IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

経歴・能力の詐称を理由とする解雇と詐欺 東京地判平27.6.2労経速2257-3

経歴・能力の詐称を理由とする解雇の有効性と,詐欺の成否が争われた事例。

事案の概要

Xは,平成25年12月から,Yで勤務していたところ,平成26年4月に経歴・能力の詐称を理由に解雇された(本件解雇)。XはYに対し,本件解雇は解雇権の濫用であるとして,労働契約上の地位確認,未払い賃金等の支払いを求めた(本訴事件)。


これに対し,Yは,Xが,職歴,SEとしての能力や日本語の能力を詐称し,Yを欺罔して雇用契約を締結させた詐欺によって,支払済みの賃金相当額等の損害を負ったとして,不法行為に基づく損害賠償等を請求した(反訴事件)。


Yは,WEBマーケティングサービス提供会社で,平成25年8月当時,SEやプログラマを募集していた。仕事の内容は,Linux, Apache, MySQL, PHP(いわゆるLAMP)によるシステム開発であり,給与は40万から60万円とされていた。


Xは,これに応募し,送付した経歴書には,「外国語スキル」として「日本語がビジネスレベル」であることのほか,テクニカルスキルとしては,

ソフトウェア開発技術者システムアナリスト 画像処理に関する提案からシステム設計,開発,実装 プロジェクトマネージャー,テクニカルエンジニア(システム設計),テクニカルエンジニア(ネットワーク),テクニカルエンジニア(データベース) テクニカルエンジニア(情報セキュリティー),テクニカルエンジニア(エンベデッドシステム),上級システムアドミニストレータ基本情報技術者 システム監査技術者,アプリケーションエンジニア

とされていた。


Yの代表者や取締役がXを面接した。Yは,Xの日本語能力に疑問も感じたことから,当初は月額40万円を提示したが,Xは,自己アピールを繰り返し,給与額を上げるよう求めた。Yは,日本語能力に不安を感じたものの,履歴書を自分で作成したことを評価し,履歴書どおりの人物であれば相当の戦力になると考えた結果,月額給与額を60万円(残業代一部込)で提示し,XY間で雇用契約が締結された。


ところが,Xが提出した離職票には,履歴書とは異なる会社名が記載されているなど,不審な点があった。また,Xの履歴書は,Xが独力で作成したものではなく,就職活動支援会社の手助けを受けて作成したもので,Xの日本語会話能力もビジネスレベルとはほど遠いものであった。また,技術的にも,LAMPによるシステム開発をできる能力を有していなかった。


Yは,Xに対して退職を勧めたが,Xはこれを認めなかったことから,採用条件となっていた経歴能力を詐称したこと,詐称の発覚を隠すために暴言や高圧的な態度を取ったこと等を理由に解雇した。

ここで取り上げる争点

(1)本件解雇の有効性
(2)Xによる詐欺の成否

裁判所の判断

争点(1)について


経歴等詐称の場合の解雇の有効性について次のように述べた。

企業において,使用者は,労働者を雇用して,個々の労働者の能力を適切に把握し,その適性等を勘案して労働力を適切に配置した上で,業務上の目標達成を図るところ,この労使関係は,相互の信頼関係を基礎とする継続的契約関係であるから,使用者は,労働力の評価に直接関わる事項や企業秩序の維持に関係する事項について必要かつ合理的な範囲で申告を求め,あるいは確認をすることが認められ,これに対し,労働者は,使用者による全人格的判断の一資料である自己の経歴等について虚偽の事実を述べたり,真実を秘匿してその判断を誤らせることがないように留意すべき信義則上の義務を負うものと解するのが相当である。

そうすると,労働者による経歴等の詐称は,かかる信義則上の義務に反する行為であるといえるが,経歴等の詐称が解雇事由として認められるか否かについては,使用者が当該労働者のどのような経歴等を採用に当たり重視したのか,また,これと対応して,詐称された経歴等の内容,詐称の程度及びその詐称による企業秩序への危険の程度等を総合的に判断する必要がある。

事実のあてはめの点において,

  • 在職中か否かという事項を詐称したこと
  • LAMPによる開発能力が重視されていたのに,この点を詐称したこと
  • 日本語能力についても詐称したこと

については,「信頼関係を破壊するに足る悪質なものと言わざるを得ない」として,本件解雇は「客観的かつ合理的な理由があり,社会通念上も相当というべきである」とされた。


争点(2)について。


経歴を詐称したことが不法行為を構成するのか,その場合の相当因果関係ある損害の範囲が検討された。

そもそも,雇用関係は,仕事の完成に対し報酬が支払われる請負関係とは異なり,労働者が使用者の指揮命令下において業務に従事し,この労働力の提供に対し使用者が賃金を支払うことを本質とするものであり,使用者は,個々の労働者の能力を適切に把握し,その適性等を勘案して労働力を適切に配置した上で,指揮命令等を通じて業務上の目標達成や労働者の能力向上を図るべき立場にある。そうすると,労働者が,その労働力の評価に直接関わる事項や企業秩序の維持に関係する事項について必要かつ合理的な範囲で申告を求められ,あるいは確認をされたのに対し,事実と異なる申告をして採用された場合には,使用者は,当該労働者を懲戒したり解雇したりすることがあり得るし,労働者が指揮命令等に従わない場合にも同様であるにしても,こういった労働者の言動が直ちに不法行為を構成し,当該労働者に支払われた賃金が全て不法行為と相当因果関係のある損害になるものと解するのは相当ではない。また,使用者が業務上の目標とした仕事について労働者の能力不足の故に不測の支出を要した場合であっても,当該支出をもって不法行為による損害とするのは相当ではない。労働者が,前記のように申告を求められ,あるいは確認をされたのに対し,事実と異なる申告をするにとどまらず,より積極的に当該申告を前提に賃金の上乗せを求めたり何らかの支出を働きかけるなどした場合に,これが詐欺という違法な権利侵害として不法行為を構成するに至り,上乗せした賃金等が不法行為と相当因果関係のある損害になるものと解するのが相当である。

本件においては,上述のとおり,悪質な経歴詐称があり,経歴を誇示することで給与額を増額させたという経緯があったことから,少なくとも増額分の賃金,月額20万円相当額については,相当因果関係のある損害であると認められた。しかし,他方で,Yが人材を補填するために支出した派遣労働者費用については損害と認められなかった。

若干のコメント

最近のIT業界(ほかでもそうかもしれませんが)では,なかなかいい人材が見つからないと言われ,ピカピカの経歴の人材は奪い合いになります。転職の際には,どうしても経歴を「盛る」ことが行われがちで,のちにこれが発覚した場合,それが解雇事由となるのか,また,さらにそれを超えて「詐欺(不法行為)」を構成するのかが争われました。


この種の相談はときどきありますが,多くは解雇するには躊躇される事案であり,ましてや詐欺として給与の返還を求められる事案は多くありません。本件は,本文中で述べたとおり,きわめて特殊な(悪質な)経歴詐称であり,それが発覚した後の会社の対応も誠実,相当なものであり,解雇有効&不法行為という結論は妥当だったと考えられます。