本件も開発契約の成立が問題となった事例。
事案の概要
ベンダXが,代理店管理システムをインターネット接続業者Yに提案し,概算費用見積もりなどを提示した。その後,Yの担当者からの要望などにより,提案書の修正,再提出なども行われた。
しかし,結局,Xの提示する見積金額が,Yとの協議の結果,上昇し,金額がまとまらないまま,Y社からX社にシステムの導入を延期する旨の通知を送ったところ,X社はY社に対し,請負契約解除に基づく損害賠償または,契約締結上の過失に基づく損害賠償として約2000万円を請求した。
ここで取り上げる争点
(1)XY間の請負契約の成否
(2)(契約が成立してないことを前提とした場合の)契約準備段階におけるYの注意義務違反
裁判所の判断
争点(1)について
Xは,要望を取りまとめたリストを受領した時点(7月4日)での契約の成立を主張したが,裁判所は,次のように述べて,認めなかった。
- YがXに対して要望を取りまとめたリストを渡したというだけでは,本件システムの内容について合意があったことは認め得ない
- 請負代金についてもX担当者が「ざっくり4000万くらいではと想定しております」とメールで伝えたのみで会って,合意がない
さらに,Xは,同月11日には「キックオフミーティング」が開催され,Yの押印がある議事録が作成されたことを以って,遅くともこの日には請負契約が成立したと主張したが,やはり裁判所は契約の成立を認めなかった。
- Yは,事前に「3つの条件*1が満たされれば契約を締結する意向である」と示していたものの,実際に3条件が満たされた形跡はない
- Yは,単に「7月11日のお打ち合わせ」と呼んでいたのであり,特別な意味を与えた形跡はない
- Yの重要な責任者が出席していないし,出席を求めたりした事情もうかがわれない
- 7月11日以降の作業が有償だという説明はなかった
- 7月11日以降,「SA工程」と呼ばれる作業に着手していたとしても,Yの側において,その作業が有償であると認識していたというには疑問が残る
さらには,XがYに契約書のサンプルを送り,YからXに覚書の締結を提案しているにもかかわらず,結局,両者で何らの合意文書が作成されなかったことも,契約成立を否定する事情として取り上げられた。
争点(2)について
裁判所は,XY間で本件システム開発について相当具体的な交渉,協議を行ったことや,Yの担当者はXに発注したい意向を示していた,としつつも,
- YがXを含む3社の提案を比較して判断するという前提になっていたこと
- Yが明確にXに発注すると発言したことはないこと
- Yが一定の条件を満たせば発注するというメールを送っていたことは,当該条件を満たすまでは契約締結を留保するという趣旨に理解されること
- YがX提示の見積額の上昇に納得できず提案を断ったこと
などに照らし「不当というべき事情もうかがわれない」として,契約締結の交渉勝てにおける信義則上の注意義務違反はない,とし,いずれの請求も認めなかった。
若干のコメント
本件も,契約成立を示す具体的書面はなく,提案活動と,有償の要件定義作業の区別があいまいなまま進められた結果,契約締結が否定されました。
ベンダとしては,「ここから先は有償」となる作業に着手するときは,少なくとも簡易的な内示文書(代表社印はなく,担当者印レベル)を受領しておくべきでしょう。
この種の事件は比較的多いため,東京地判平成20年7月29日,東京地判平20年9月30日,東京地判平成21年9月4日,名古屋地判平成16年1月28日もご参照ください。
*1:要件がある程度決まること,それをうけてXができると判断すること,費用が以前の提示と大きく違わないこと,とされている。