締結される関係で生じた紛争です。コンサルティング契約が準委任契約であるとされることは一般的なことですが,ソフトウェア開発契約は,一般的には請負契約であることが多く,その場合は,請負人から一方的に解除することは(民法上は)できないため,契約の法的性質が問題となりました(注文者からの解除は民法641条に基づいてできますが,注文者は損害賠償責任を負います。)。

本件ソフトウェア開発契約の進め方は,要件定義も仕様書作成もなく,発注者Yの指示を元に開発者Xが形を作って適宜修正をしていくという形態で,途中でXもゴールが見えない,と不平を漏らすような状況であり,かつ報酬も月額20万円という定め方(ただし,実際には金銭の移動なし)だったので,準委任契約であるとされたのは妥当な判断だったと思われます。

さらには,本件では理由は不明ですが,Xが自ら解約申入れをして効力が生じた後も,約半年に渡ってXがコンサルティング料を支払い,開発業務を続けていたのですが,その部分については不当利得返還請求が認められています。