IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

ジェイコム株誤発注事件控訴審 東京高判平25.7.24(平22ネ481号,1267号,1268号)

ジェイコム株式の誤発注が取り消せなかったことによってX証券が蒙った損害をY(東証)に対して賠償を求めた事件の控訴審

事案の概要

X証券の従業員が,ジェイコム株の上場日に1株61万円で売るところ,1円61万株という誤った操作をしてしまったところ,直後に取り消すことができず,大量の損失が生じたとして,Y(東証)に対して約415億円の損害賠償を求めた。


原審(東京地判平21.12.4)は,Yのシステムにバグがあったことは認めたものの,重過失にあたるとはしなかった一方で(故意または重過失でない場合には免責される旨の規定があった),売買停止措置を取ることを怠ったことが,全体としての市場システムの提供についてほとんど故意に近い注意義務があったとし,それによりXに約150億円の損害が生じたとした。


もっとも,Xにおいても,システムの警告メッセージを無視して注文したという過失を認め,その3割を減じ,約105億円(+2億円の弁護士費用)の損害賠償責任が認められた。


Xは,原審判決直後にYから任意に賠償金の支払を受けたものの,控訴した。

ここで取り上げる争点

(1)Yの債務不履行の有無

Xは,Yにおいて取引参加者契約に基づく債務不履行があったと主張していた。


(2)免責規定の適用と免責の成否

故意又は重過失を除き賠償責任を負わないとする免責規定ができようされるか,免責が成立するかが問題となった。


(3)売買停止義務違反に基づく不法行為

Xは,売買停止義務に違反したことが不法行為を構成すると主張していた。


(4)損害・過失相殺

裁判所の判断

争点(1)債務不履行の有無

裁判所は,XY間の取引参加者契約に基づいて,Yには,Yの提供する取引システム(本件売買システム)を利用させる債務が生じるとした。Xは,Yの具体的債務として,

  1. 個別注文取消処理債務
  2. 適切に取消処理ができる市場システムを提供する債務
  3. 取引参加者契約に基づく付合せ中止債務

が生じると主張していたが,1については取引参加者契約が媒介契約と解されるものではなく,注文を入力する都度,具体的行為を成す債務を負うものではないから,個別注文取消し処理義務はないとした。

2については,Yには基本的債務として,取消処理ができるコンピュータ・システムを提供する債務を負い,

信義則上,基本的債務のほかにYにおいてコンピュータ・システム以外にフェールセーフ措置を講じるなど適切に取消処理ができる市場システムを提供する債務(義務)を負うと解することが相当である。これは,付随的債務(義務)である。

としつつも,どのようなフェールセーフ措置を講じるかは,一定の裁量に委ねられるものとして,付随的債務に止まるものであることから,著しい裁量の逸脱がない限り,債務不履行にはならないとした。


3についても,付合せ中止義務を負うものとは解されないとした。


以上を踏まえて,2の債務の履行はバグがあって取消処理が実現されないという不具合があったことから,適切に取消注文ができるシステムを提供する債務の履行は不完全であったとした。

争点(2)免責規定の適用・免責の成否

取引参加者規程15条に

当取引所は,取引参加者が業務上当取引所の市場の施設の利用に関して損害を受けることがあっても,当取引所に故意又は重過失が認められる場合を除き,これを賠償する責めに任じない

とされていたことから,かかる免責規定の適用が問題となった。裁判所は,郵便法違憲判決(最大判平14.9.11)や,ホテルの宿泊客が預けた物品が滅失した事件における免責規定を限定解釈した最判平15.2.28を指摘しつつも,その有効性については認め,

債権者が債務者の故意・重過失を立証することにより,Yの責任を問うことができるものと解する

とした。


続いて「重過失」の主張・立証責任について丁寧に説明している。

Xにおいて,Yの債務不履行責任を求めるには,Yに「重過失があること」の評価根拠事実につき主張・立証し,これに対し,Yは,Yに「重過失があること」の評価障害事実につき主張・立証することになるが,これらを総合勘案することによって,最終的にYに重過失があるとの評価を導くことがXの責任となる。


重過失の意義についても丁寧に解釈している。

重過失(重大な過失)について,判例最高裁昭和32年7月9日判決・民集11巻7号1203頁)では「ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態」と表現し,「ほとんど故意に近い」とは「通常人に要求される程度の相当な注意をしないでも,わずかな注意さえすれば,たやすく違法有害な結果を予見することができた」のに「漫然とこれを見過ごした」場合としている。これは,結果の予見が可能であり,かつ,容易であるのに予見しないである行為をし,又はしなかったことが重過失であると理解するものである。これに対して,重過失に当たる「著しい注意欠如の状態」とは著しい注意義務違反,すなわち注意義務違反の程度が顕著である場合と解することも可能である。これは,行為者の負う注意義務の程度と実際に払われた注意との差を問題にするものである。前者のような理解は重過失を故意に近いものと,後者のような理解は重過失を故意と軽過失の中間にあるものと位置付けているようにも解される。

ところで,今日において過失は主観的要件である故意とは異なり,主観的な心理状態ではなく,客観的な注意義務違反ととらえることが裁判実務上一般的になっている。そして,注意義務違反は,結果の予見可能性及び回避可能性が前提になるところ,著しい注意義務違反(重過失)というためには,結果の予見が可能であり,かつ,容易であること,結果の回避が可能であり,かつ,容易であることが要件となるものと解される。このように重過失を著しい注意義務違反と解する立場は,結果の予見が可能であり,かつ,容易であることを要件とする限りにおいて,判例における重過失の理解とも整合するものと考えられる。


ここから先は,Yにおける重過失の認定が詳細に行われる。要点のみピックアップする。

Yの負う広義のシステム提供義務に求められる注意義務の程度は事柄の性質上高いものであったと解すべきである。

Yに重過失ありと評価するためには,本件バグの作込みの回避容易性又は本件バグの発見・修正の容易性が認められることが必要となる。もっとも,現在においては本件バグの存在と本件不具合の発生条件が明らかになっているところ,その結果から本件バグの作込みの回避容易性等について議論する(いわゆる後知恵の)弊に陥ることのないように判断することが要請される。

(本件システムの開発を行った)Fの故意・重過失は,Yの故意・重過失と信義則上同視されるという意味において,FはYの履行補助者ということができる。

本件バグの作込みを容易に回避できたにもかかわらず,これをしなかったこと並びに,本件バグを容易に発見・修正できたにもかかわらず,これをしなかったことについては,いずれも否定した。

この争点は,科学的・技術的争点であるが,当事者双方が提出する専門家意見書が相反するものであり,甲乙つけがたいものであるところ・・Xの主張に沿う専門家意見書は,本件売り注文を取り消す注文が処理されなかったことの機序及び原因が判明した後に,それを前提として作成されたものであるから,そのことを加味した証拠評価をすることになる。

本件においては,一定の蓋然性ある事実として,本件バグの発見等が容易であることを認定することが困難であったということに尽きる。争点の性質上,司法判断としてはやむを得ないところである。

以上によると,本件においては,Yの重過失の要件である結果の予見が可能であり,かつ,容易であること,結果の回避が可能であり,かつ容易であることが充足されていないことになる。したがって,Yは,取消注文に対応することのできない売買システムを提供するという債務不履行があったが,重過失があったものと評価することはできない。

Yには,適切に取消処理ができるコンピュータ・システム提供義務の不履行が認められるが,Yに重過失があるとはいえない。したがって,Yは,本件免責規定によってその債務不履行責任をまぬかれることになる。

争点(3)売買停止義務違反による不法行為の成否と免責規定の適用

裁判所は,Yの業務規程に

売買の状況に異常があると認める場合又はそのおそれがある場合その他売買管理上売買を継続して行わせることが適当でないと認める場合,あるいは,売買システムの稼働に支障が生じた場合(略)に,Yは売買停止することができる

と定められていたことに注目し,公益及び投資者保護を図るため売買停止権限を講じる権限を有するのみならず,義務を負っているとした。

もっとも,Yには,市場管理の責任者としてその専門性が要請されており,その権限行使又は義務履行について一定の裁量があると解される。

したがって,Yは,業務規程29条3号により売買管理上「公益及び投資者保護」の観点から売買を継続して行わせることが適当でない場合,例えば,売買の状況に異常があり,又はそのおそれがある場合には,売買停止措置を講じる義務(売買停止義務)を負う。また,業務規程29条4号により売買システムの稼働に支障が生じる等の事由により売買を継続して行わせることが困難な場合にも,同様に売買停止義務を負うと解される。

そして,Yがこれらの売買停止義務に違反して控訴人に損害を与えた場合には,不法行為を構成するものというべきである。

とした。


問題となる売り注文が9時27分56秒に行われてから,最終的にXが反対注文を入力して売り注文が消滅するまでの9時37分17秒までの詳細な経過と,売買停止に関するYの体制について認定したうえで,Yに売買停止義務が生じた時点については,

約定株式数が発行済株式数の3倍を超えた午前9時33分25秒ころの時点では,Iのいうところの借株による決済の可能性も最早失われたというべき状態に至ったということになる。
(略)
そこで,株式総務グループは,売買停止措置をとることにつき一定の裁量があることを考慮しても,この認識をもとに公益及び投資者保護のため売買停止をすべく,所要の決裁を得るべきであった。そして,その後の売買停止オペレーションの実行に要する時間1分程度を考慮しても,遅くとも午前9時35分00秒までには,本件銘柄の売買停止が可能であったものと解される。

そうすると,Yは,Xに対して,その時点においてY業務規程29条3号の売買停止義務を負っていたにもかかわらず,裁量の範囲を逸脱し,それを行使しなかった義務違反があったというべきである。そしてYのこの義務違反は不法行為を構成する。

不法行為において,契約上の免責規定が適用されるかという問題については,

契約上の免責規定は,当該契約当事者間における不法行為責任にも適用されると解するのが当事者の合理的な意思に合致すると解される(最高裁平成10年4月30日判決)。

として,故意・重過失の場合を除き,免責されるとした。


売買停止義務の不履行が重過失であるかということについては,それまでの事実経過や,注文の数値の異常性などを考慮して,

著しい注意義務違反と評価するのが相当である。すなわちYには重過失があったと認めることができるのである。

とした。この点は細かなことは措くとしても原審と同様である。

争点(4)損害・過失相殺

ここは,原審と同様である。


売買代金の差額407億3999万7000円を,自己対当分を除いた株数14万2311株で割り,売買停止義務が生じた時刻以降の約定株数5万2413株で案分した150億0450万0444円が損害だとした(その他の損害も認定されているが全体に占める割合が低いので省略する)。


また,Xの担当者が警告を無視したという点が過失相殺事由として評価され,30%の過失相殺分を減じ,損害額が105億1212万8508円と認定された。


原審と異なるのは,遅延損害金割合が不法行為によるものであることから,年6分から年5分へと変更されている点である。


結果として,107億1212万8508円+年5分の遅延損害金と,民訴法260条2項に基づく申立てに基づいて,原審判決直後に支払われた賠償金の一部(約3億4000万円)の支払いが認められた。

若干のコメント

本件は,システム運用中に生じた障害について,
(1)開発段階で混入したバグによる開発者(本件では開発者は履行補助者)の責任
(2)障害発生時のサービス提供者による対応の責任
(3)重過失の意義,重過失の立証責任
について,興味深い判断が示されています。また,市場システムの運営という観点からは,旧証取法の規定や,内部規程から,「売買停止の権限」のみならず「売買停止義務」が生じることを導いているという点も注目されます。


結果的には,原審の判断と大きく違いはないですが,理由付けが丁寧であり,今後のシステム運用中に生じた障害の法的責任の所在に大きな影響を与えると考えられます。