IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

低廉すぎる責任限定条項の解釈 東京地判平16.4.26(平14ワ19457)

賠償額は委託料を上限とするという条項の解釈が問題となった事例

事案の概要

Xは,平成11年4月1日ころ,Yに対し,リース管理システムの開発を納期平成12年3月31日,代金500万円で開発委託する契約(本件契約)を締結した。本件契約には,

Yの責に帰すべき事由により,Yの債務を履行できなかった場合には,XはYに対し,委託金額を上限として損害賠償を請求することができる。ただし,Yは,Xの間接的・派生的な損害については,一切の責任を負わない。

とする条項があった。


完成時期が延期されたものの,結果的にYはシステムを完成させることができなかった。Xは,Yに対し,委託業務の過程で,YがXの現行システムのプログラムを消失させたことなどを理由に不法行為に基づく損害賠償として(予備的に債務不履行に基づく損害賠償として),約3億7000万円を請求した。

ここで取り上げる争点

(1)不法行為債務不履行の成否
(2)責任限定条項の適用

裁判所の判断

争点(1)について


完成に至らなかった経緯について裁判所は次のようにまとめた。

Yは、本件契約につき、完成時期を平成12年9月17日まで延期したにもかかわらず、Yは、その延長された期限までにXの要求を満たすリース管理システムを構築することができなかったものであるが、その主たる原因は、
(1)本件契約締結前に、YがXの業務内容をよく理解しないまま、本件業務につき安易に考え、XもXの希望をよく説明しないまま本件契約を締結したことから、XY間で新システムの内容につき共通の認識が形成されていなかったこと、これが原因の1つとなり、
(2)円満な契約関係の維持に重きを置くYは、Yにとっては極めて過大ともいうべきXの追加修正の要望に従わざるを得ず、例えば、追加事項はウィンドウズへの移行後に別途行うとしていったん新システムを早期に完成するといった打開策を強く打ち出せなかったこと、
(3)YがXに対し検収期間を十分置くよう強く要望しなかったこと
にあるものと思われる。

しかしながら、これらのことは、結果論ともいうべき部分があり、前記のとおり、改めてヒアリングを行い、見積もった請負代金が8500万円であること等や、新システムの最終的不具合の内容に鑑みれば、Xの要求は、元来完成までに長期間を要する内容であったと思われること、及び、XがDのXに対する無償行為と同様のものを他には取引のないYに対して求めたり、自らの都合で無理を通そうとしたなど、Xにも原因があると思われることからすれば、本件につき、Yに一方的な背信行為があるとまでいうことはできない。

これらの認定事実を踏まえて,裁判所は不法行為の成立を否定した(旧システムが消失したというXの主張も退けた)。しかし,上記のように,YがXの業務や要望を理解しないまま開発を進め,完成に至らなかったとして,Yの債務不履行は認めた。


争点(2)について

本件特約は、一般論としては、コンピューターのプログラムに不具合が存在した場合、その損害がときには莫大な額になる危険の存することからすれば、その危険のすべてを請負人側に負わせることを防ぐ趣旨において、合理性のあるもとの思われ、よって、本件において、そのすべてが、信義誠実の原則(民法1条2項)及び公平の原則に照らし、また、民法90条に違反し、無効であると言いうる事情は認められず、また、前記認定のとおり、Yが本件業務に極めて杜撰な態様で携わったとまではいえない。

しかしながら、前記認定のとおり、Dは新システムの開発は、Yが3000万円から4000万円くらい要求してもおかしくない内容と考えていたこと、Xから追加変更の要望が相次ぎ、Yは追加分について請求する予定であったこと、Yは、新システム開発に関し、人件費として5000万円以上の損失を出していること、新システムについては、改めてヒアリングをした結果、Yが8500万円の見積を出していることからすると、本件契約における契約金額は、低廉にすぎると思われ、したがって、損害賠償の上限を、追加部分さえ含まない本件契約における委託金額の500万円とすることは、信義公平の原則に反するというべきである。

よって、本件特約については、Yが作成しようとしていたシステムの出来高を上限とし、また、Yは、Xの間接的・派生的な損害については、一切の責任を負わないという限度で有効と解すべきである。

つまり,委託金額を上限とするという条項の是非はともかくとして,本件においては,8500万円程度を要するシステムであるにも関わらず,500万円の委託金額を上限としていたことは信義公平の原則に反するものであり,出来高相当の額を上限とすべきという判断を行った。


そのうえで,損害については,請求書作成のために残業した社員・アルバイトの費用として約1500万円の限度で認容し,新システム開発費用や請求漏れの未回収費用などは因果関係がないとした。

若干のコメント

システム開発紛争でしばしば問題となるのが,責任限定条項です。多くの場合,「原因となった個別契約の委託料を上限とする。」といった形の条項が置かれていますが,その意義について,本判決は,「コンピューターのプログラムに不具合が存在した場合、その損害がときには莫大な額になる危険の存することからすれば、その危険のすべてを請負人側に負わせることを防ぐ趣旨において、合理性のある」として有効性については認めました。


しかし,他方で,本来は8500万円程度かかるべきシステムを500万円で受託したために,上限が500万円になってしまうのは公平に反するとして,出来高相当額までを上限とするという限定解釈*1をしました。


この解釈を前提とすると,契約を細切れにして小さくし,結果的に賠償額の上限が低くなって公平性を著しく害するという事態が生じた場合には,文言どおりの解釈がなされないという可能性もあります。


賠償額の上限を定める条項の解釈については,ブログ(本館)でも触れたことがあります。
http://d.hatena.ne.jp/redips/20131216/1387148768

*1:この表現が適切かどうかわからないですが