退職した従業員が個人で開発した行為が問題となった事案。
事案の概要
Xは,ソフト開発会社Zに編み機用ソフトウェアの開発を委託し,Z従業員のYがその作業に従事しました。Zは,Xにソフトウェアを納入し,当該ソフトウェアの著作権は,XとZとの契約により,無償でXに譲渡されました。その後,Zを退職したYは,個人で同種のソフトウェアを開発し,第三者に譲渡したため,XがYに対して,Yの開発したソフトウェアの製造や譲渡の差し止めや,損害賠償請求を求めました。
争点
今回取り上げる争点のみを挙げます。
(その1)
Yは,Zに対して負っていた秘密保持義務に違反したか(なぜ,YZ間の雇用契約に関する秘密保持義務が問題になるか,というと,Xが債権者代位権(民法423条)という法律構成を主張したためですが,この点に関する詳細は割愛します)。
(その2)
Yの開発したソフトウェアは,Xが著作権を有するソフトウェアのプログラムの著作権を侵害した(複製権侵害など)といえるか。
裁判所の判断
(その1)について。
この判決の一般論部分として,以下のような判断方法を定立しています。
- (雇用契約に明示していなくとも)信義則上,秘密保持義務に違反する場合がある
- そこに広く秘密保持義務を負わせると,同種の開発に関与することが事実上禁止され,職業選択の自由を制約することになってしまう
- そこで,秘密保持義務に違反したかどうかは,(1)アルゴリズムの一致割合,(2)従来から有していた技術の適用といえるか,(3)技術上の合理性からその手順を採用することが当然といえるか,(4)委託者らのノウハウが開示される結果となるか,などを総合して判断する
両ソフトウェアの関数を比較した結果,Yの開発したソフトウェアは,技術的な合理性から当然採用される手法であるなどとして,秘密保持義務に違反したとはいえないとしています。
(その2)について。
この点は,Xが「同じ処理がされている」「65行のソースコードのうち,7行の記述が実質的に同じである」などと主張しましたが,裁判所は,「ごく一部のソースコードの表現や処理内容が類似しているにとどまる」として,複製権侵害を認めませんでした。
若干のコメント
退職したSEが,同種のソフトウェアを開発した場合に,秘密保持義務や競業避止義務に違反するのではないか,という問題があります。結局のところ,個別事情次第といえますが,不正競争防止法に基づく差止や,労働契約の債務不履行などを認めるためのハードルは高いといえます。
会社側としては,労働契約にこれらの義務を明確に規定することでヘッジしたいと考えますが,あまりにきつい義務を負わせると,職業選択の自由を過度に制限する,ということで,契約条項が無効とされる場合もあります(有効とされるための要件,考慮要素については裁判例がありますが,ここでは割愛します)。
次に,よく似たソフトウェアが出回ったから「著作権違反だ!」という話もよく聞きますが,機能が似ているだけでは著作権侵害にはなりません。著作権法が保護しているのは,「表現」であって,「機能」や「アルゴリズム」ではないからです。そのため,ソースコードが同じである(または類似している)ということを立証しなければなりませんが,自社のソースコードならともかく,相手方のソースコードを入手することは容易ではないので,立証は困難でしょう。