IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

システム採用の覚書 東京地判平17.9.21判時1943-46

システムの採用に関する覚書締結後に,採用されなかった場合の責任が争われた事件。

事案の概要

カードシステムの開発・運用会社Xが,国際電話会社Yと,覚書を交わした。その覚書には,守秘義務,競業避止のほか,技術的検討の後,代理店契約を合意することや,サービス開始の目標時期などが書かれていた。


しかし,Yは,目標時期を経過しても,セキュリティ上の不安等を理由に,結局Xのシステムを採用しなかったため,Xから損害賠償が請求された。

ここで取り上げる争点

Yには,合意された期日までに,サービスを開始させる義務があったか。

裁判所の判断

上記覚書の意義について,事実認定の結果,

  • 国際電話サービス部長がシステム採用契約を締結する権限を有していたこと
  • Yとしては,Xが本システムを競合他社へ持ち込まないように規制する必要があることから,基本的に採用を予定していたこと
  • 24時間365時間の稼働に向けた技術的問題がクリアできれば採用する予定であったこと

などから,

本件覚書締結の際、原被告双方は、技術的検討を経て上記条件が満たされれば、本件システムを採用する契約を締結する旨合意していた

と判断し,技術的問題がクリアできたのであるから,Yがサービスを開始するという合意があったとした。


そして,予定どおりサービスを開始しなかったYは債務不履行であるとして,システム変更のための開発費用,端末の費用,サービス中止に伴う費用などを損害賠償として認めた。

若干のコメント

大規模なシステムを導入しようというとき,その有効性,安全性などを検証するためにフィージビリティスタディ(FS)が行われるのが一般的だ。その際,ベンダとしては,営業活動的な意味合いもあるものの,相当な協力を行うわけなので,FSの結果に関係なく,恣意的に採否を決定されたら問題となる。そこで,システムの採用条件などを明確にした覚書や基本合意書と書かれた書面(MOU,LOIなどともいわれます)を交わすことが多い。


こうした基本合意の法的拘束力が問題になりやすい。この論点については,住友信託と三菱UFJの争いで1000億円の請求が話題になった東京地判平18.2.13判時1928-3が有名だが,システム採用の場面でも「どこまで拘束力があるか」というのが問題になりうる。ここは,書面の記載内容が第一に判断されるので,段階的でもよいので,合意事項を明確にしておくことが必要となる。


本件では,そのほかにも損害の額が争われた。結果的に,Xの請求はもともとの請求としては満額が認められた(ただし,Yからの反訴もあるため,相殺されることになる)。とはいえ,「システムが採用されることを前提に投下した費用」にとどまり,「システムが採用されていれば得られたはずの利益」といった逸失利益については認められたわけではない。